2006年5月26日金曜日

青井夏海 「赤ちゃんをさがせ」(創元推理文庫)

「スタジアム 虹の事件簿」で自費出版デビューした、青井夏海のユーモアミステリー第2弾。


今度はワトソン役もホームズ役も助産婦さんである。ワトソン役を務めるのは、自宅出産専門の出張助産婦の聡子さんと陽奈(ひな)ちゃんの二人組。そしてホームズ役は、二人の報告を聞いて推理をめぐらす「伝説のカリスマ助産婦」明楽先生という設定である。

分類すれば、安楽椅子探偵の分野に入るのだろうが、ワトソン役の一人、駆け出し助産婦の陽奈ちゃんのドタバタした、とんでもなく明るいところが、こうした安楽椅子探偵ものによくある取り澄ました感じをなくしている。
さて、収録は「お母さんをさがせ」「お父さんをさがせ」「赤ちゃんをさがせ」の三編。


一作目の「お母さんをさがせ」は、剣術屋敷とよばれるでかいが古くさそうな邸宅に、食品会社経営の夫婦に呼ばれるところから始まる。この夫婦、旦那さんの最初の奥さんは病死して再婚で、やっと子供がさずかったのだが、なんとしても、跡継ぎの男の子が欲しい。なんと考え付いたのは、生活に困っている妊婦さんを、昔からこの家に勤めている家政婦さんが、あと二人確保して、生まれた子供は全員面倒をみるし、多額のお礼をはずむ。そのかわり、男の子が生まれたら最初に生まれた男の子を、その夫婦の子供として届け出る、ということを考えた。病院で生むと、そんな取り替えっ子みたいなことはできないから、自宅出産・・というわけなのだ。

さあ、これを聞いた陽奈ちゃん、依頼を断ろうとする聡子さんを説き付せて、この世紀の陰謀(ということのものでもないか)を阻止するため、本当の奥さんを見つけ出そうと、単身、ではなくて二人づれで、この剣術屋敷の自宅出産の仕事にとびこんだという筋立て。

というわけで、本物は誰だとばかりに、三人の妊婦さんに話を聞くのだが、流行らないラーメン屋で、潰れそうな店の奥さんだったり、子供だけをとりあげようとする旦那と姑から逃げてきた奥さんだったり、生活に困窮したシングルマザーだったりという話がいずれももっともらしくて本物は見付からない。そんなこんなのうちに出産日は近付いてくる、さあ、どうしよう。というところで、明楽先生の登場である。謎解きのキーワードは、「なんとしても跡継ぎの男の子」なんて執念みたいな話を一体誰がふきこんだのか、というところ。で、ふきこまれた話の裏に、娘を想う母心といったのがあって、なんのためにこんなことまでするんだー?、といったところの隠された理由になっている。


で、最後は、三人、ほぼ同時の出産、ということになるのだが、さて、その性別は・・・、というところは原本をどうぞ。母性本能は健在ですねーというところで、ちょっとほろり。

2番めの「お父さんをさがせ」は、高校生同士のできちゃった婚(あ、話の段階では結婚はまだしていないから、できちゃった婚約か・・)の自宅出産を頼まれた二人組。

女の子(理帆ちゃんという名前だ)の実家が産婦人科なので、病院では産めない、といった事情らしい。こんな幼そうな女の子に子供が育てられるのかなー、と心配していたら、なんと、子供の父親だとあと二人の男が名乗り出てきた(一人は、この女の子の家庭教師、一人は、メル友の中年男)。うむ。本当の父親は誰だ、そして、この女の子、テキトーに男たちを手玉にとっている娘なのか・・・、というのがこのお話。


話が進んでいくにつれて、この女の子の家庭が皆が仲良く不倫している家だったり、家庭教師がマザコンだったり、中年男の奥さんが、大手ブライダルチェーンを経営するカリスマ主婦だったり、なんとも、いろんな家庭環境のてんこ盛り状態をひきずりながら展開していくのだが、まあ、最後は、この女の子、意外と考えの深い方だったんですねー、と自分だけでなく、他の人達のぐちゃぐちゃした人間関係を、ぴっちりと解決しながら、純愛を貫くお話である。


と、ここで、話の筋とは関係ないのだが、理帆ちゃんの相手の男の子(透君)が自分の父親(画家で今は、アメリカのメインに住んでいる)を評した言葉が妙に気にいったので、ちょっと引用
「ああいう人間ってたぶん、絵描きになりたいとか、なろうとかは考えたこともないんだろうな。絵描きとして生きてるだけ。何になりたいか考えてるようじゃだめなんですよ。」
絵描きに限らず、何かの分野で「天然」に凄いやつってのはこんな感じだよなー、としばし感慨にふける。


最後の「赤ちゃんをさがせ」はでは、聡子さんのカレではなくて、元ダンが登場する。その元ダンナの仕業かどうかわからないのだが、聡子さんの自宅出産の予約の取消が入り始める。そのせいか、聡子さんの体調もなんだ悪そうで・・・。

ということで、この予約キャンセルを阻止すべく、われらが陽奈ちゃんが立ち上がる、といった筋立て。


キャンセルの内側には、キャリアウーマンの高齢出産の悲哀みたいなのや、本妻に対抗してくる愛人の鞘当てみたいなのもあるのだが、そのうちに、今回の話の本筋、自然の出産を呼びかけ、結構ぼってそうな◯◯宗教まがいのセミナーの誘拐事件に巻き込まれていく。誘拐された自宅出産の依頼人を救うため、三人(陽奈と聡子さん。そして元ダン)は、セミナーの本拠に潜入するが・・・。といった展開である。

この誘拐騒動が、なにやら別の事件などを連想させてしまうのだが、ちょっと時間が経つと、この辺りは風化してしまうのだろうな、と思ってみたりもする。ただ、あやしげな勧誘ものっていうのは種こそ変われ、時代を超えて不変なような気もするから、時代と場所が変われば、また別のことを連想するのかもしれない。


で、まあ、事件の解決の具合は、原本にあたってほしいのだが、このお話で聡子さんは、元ダンとヨリを戻してしまうのだが、この夫婦と陽奈とのつきあいは、次作「赤ちゃんがいっぱい」でもしっかりと続いていくのである。

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