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2014年9月27日土曜日

南場智子「不格好経営 チームDeNAの挑戦」(日本経済新聞出版社)

元DeNAの社長で、現在は取締役の南場智子氏のDenaの創業からの回顧録。


企業の浮沈、経営の毀誉褒貶は浮き世の常なので、善悪、良し悪しの評価ではなく、変化の激しいITベンチャーが立ち上がり、有力企業へと一気に育っていくに関わった経営者の「記録」として読んでおく。

こうした新興の企業の創業者の話は、時間単位で企業の様子が変化していっているので、その経営にまつわる話もスピード感あふれているとともに、短期間の企業成長なので、それぞれに独特の味(当然、その中には灰汁も含まれているのだが)を持っていて、自分の人生にどこまで使えるかは別として、効果の強いカンフル剤のような心地をうけるもではある。


とりわけ、彼女のようにコンサルタントではあったものの経営の素人から会社をつくり、業務開始前にシステムの「コードが一行もかかれていない」といった終末的なトラブルに見舞われるも、なんとかクリア。しかし、その後もYahooなどの大手との競り合いのすえのモバオクの成功、モバゲーの成功、そしてそれと並行するシステムトラブルの解決や、会社がぐんぐんと成長していく様を、どんどん流れていく動画のように読ませるのが本書といっていい。

構成は


第1章 立ち上げ
第2章 生い立ち
第3章 金策
第4章 モバイルシフト
第5章 ソーシャルゲーム
第6章 退任
第7章 人と組織
第8章 これから

となっているが、マッキンゼー時代やDeNAの会社立ち上げや成長物語は第6章まで。この辺りは現物にあたって、そのスピード感を味わって欲しい。

ビジネス書的に、おっと思われたところは

P91
なんの寄る辺なく起業する人は、有名な大企業のサポートをとても心強く感じてしまいがちだ。けれども、大企業を大株主にぬか得る場合、状況は変わりうる、という当然のことを頭に入れておく必要がある。・・・あちらも変われば、こちらも変わる。支援の内容や有用性、株の保有意向など、不変なものなど、ひとつもないのである。

P198
この意思決定については、緊急でもない事案も含め、「継続討議」にしないとおいうことが極めて重要だ。コンサルタントから経営者になり、一番苦労した点でもあった。
継続検討はとても甘くてらくちんな逃げ場である。決定には勇気もいり、迷うことも多い。もっと情報を集めて決めよう、とやてしまいたくなる。けれども仮に1週間後に情報が集まっても、結局また迷うのである。・・・こうしたことが、動きの速いこの業界では致命的になることも多い。だから「決定的な重要情報」が欠落していない場合は、迷ってもその場で決める。

P200
自分の仕事にオーナーシップを持っているメンバーは、必要な仕事を進めるために使えるものは有効に使うもので、そこに社長が含まれている場合も多い。

P204
決定したプランを実行チーム全員に話すときは、これしかない、いける、という信念を前面に出したほうがよい。本当は迷いだらけだし、そしてとても怖い。でもそれを見せないほうが成功確率は格段に上がる。事業を実行に移した初日から、企画段階ではよ予測できなかった大小さまざまな何台が次々と襲ってくる。その壁を毎日ぶち破っていかなければならない。迷いのないチームは迷いのあるチームよりも突破力がはるかに強い。

P214
人は、人によって育てられるのではなく、仕事で育つ。しかも成功体験でジャンプする。それも簡単な成功ではなく、失敗を重ね、のたうちまわって七転八倒したあげくの成功なら大きなジャンプとなる。
人の成長は、グラフで表せるものではないが、もしあえてグラフにするならコンスタントな右肩上がりのカーブを描くことは珍しく、多くは階段型だ。しばらく何も身動きできない苦しい時期がある。ところがそれを乗り越え小さくても成功したときはグンと階段を上がるようにジャンプする。

最後に、文筆業に専念するためにDeNAを退職する社員のメッセージが、この会社の→のようなまっすぐさを、ひとまずは表現していると思うので、引用して〆とする。

P229
7年前、DeNAに就職することが決まったことを告げた時も(退職して文筆業に専念すると伝えた時のように)彼らは同じように言っていました。
「お前、大丈夫か?」「将来をちゃんと考えているか?」と。
"選択"に正しいも誤りもなく、選択を正しかったものにする行動があるかどうかだけだと信じています。
この考え方は、DeNAで学んだ多くのことのうちの一つです

2014年8月19日火曜日

グロースハック本を2冊読んでみた。

2012年頃から流行言葉になっているらしく、検索してみると取組事例や売り込みがぞろぞろとでてくる「グロースハック」について、遅ればせながら2冊ほど読んでみたところでの雑感

グロースハック、あるいはグロースハッカーというのは、あちこちの定義らしきものをみると「極力お金を使わずに、仕組みやアイデアでサービスを継続的に延ばすこと」で「成長(グロース)をエンジニアリングの力を利用して仕組み化(ハッキング)すること」をグロースハック、こういうグロースハックを担う人材を「グロースハッカー」というらしい。

注目を集めたのは2012年のアメリカ大統領選挙で、この手法を使ったロムニー陣営が、ウェブサイトやSNSなどのメディアを使ったマーケティングで短い期間で多額の選挙献金を集めたところかららしく、どうしてもその中心にウェブというものがどんとあるな、という印象は否めない。

そのせいか、ハックの手法の中心はどうしてもWeb系が中心で、HPの画面遷移の違いによるユーザーの行動などWebの分析手法であるとか、それに基づいたWebページの改善やアクセス改善が中心の話となるので、デジタル系だけではなく面と向かった折衝であるとか説得行為が多い仕事(おそらくこの世の仕事の多くを占めると思う)、あるいは実際の手作業が必要な技術的業務の場合は、座り心地が悪いのは間違いない。

ただ、そうしたアナログ中心の仕事で全く使えない代物かというとそうとも思えなくて、それは「グロースハックの要所はPDCAのサイクルをいかに早く回すかということ」であったり「グロースハックとは、ツールキットというよりマインドセット(考え方)」といったあたりで窺うことができると思う。

2014年7月6日日曜日

ジェイソン・フリードほか「強いチームはオフィスを捨てる」37シグナルズが考える働き方革命 

ノマド論争が一頃大流行りしたのだが、どうも本書をその関連性でとりあげるのが嫌であった。
というのも前者がともすれば「組織への帰属論」にあけくれしているように思えたのに対し、この「リモートワーク」は、より良い人材を集めて、効率的に仕事をするのに集合的なオフィスワークは必要か、ということを、よりプラグマティックに論じたものに思えていたからだ。

それは本書の構成でみてとれて、構成が

イントロダクションーオフィスのない世界
リモートワークの時代がやってきた
リモートワークの誤解を解く
リモートのコラボレーション術
リモートワークの落とし穴
 リモート時代の人材採用
 リモート時代のマネジメント
 リモートワーカーの仕事スタイル

となっていて、オフィスの必要性を問う最初のイントロダクション以外はリモートワークをどう実現するか、あい路はなにか、といったところが中心となっている。

本書で主張されているように、仕事が集まってでないとやれないというのはちょっと幻想に近いのだが、「リモートワークをうまく運営するコツは、孤独にいかに陥らせず組織として動いているなのだ(リモートワークのコラボレーション術、リモートワークの落とし穴)」というあたり、リモートワークを地理的に離れ、時間的に分散した優秀なワーカーをいかに集め、いかに集中させて仕事をさせるかという文脈で考えないといけないし、リモートワークをライフスタイル論と切り離すことによって、より多様な人材を、より効率的に使う技術論として考える可能性もあるように思う。

かなり以前から新しいワークスタイルとして注目されているリモートワーク、ノマドワークのスタイル(ここではライフスタイルとしてのそれではなく、ワーキングスタイルとしてのそれね)なのだが、なかなか主流になっていかないのは、当然、工場とか試験検査とか「現場」でないと無理な仕事があるのもちちろんなのだが、性向として「孤独」ではなく「集団」での行動が好ましいと思う生物学的な性向が起因しているのかも、と思う次第で、とりわけ欧米人より集団志向の強いと言われている日本人は苦手とするところなのかもしれない。

しかし、基本的に距離的に離れていても、擬似的な「集団」、「組織化」を行うことは今の技術をもってすれば可能と思うし、人の居住の「集中化」を避け「分散化」を模索していくことが日本が都市国家としてではなくエリア的な国家として存続していくための必須のように思う。
とりわけ、これから少子高齢化が進み、高齢者、介護をする女性などなど様々な環境をもつ人材をいかに活用するか、ということが課題となってくる今後の日本で、労働集約的、集合労働的なワークスタイルでなく新しい可能性を探っていくことが必須となっていくと思うのだがどうだろうか。

2014年5月18日日曜日

吉田浩一郎「世界の働き方を考えよう」(総合法令出版)

インターネットを使った、アウトソーシングのマッチングサイトである「クラウドワークス」の創設者によるリモートワークの照会本。



筆者のいう「クラウドソーシング」とは「インターネット上で不特定多数の人々を募り、仕事を発注するサービス」のことで、基本的には今までフェイス トゥ フェイスで行われていたアウトソーシングを、インターネットを使って、委託元・先ともに広範囲でマッチングする仕掛け。


本書の構成は

第1章 最初の挫折 演劇の夢破れる
第2章 2度目の挫折 信頼していた役員の裏切り
第3章 再、そしてクラウドワークス始動へ
第4章 クラウドソーシングがもたらす、働き方革命
第5章 クラウドワークスが提唱する、これからの働き方
第6章 ベンチャー立ち上げを通じて学んだ仕事術

となっているのだが、最初の3章ぐらいは筆者の生い立ちやこの事業を始めるまでの立志伝で、リモートワークなどのヒントを期待するとちょっと当て外れ。
全体として、リモートワークの技術的なところとか、はたまたライフスタイル論的なものを求めると、"どうかな"といった印象なのだが、ただ、こうした業態の企業を運営者として、ノマドワーク、クラウドワークの実例と言ったものの情報が得られるのが、本書のメリットではある。

例えば、クラウドソーシングの現在の仕事の方式がプロジェクト方式、コンペ方式、タスク方式と分かれていて、クラウドワークといっても参加する人数や仕事の関与の仕方に違いがあること



フリーランスや個人ワーカーの働き方や受発注のやり方で、いわゆる士業のような「顧問契約」的な方法が模索できないか

とか

以外にシニアというか70歳から80歳といった高齢のワーカーもいることや、農家兼システムエンジニアとかバックパッカーのシステムエンジニアとか一風変わったワーキングスタイルの人も結構存在すること

といったネタがつまめるので、新しい働き方に興味にある人はざっと目を通しておいてもよいかも。

もう一つ、途中の対談で紹介されていた5万円以下の仕事には所得税や社会保障税を課税しないというドイツの「ミニジョブ」という制度はちょっと詳しく調べてみようかな、と思った次第である。

2013年11月16日土曜日

ちきりん 「未来の働き方を考えよう」

ちきりん氏の「未来の働き方を考えよう」をブックレビュー。

ちきりん氏の本は実は3冊ともリアルないしは電子本で保有していてはいるのだが、今のところ読了したのはこれが最初の本。
メイロマ氏と同様、好きか嫌いか両端に分かれる可能性の高いコラムニストではあるのだが、論客であることには間違いない。

ちきりんさんのブログは特に「うむ」と唸らされ、時に「ん」と疑念をもったりと、まあ付かず離れずといった感じで購読しているのだが、この「未来の働き方を考えよう」は世情、彼女のキャリアが恵まれているからでしょ、とか、ブログが売れてるもんね、とかamazonでも否定的な談話がない訳でもないが、私的には次代に「働き方」を思い描き、あるいは考察するのに読んでおいたほうが良い一冊として上げておきたい。

特に「ワークシフト」を読もうか、と思っている人はどうかすると「ワークシフト」より先に読む方が指南書駅な位置づけとしてよいのかもしれない、と思う次第。

序章 "働き方本"ブームが示すモノ
第1章 現状維持の先にある未来
第2章 世界を変える3つの革命的変化
第3章 新しい働き方を模索する若者たち
第4章 ふたつの人生を生きる
第5章 求められる発想の転換
終章 オリジナル人生を設計するために

という感じで、有り体な感想を言えば、第3章までは、よくある「働き方本」と同工異曲(筆者の40歳までの経験や統計的なデータがでてくるのが他の本、特に若書きのものとの違いではあるのだが)の感が強いのだが、本書の真骨頂は第4章。「40代後半で働き方を選びなお」そうというところだろう。

正直なところ齢五十を過ぎ、一応の定職に就き、部下という存在も一応あり、役職というものも一定程度ある、という我が身に照らすと、これからは競争が厳しくなりますよ、組織に頼って生きるってのは社畜ですよ、悔い改めて弱肉強食の世界に躍り出るか引退しなさい、という雰囲気がぶりぶり出ているモノや定職なんてのは愚者の真骨頂で働かないほうがいいのよ、てな「働き型本」「ノマド本」には「テヤンデぇ、お前らの仕送りはお父さんやお母さんがしてきたんだぞ、この野郎(野郎だけではないかもしれないが)」と悪態をつきたくなる世代なので、ちきりんさんの「今まで20年から30年間働いてきたんだけど、これから70歳代まで、さらに20年から30年同じ仕事を続ける気がある?」という問いかけのほうが、ストンと落ちてくるのである。

冷静に考えれば、昔は50歳や55歳が定年年齢であったものが今は60歳まで伸び、さらには65歳まで延ばす(高齢者の活用なのか、年金支給の関係なのかは知らないが)、そしてさらには70歳代へ、という流れが起きているのは間違いないし、人の寿命も伸びていっているのは間違いないので、ここらで人生90年を見据えて、一体自分はいつまで働く気があって、どんな働き方をしようと思っていて、何で働こうとしているのかってことは、高齢世代に突入しつつある我々の年代こそ考えていかなければいけないものなのかもしれない。

そう考えた時に最初の就職は口に糊するため、40歳後半以降自分の気持ちにあわせてもう一回職業を選択し直してみる、変えないまでも考えてみる、っていうのはなんとも蠱惑的な囁きである。ま、そんな感じで、いわゆる定年なり先が見えてきた世代が、これからの働き方、ひいてか生活のスタイルをどうするか、ということを振り返ってみるにも読んでおいてもいい一冊では。


ちなみにこの本、Koboの90%割引サービスでやけに安価に手に入れることが出来たもの。リアル本では古本でないと無理な仕業だが、このあたりが電子本の良さの一つでもある(筆者にとってはどうかはわからないが・・・)

2012年12月30日日曜日

大石哲之「コンサルタントの読書術 確実に成果につながる読書のススメ」

ノマド論争などではいろいろと物議のあった大石哲之氏なのだが、Kindle本でかなり購入しやすいい価格で提供されていたので、おもわず購入してみた。
 
内容的には、コンサルタントという仕事を媒介にして、いかに短期間で、いかに効果的な提案をするためには、どういう読書法をしたらいいのか、ということに絞って書かれているのが本書。
 
構成は
 
第1章 1冊の本から多くを学ばない
第2章 読むべき本はこうして選ぶ
第3章 「ロジカルシンキング」で本を読む
第4章 読書を確実な成果につなげる
 
となっていて、基本的に「いい仕事」をするための読書はどうしたらいいか、に絞った本といっていい。
 
章ごとの要約は書評でもなんでもない、と本書の中でも厳しく注意されているので、私的に印象の残ったあたりを引用すると
 
本を読むときのポイントは
①本を全部読もうとしない。始めから読まない
②必要な部分はゆっくりでもいいので考えながら読む
③事実、解釈、アクションを読み分ける
④読書のPDCAサイクルを回す
⑤読むことに集中できない要素は思い切って排除する
 
で、「本」というものを聖物化しないためには
 
本に対してもウェブと同じような感覚で接する。本も情報を売るための一つのツールと割り切る
 
本は1500円の紙束コレクションだと考える
 
といったところとか
 
未知の分野を効率的に、しかも短時間に学ぶには
 
同じテーマの複数の本を同時に買う(最低でも5冊、多い場合は10冊)
 
買った本を集中して読む
 
1冊の本を丁寧に読むより、10冊をラフに読んだほうが理解のスピードは速い
 
10冊読んで、同じことが出てきているものは、その分野のスキル取得にあたって、肝となる部分。なので、その肝の部分だけをしっかり身につければいい
 
といったところか。
 
まあ、なににせよ知的生産を「より速く」「より効率的に」「より価値あるものを」提供するか、といったことに特化した方法論が記述されていると考えていい。
 
 
このレビューを書いた現在、かなりの低価で提供されている。特売セールといっていいだろう。Kindle本が読める端末を所有の方は、あまり悩まずに購入したほうがいいと思う。
本書にあるように「Quick & Dirty」といった具合にね。

 

2012年12月29日土曜日

仲山進也「今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則」

副題に「ジャイアントキリングの流儀」とあるように、人気マンガの「ジャイキリ」の各場面を使いながら、組織作りについて論じているのが本書。

著者は楽天大学の学長さんで、まあ、楽天のマネジメントなどの本筋をよく知っている人と考えていいだろう。


構成は


はじめに
今いるメンバーで
まわりの期待を超える(ジャイアントキリングを起こせる)チームをつくるには


第1章 新チーム始動 ステージ1 フォーミング
「何でも思い通りにいって何が楽しいよ。
俺が楽しいのは、俺の頭の中よりスゲーことが起こった時だよ」


第2章 巻き起こる風 ステージ2 ストーミング
「どうせ家建てんならじっくりいい家作んなきゃ」


第3章 チームワークの誕生 ステージ3 ノーミン
「組織として差が出るのは、個々がどれだけ役割以上のことができるかだよ」


第4章 生き物みたいなチーム ステージ4 トランスフォーミング
「勝ちたがってんなら、その想いをケンカしてでもすり合わせすりゃいい。
そうすりゃ相手の考えがわかる。
それが次々広がって、チームっていうひとつの生き物になる」


おわりに
ケーススタディ in 「ジャイアントキリング」


ということになっていて、人が集まっただけの集団(グループ)を戦える「チーム」にどう作り上げていくか、というか変化させていくか、というところを「ジャイキリ」のマンガのシーンを随所に使いながら語られる。


乱暴に要点と思われるところだけを抜き出すと

①最初の頃は、きれいにうまくまとめる(フォーミング)しようとしない。とことんぶつかって混乱に陥ること
②混乱の中から、それぞれが目的やら自分の売りをつかむこと
③ぶつかりあう中で、互いに相手のことを肌感覚でつかみ、いわば「あうん」の呼吸を得ること


そうすると、しゃかりきでなく、遊んでいるように見えて、のびのびと、期待以上の成果が出るもんですよ、という具合か。


非常によくわかる主張なのだが、マンガという、イメージで語られるものに依っているせいか、主張自体もイメージとしてはとらえられるのだが、手法などがすぐにはすとんと落ちてこなかったのは、私の読み込みが浅いせいかも。このあたり、ふわふわと読まず、読み返す作業が必要であるようだ。

今のところ、前半の、フォーミング(まとめ上げ)しようとするな、ストーミング(混乱)が大事、というあたりが、期限に迫られた仕事をしていると、目先の益や効果に惹かれて、即効性をつい追及してしまいがちな我が身には、ちと痛い。



今のところは、さっくりと一読した段階なので、ポイント、ポイントを抽出しながら、自分なりにチームづくりについて考えてみようと思わせるあたりが本書の評価すべきところか。

2012年12月16日日曜日

ダニエル・ピンク「フリーエージェント社会の到来」

最近は下火傾向にあるのかもしれないが、賛成から反対、あるいは無関心まで、幅広い振れ方で議論されている「ノマド論」なのだが、本書においてかなりの部分は語られているといっていい。個人的な見解をあえていえば、様々なノマド本を読むならば、まず最初に本書を読んでからかかったほうが、俯瞰的な立ち位置が確保できると思う。
 
構成は
 
第Ⅰ部 フリーエージェント時代の幕開け
 第1章 組織人間の時代の終わり
 第2章 3300万人のフリーエージェントたち
 第3章 デジタルマルクス主義の登場
 
第Ⅱ部 働き方の新たな常識
 第4章 新しい労働倫理
 第5章 仕事のポートフォリオと分散投資
 第6章 仕事と時間の曖昧な関係
 
第Ⅲ部 組織に縛られない生き方
 第7章 人と人との新しい結びつき
 第8章 互恵的な利他主義
 第9章 オフィスに変わる「第三の場所」
 第10章 仲介業者、エージェント、コーチ
 第11章 「自分サイズ」のライフスタイル
 
第Ⅳ部 フリーエージェントを妨げるもの
 第12章 古い制度と現実のギャップ
 第13章 万年臨時社員と新しい労働環境
 
第Ⅴ部
 第14章 リタイヤからeリタイヤへ
 第15章 テイラーメイド主義の教育
 第16章 生活空間と仕事場の穏やかな融合
 第17章 個人が株式を発行する
 第18章 ジャストタイム政治
 第19章 ビジネス、キャリア、コミュニティーの未来像
 
 
となっていて、本書を読んでから、日本のノマド論を見ると、組織への帰属の問題と仕事の場所の議論にこだわりすぎているような気がしてくる。その点、組織への帰属や縛りが日本に比べて緩やかなアメリカを基礎におく本書の議論は、組織への帰属から解き放たれた時における人と人とのすながりやコミュニケーションをどうととるか、といった点や、単にスタバでMAC airを広げていたらノマド的働き方だといった浅薄な話ではなく、ホームオフィスを含めた仕事の場所のあり方が論じられるあたり、かなり深い議論がされているような気がする。
 
第Ⅰ部から第Ⅲ部までが多くのノマド論、ノマド本で語られる、ビジネススタイルの変化、あるいはそれに起因するライフスタイルの変化(例えば、決まった仕事場をもたなくなる、フリーになるといったことだ)について語られるのだが、さらに、本書のすごいところは、そこからさらに踏み込んで、第Ⅳ部でノマド型のワークスタイルがもたらす新たな貧困の出現であるし、第Ⅴ部で語られる、ノマドあるいはフリーエージェント型の社会がもたらすビジネスにおける資金調達の方法であり、政治のスタイルの変化であろう。
 
 
まあ、読んだから、どう、ということもないのだが、ノマドについて何か思うところある人は、2002年という少し刊行が古い本ではあるが、賛成派も反対派も読んでおいて損はないと思う一冊である。

 

2012年8月11日土曜日

おちまさと「人間関係は浅くていい」(扶桑社新書)

人間関係の持ち方、間の取り方というのは、時代に応じて濃い方と薄い方との間を揺れ動いているような感じがしていて、現在はどちらかというと今までの成果主義の反省と東北大震災による影響からか、非常に濃い方が支持される時代にあるような気がする。

そういったところで、「人間関係は浅くていい」というのは勇気ある発言でもあるが、こうした言葉が支持されるようになってきつつあるということは、時代が再び膨張に向かっていることの証なのかもしれない。

個人的には若造の頃からあまり「濃い」付き合いは好まないほうなので、筆者の主張、例えば

間関係には実態がないし、一人ひとりが頭の中で思い描くイメージもばらばら
人間関係とは私たちが心の中で作り出した「ゴースト」のようなものであり、実態がない以上、必要以上に怖がることなどない



ビジネスにおいて、ひとつの相手に「深く」依存しすぎていると、その相手が倒れたとき、自分も共倒れになりかねない。いざという時になってあわてふためかないよう、複数の相手と「浅く」つきあっておくべき

とか

そもそも、人生や仕事は、それぞれの人がそれぞれのリズムで干渉されずに進んでいくべきなのです。だからこそ僕は「人間関係は浅くていい」と言うのであり、これが深くなってしまうと、偶然、会社で同僚になった人や、隣近所のなった人たちに振り回されることになってしまう

といったところに、うむうむと頷いてしまうのだが、こうした性向のほかに、時代が不景気になり縮んでいく時代は、人間関係の「濃さ」が求められ、景気がよくなり人々の移動が増えていく時には、人の関係性の薄さに向かってしまう、という気がしている。

まあ、そうした時代性向の話とは別にして、こうした「軽る身」を主張する本はこちらの精神状態を軽くしてくれる効果もあって良い。
人間関係のうるささが面倒くさくなっている人は、本書を読んで、少し軽くなってもいいかもしれない。

2012年7月16日月曜日

吉川良三「サムスンの決定はなぜ世界一速いのか」(角川oneテーマ21)

今、アジアで最も元気が良いと言っていい「サムスン」のビジネスのハウツーを語ってくれる新書。

筆者は、日本鋼管でCADの構築に携わっている過程で、サムスンの会長からサムスン・グループの改革に参画するよう誘われ、都合10年余に渡って参画した人。こうした話になると、なぜ自分が見出されたかとか、サムスンの会長の日地となりなりを語る部分が大半を占めてくるのがこうした本の通例なのだが、技術屋としての性格が強いのか、サムスンの経営改革についての記述が大半を占めているのは、本書の良きところ。

構成は、

序章 「意思決定の速さ」がなければ生き残れない時代
第一章 決定のスピードと情報管理でビジネスを制する!
第二章 サムスンはこうして世界を制した
第三章 危機におけるリーダーと組織の役割
第四章 グローバル時代の「ものづくり」
第五章 これから日本はどこへ向かうべきか

となっていて、「パルリ」「パルリ」が口癖の韓国人の性急なところがサムスンの成功譚の大きな部分を占めているのかもしれないが、あのAppleに伍して世界で戦ってるサムスンの凄さは、我々日本人は心から敬すべきだろう。

と言うのも、本書で紹介されうサムスンの経営改革の成功譚は、けして度外れて以外なものではなく、むしろ今の基本を押さえた、しかも、ごく実直に押さえたものであるあたりに、サムスンの凄さを感じてしまうのである。

例えば

「品質というのはお客さんがそれぞれ判断すること」(P72)



「相手の文化を知らなければ売れる商品は作れない」(P88)

といったことをサムスンが社是としているとなれば、日本企業の凋落は時代の変化というよりも変化を高をくくって把握しようとしていなかった傲慢さのあるのではないか、とすら思ってしまうのである。

まあ、企業社会の競争環境に身をおいていない当方としては、あまり極端なことはいえないところなのだが、IMF危機は、やはり、貧乏は人を育てる、というか家貧しゅうして孝子出ず、といった状態を韓国に作りだしたというべきだろう。

さて、リーマンショックを経て、わが国の企業社会の逞しい復活を望みたいところなのだが・・

<2019.03.12追記>

パク・クネ政権のときの汚職騒動も含め、韓国の財閥にはかなりミソがついた感じであるとともに、中国系企業の追い上げでサムスン自体もなかなか経営環境は厳しいようで、ビジネスの世界の栄華盛衰を感じさせる。

その意味で、特定の企業にピタッと張り付くようなビジネス書の論評は難しいな、と感じる次第。もっと「普遍的」なものを抜き出すようなレビューを今後心がけます。

2012年2月27日月曜日

ハロルド・ジェニーン「プロフェッショナルマネジャー・ノート」

本編を読まずして、サマリーの方から読んでわかった気になるというのは邪道かもしれないが、正直なところ、本書を読んで、本編の方もちょっと読んでみようかと思わせた。

もともとユニクロの柳井 正氏が絶賛されたことによって有名になった本らしいのだが、ビジネスの実践の中で生きてきた筆者のハロルド・ジェニーン(証券取引所のボーイからアメリカを代表するコングロマリットの代表者と「なった人らしい。残念ながら、ジェニーン氏の会社のITTのことは全く知らなかった)がその実体験に裏打ちされた経営論を語ったもの。

例えば

経営するーマネジメントするということは、いったん事業計画と予算を定めたら、それがなんであれ、それを達成すると誓ったことを成し遂げなくてはならず、それができて初めて真のマネジャーとなれる(P29)



結局のところ評価の基準はたったひとつ、業績だ。業績のもとにはどんな名スピーチも、昼食会も、会議も、好況への貢献も、有名人や要人との親密な関係も、すべて遠くに忘れ去られ、残るのはただ会社とその業績の記録だけだ。(P41)

といったあたり、さっくりとした言い方で総括すると、理屈っぽいことを言わず、経営ってのは実績を挙げてナンボじゃないの、そのためには一所懸命。いろんなこと考えて実行 しないとだめでしょといった感じ。
ただ、その言い方がなんとも、はっきりとした感じなので、むしろ力が湧いてくるような気がする。

本書は、原著の「プロフェッショナル・マネジャー」のエッセンスを集約したような本だから、一つ一つのセンテンスが、短いながらもちょっと思い言葉の連続なので、むしろ、原著を読んでいく上での道標的に使っていったっほうがいいのかもそれない。

最後に、この本を手に取った読者すべてに向けた筆者のエールと思える最後のセンテンスを引用してレビューを終わる。

言葉は言葉。説明は説明。約束は約束・・。
何も、取り立てて言うべきことではない。
しかし、
実績は、実在であり、実在こそが実績なのだ。
ーこれこそがビジネスにおける不易の大原則なのだ。

実績のみが、君の自信、能力、そして勇気の最良の尺度だ。
実績のみが成長する自由を君に与えてくれる。
他のことはどうでもいい。
マネジャーとは"実績をもたらす人間"なのだ
他人や自分にどんな言い訳をしようが、この事実は変わらない。
君が立派な実績を挙げたら、すべて忘れ去られたときでも、世界はそれを覚えている。
何よりも、君自身もその実績を覚えている。
Good Luck! ー「素晴らしい実績を成就してくれたまえ!」

2011年12月30日金曜日

畑村洋太郎「回復力ー失敗からの復活」(講談社現代新書) 読後感

失敗学の創始者である畑村氏が、「失敗」からどう立ち直るか、ということについて書いたのが本書。大学教員時代に、教え子の自死に遭遇したり、氏自身が鬱の状態になったこともあり、「失敗」について、優しいのが好ましい。


少しばかり、中身について言うと、氏が、本書の中で、「失敗で潰れない」として紹介しているのが


「逃げる」「他人のせいにする」「おいしいいものを食べる」「お酒を飲む」「眠る」「気晴らしをする」「愚痴をいう」


という7つ。


一見すると、かなりネガティブであったり、道徳の教科書だったら噴飯物といったところもあるのだが、そこは理屈や修身の世界でどうこう、というより、「失敗」からどう立ち直り、ポジションの回復を図っていくかという視点からの本なので、目くじらをたてるべきでないし、また有効な手法でもある。


「失敗」をしている状態というのは「エネルギーが漏れてしまっている状態」であるから、その漏れをどう塞ぎ、失われたエネルギーをどう充填していくか、というのが「回復力」の根幹というのが、本書の主張であると思え、そういう視点で「失敗からの回復」をとらえるのは、結構斬新で、テクニカルな視点で「失敗」をとらえることができ、クールでいい。



「失敗」は何か事を起こそうとすれば付き物であるし、普通にしていても、向こうからやってくることもある。大抵のことにはメゲずに生きたいと思っている人に勧めたい一冊。

2011年10月17日月曜日

牧野武文 「情報は貯めるだけ貯めなさい」(マイコミ新書)


最近流行している「クラウド」を使った仕事術の本なのだが、バリバリにデジタル化を勧めてくる本ではないので、その意味で、iPhoneやandroidのスマートフォンに切り替えたんだが、さてクラウドを使って仕事を、ってのに挑戦したいのだが、さて・・・といった初心者向けの本。

構成は

第1章 情報管理は「捨てる」から「貯める」時代へ
第2章 クラウド仕事術を理解する
第3章 クラウド仕事術に必要なもの
第4章 クラウド仕事術の基本
第5章 クラウドで各種「書類」を管理する
第6章 クラウドで「情報」を管理する
第7章 クラウドで「行動」を管理する
第8章 クラウド仕事術を成功に導く9つのステップ

となっていて、基本は、紙書類は基本的に全てデジタル化してクラウドにあげてしまうのだが、仕事で使う時は「紙」でやりましょう。紙書類のデジタル化はスマートフォンのスキャナアプリでやって、その保管先としてはEvenoteが良いですよ、といったところキーワードとして本書で、使われる「貯めるデジタル、使うアナログ」は確かに言いえて妙な話で、とかくこうした書類のデジタル化の話は、どちらかに偏ったことになりがちなので、筆者のいう

P42なんでもかんでも書類をデジタル化して、iPhoneやアイパッド、パソコンで表示する必要はない。紙書類はそのまま持参して、紙のまま使えばいい紙書類というのは、軽くてどこでも持ち運べ、折りたためばどこまでも小さくできるという大変優秀なモバイルアイテム

P49「貯めるデジタル、使うアナログ」「貯めるデジタル」というのは、「整理整頓しないクラウド整理術」のこと。「使うアナログ」とは仕事をするときは紙書類を使う方法が仕事をスムーズに進められるということ

P53アナログ書類、デジタル書類の使い分けのポイントは、アナログとデジタルを使うシーンをきちんと分ける

といったことは、デジタル一辺倒になりがちな私としても自戒の言葉とせねばなるまい。

途中、Evernoteの登録や使い方のあたりは、少し退屈なところであるが、初めてクラウド型の仕事を考えている人向けと考えれば、まあしょうがないといえばしょうがないか。

ただ、実践にあたり、本書では、仕事の紙書類のスキャンに、スマートフォンのスキャナアプリを使うことをまずは推奨しているが、事務系の総務部門や企画部門のように大量に紙に取り囲まれている部署で仕事をしている人は、ちょっとスマホだけでは能力不足気味になるし、今流行の「自炊」も始めようかという人は、早晩、ドキュメントスキャナが欲しくなると思うので、そのつもりで。

クラウド型の仕事術の入門書としては、わかりやすく、さらに取り掛かりやすいあたりをコンパクトにまとめてある。最後の章の「自分向けのクラウド仕事術を追求する」を筆者からのエールと受け取って、自分の仕事にあわせていろいろチャレンジしてみようではないか。

2011年3月31日木曜日

高橋克徳ほか「不機嫌な職場」(講談社現代新書)

成果主義あるいは、市場主義の浸透によって、何が変わったかというと、個人的な実感としては、職場の人間関係が一番かな、と思わざるをえない。


 私なぞが勤め始めた1980年代は、今に比べるとかなり牧歌的な時代といえなくもなくて、勤務管理もかなりいい加減であったし、なにかしら、のんびりとした風情が残っていた。具体的な例を挙げれば、週休2日制は、まだ大企業にしか導入されてなくて、大半の会社は土曜日は「半ドン」という形で、勤務時間は午前中までだったので、昼からは同期で集まって麻雀をしたりとか、遊ぶ仲間が集まらないので、
やることがなくて残業したり、といった具合であったし、職場の泊まりがけの忘年会やレクリエーション、運動会もまだまだ健在であった。
  それがいつの間にか、妙に人間関係の薄い、どこなく尖った職場になってきている。そして、こうした職場の在り様を、さほど抵抗なく、皆が受け止めてしまっているという状況のような気がする。

 本書は、そうした出口のない「職場の問題」に対して、なんとか解決のアプローチを探ってみようとしている。

 こうした状況がなぜに生まれたのかというのは、本書でも示されているように、1990年代後半から、様々な側面で進められた「効率化の圧力と成果主義」の動きが、「仕事の定義」の明確化を進め、それは、個々の職場のサラリーマンの専門性を深化させる。そしてそれが、日本の組織の生産性を高めるともに、「調整」「束ねる」といった力を弱める、組織力を弱める、といった方向へと誘導した、というのは恐らく正しいのだろう。
 ただ、それをかなりの力で加速したのは、当時の職場を覆っていた一種の「閉塞感」であったように思う。こうした閉塞感の打破が、当時、アメリカ風で、ぴかぴか輝いていた、専門職化とIT化に包まれ、べたべたした人間関係から離れた労働、というものに人々が傾斜していったせいもあるような気がしているのである。

そうした意味で、つい最近まで運動会をしていたという話があるグーグルの就労環境は、グローバルのエンジニアの集団という特異性の欠陥を補うための戦略的なものかもしれないが、乾いた職場環境だけではない、という意味で注目してもいいだろう。とりわけ、グーグルが採用の時に重視するものは、

①スキル
②コワークできるか(ほかのグーグルの人と一緒に働けるか)
③セルフスターターかどうか(自分で動ける人か)

というあたりは、何かを象徴しているようで興味深い。

本書は、このほかにサーバーエージェントの取り組みやヨリタ歯科クリニックの取り組みが紹介されていて、職場の人間関係の改善や、職場管理を担当しているセクションの方たちには、処方箋も含めて、非常に興味深いだろうし、その手法として本書が提案する「共通目標・価値観の「共有化」や「インォーマル活動の再評価」、「感謝と認知のフィードバック」など職場をリペアするための具体的な教則本として読んでもいいだろう。

で、ここで、天の邪鬼的な辺境駐在員は呟くのである。べたべたな人間関係を嫌ったと思ったら、乾きすぎだと言う。なんとも終わりのない話しではあるのだなー、と。

2011年3月26日土曜日

城 繁幸 「3年で辞めた若者はどこへいったのか」(ちくま新書)

「自分としては、若い世代に対し、昭和的価値感に従わず生きる人たちの仕事や人生観を紹介することで、若者が平成的価値観をはぐくむ手助けとしたい。 


といった、「はじめに」の言葉で始まる本書。

 本書の言う「昭和的価値感に従わず生きる人たち」とは

 ・大手流通企業から外資系生保に転職、年収が2倍になった彼
 ・大手新聞社の文化部記者という生き方
 ・企業でなく、IT企業に就職したという意識を持つ男
といった形で競争社会につきあっている若者や

 ・赤門から仏門へ、東大卒業後、出家した彼の人生
 ・フリーター雑誌が模索する、新しい生き方

 といった、競争社会に背を向ける生き方であり、ざらっとみると、いわゆる古い働き方から平成的な働き方やライフスタイルを提案する書のように見える。
しかし、「読み違い」の恐れを承知しながら、あえて言うと、本書の肝は、むしろ、そうした様々な人々の生活のスタイルのインタビュー記事の間に挟まれる「コラム」にあるのではないだろうか。


もともと、本書の最初の姿はWebちくまに「アウトサイダーズ 平成的生き方のススメ」という形で連載されてものらしいので、最初のスタイルは、インタビュー記事が中心であるのだろうが、「企業に求められる多様性とは」「21世紀の大学システム」「格差のなくし方」といったコラムが挿入されることで、違った様相を示してきている気がする。

 そして、それは、いわゆる「正規職員と非正規職員の格差」や、「中高年労働者と若年労働者の配分の不均衡」への問題提起でもあり、筆者のいう「再配分の必要性」と「旧来の労働スタイルの破壊と再構築」「真性の意味での職務給の確立」といったことがその解答であるのだろう。

しかし、雑誌連載が2007年、そして本書が出たのが2008年。

その後、我々は「秋葉原通り魔事件」を経験し、リーマンショックを経験し、政権交代も経験した。


 残念ながら、本書の「はじめに」の最後の部分の


「彼らはどのような壁に直面し、何を目指してレールを降りたのか。そして今後、企業や社会が目指すべき改革とはどのようなものか」

に対する答えはまだ混迷に中にあるといわざるをえない。

2011年3月25日金曜日

三枝 匡 「V字回復の経営」(日経ビジネス人文庫)

出張と飲み会が続いていて更新が滞っていたが、出張中に読んだ本がこれ。

アスター工業という架空の会社を舞台にした会社再建ドラマ。ただ、作者の実際のコンサルタント経験の中の実話をもとにしているらしいので、結構、迫力のある話に仕上がっている。

こうした話は、なんとなく感情移入してしまって、経営改革を自分がやっているようにように思えて、気分が高揚してくるから不思議。
本当は、こうした話の随所にでてくる様々なエピソードを自分の中に取り込んで、咀嚼していかないといけないのだが、なかなかできないのが世の常、というか私の常ではある。



でもまあ、少しでも自分の血肉にするため、本書中の「(経営改革の)成功の要因とステップ」を引用

1 改革コンセプトへのこだわり
2 存在価値のない事業を捨てる覚悟
3 戦略的思考と経営手法の創意工夫
4 実行者による計画づくり
5 実行フォローへの厳密な落とし込み
6 経営トップの後押し
7 時間軸の明示
8 オープンでわかりやすい説明
9 気骨の人事
10  しっかり叱る
11  ハンズオンによる実行

それぞれに意味深い言葉だが、詳しくは本書を読んでほしい。

最後に、最近、本社を離れてプロジェクト的な仕事をしていると

P359

米国のような金まみれのインセンティブ方式が、会社の長期の繁栄にとって有効だという証拠はない。しかしそれにしても日本企業では、リスクをとった者への報酬が不当に低いことが多すぎる。・・・ことが終わってしまったらまたぞろ年功による平等論が出てきて、人事的にも金銭的にも報われなかったという話を聞いたりすると、当事者でなくとも胸くそが悪くなる。進んでリスクをとった社員にそこまで甘えるのか。・・・

ってなところに微妙に共感してしまうのが悲しい。

2011年2月28日月曜日

高橋克典 「職場は感情で変わる」(講談社現代新書)

「不機嫌な職場」の続編ともいえるのが本書。

前著では、バブル崩壊後、業績主義が進行する中で、顕在化してきた、カサカサして、協力しあえない、それどころか対立関係すら生んでしまっている「職場」の問題点を分析し、その解決に取り組んでいる職場や会社の実例を紹介しながら対策を記述していたのだが、本書はそれを一歩進めて、「不機嫌な職場」の経営学的な分析と対処法を体系的に論じたものといえる。

構成は
 第1章 組織にも感情がある
 第2章 そもそも感情って、何?
  1 なぜ、感情が生まれるのか
  2 感情をどうコントロールするか
  3 感情は連鎖する
 第3章 組織感情をマネジメントする
                                1 組織における感情の位置づけ
                                2 マネジメントの方法
 第4章 組織感情を引き出し、共有する方法
  1 イキイキ感情を共有したい
  2 あたたか感情を共有したい
  3 ギスギス感情を変えたい
  4 冷え冷え感情を変えたい
 第5章 良い職場、良い会社をつくろう

 となっていて、今までは「モチベーション(やる気)」という側面でしか語られたり、対策が練られていなかった、組織感情について、正面から取り上げ、その組織感情が、組織のパフォーマンスに与える影響や、そのコントロール方法について論述しているのは他のモチベーションを語るビジネス本にない特徴。

 その対処法などが、景気や業界環境といった外部環境と切り離された、純粋化された形で語られている点に、ちょっと不満を持たないではないのだが、意欲を
どうかきたてるか、職場をどう燃やすか、といったあっけらかんとしたモチベーション論や業務改革を語る他のビジネス本とは一線を画している。

 特に日本型の通常の組織の場合は、よくある「業務改革本」のようなやり方では、なんとなく上滑りしてしまったり、やらされ感や、またかといった感情が先
立って、職場を活気付けるどころか、そうした活動自体が職場に徒労感を与える場合が多いと思っているので、本書の「感情」を基礎にすえた職場活性化策は、
様々な面で参考にしていい。

最後に、オルフェウス室内管弦楽団(アメリカ ニューヨーク州)のエピソードを紹介してこのレビューの〆としよう。
このオーケストラは、演奏活動
を続けている管弦楽団らしいのだが、その8つのモットーが


その仕事をしている人に権限を持たせる
②自己責任を負わせる
③役割を明確にする
④リーダーシップを固定させない
⑤平等な
チームワークを育てる
⑥話の聞き方を学び、話し方を学ぶ
⑦コンセンサスを形成する
⑧職務へのひたむきな献身

ということだそうだ。(詳しくは本書で)

新書らしく、さらっと書いてあるので、理論的なところはちょっと物足りないかもしれないが、ありきたりの「業務改革本」に飽きてきたら一読を薦めたい一冊
と思う。

2009年7月9日木曜日

堀内都喜子「フィンランド 豊かさのメソッド」(集英社新書)

OECDの学力調査で、毎年良い成績をあげたり、世界経済フォーラムの国際競争力ランキングで、何度も一位になるなど、ちょっと閉塞していた日本と引き比べて、羨望といりまじたた注目を浴びている(いた?)フィンランドの体験記。

著者は、現地のユヴァスキュラ大学院大学に留学して、そこの修士号を取得しているほか、フィンランド系企業でも勤務している経歴の持ち主である。

章立ては

第1章 不思議でとても豊かな国~失業率二〇パーセントから国際競争力一位へ
第2章 学力一位のフィンランド方式~できない子は作らない
第3章 税金で支えられた手厚い社会~独立心が旺盛でたくましい女性
第4章 日本と似ている?フィンランド文化~異文化コミュニケーション

となっていて、教育から社会福祉などなどフィンランドの特徴のエッセンスみたいな構成。

管理人のごく狭い見識だとフィンランドで思い浮かぶのは「ノキア」と「親日家が多い」や「サウナ」といったようなことしかなくて、正直のところ、印象は薄い。


失業率は2006年の統計では7.7%となっているので、本書で掲げられている数字よりは低いが、日本に比べて高い(日本は今のどん底状態でも完全失業率は5.5%だ)し、新卒の採用といった形式はない、同じ業務でいる限りはベースアップはない、社会保障は手厚いが税金はとても高い、など日本とは環境的に異なっている国であることは間違いない。

で、最近「フィンランドでは」とか「フィンランドに見習って」といった話をよく聞くのだが、こうした国勢や国柄の違いといったものを、きちんと底に置いた上で議論すべきだろうな、と思う。

例えば、フィンランドの教員の質のレベルの高さが賞賛されるが、現在の日本の教員のレベルの責任は国家だけでなく、保護者と教員自身も負うべきであるし、育児面での支援の厚さは、いわゆる婚外子の養育の問題と、離婚の問題、そして支援を維持する税金負担の問題を同時に議論すべきだと思う。


と、フィンランド全てよしみたいな風潮に、ささやかな竿をさしてみたわけだが、社会に出ても大学の課程に学んでスキルアップに勉める勤勉性とか、自宅もDIYやリフォームが大好きとか、見習うべき、あるいは楽しそうなこともたくさんあるので、そのあたりはモノによってこちら側で選択すればよいことなのではあるが・・・。


まあ、こうした海外留学モノとか外国紹介モノは、ともすれば、そこの国にべったりしてしまって、その国の価値観が世の中で一番優れているみたいなノリになってしまうものが多いのだが、幸いなことに本書は、そうした弊に陥っていないので、あまりアレルギーなしに読むことが出来る一冊ではある。「フィンランド」が気になったら手にとっても良い本である。

2009年6月30日火曜日

中谷 巌 「資本主義はなぜ自壊したのか」(集英社)

ご存じのように中谷 巌氏は、小泉内閣の「経済戦略会議」の議長代理をはじめ、数多くの政府委員を務め、構造改革の旗手として大活躍していた人。

その人が、構造改革を推進してきたことを自己批判し、「転向」を表明したのが、本書である。

構成は

序章 さらば「グローバル資本主義」

第一章 なぜ、私は「転向」したのか

第二章 グローバル資本主義はなぜ格差をつくるのか

第三章 「悪魔の碾き臼」としての市場社会

第四章 宗教国家、理念国家としてのアメリカ

第五章 「一神教思想」はんぜ自然を破壊するのか

第六章 今こそ、日本の「安心、安全」を世界に

第七章 「日本」再生への提言

終章 今こそ「モンスター」に鎖を

となっていて、著者がなぜ「市場原理主義」に惹かれていったか、を若い頃の留学経験などを語りながら延べ、「アメリカ」という国家の特異性、実は「市場原理主義」も特異な存在であることと、その欠陥というよりは害悪が、まず語られていく。

途中、キューバやブータンといっ貧しくはあるが国民が満足して暮らしている国家の話などが語られ、第六章あたりからは、市場原理主義との決別や、日本なりの取るべき道の提言がされていく。


内容的には、難解すぎる経済用語などは少ないので、経済学っぽい本としては取っつき易い方だろう。専門家あたりには、目新しいものがないといった批判もあるが、なに、私のような素人には、それぐらいがちょうどいいってなもんである。

また、最近、諸悪の根源のように言われ始めている「市場原理主義」の批判ないし欠陥を勉強する本としては、私のような素人にうってつけの本といっていい。


ただ、ただ、である。

こいつは、極度に個人的な見解として考えていただきたいのだが、これは「禁断の書」あるいは「禁じ手が使ってある本」なのではないだろうか。

市場原理主義の功罪は全世界的な話なのでおいておくとしても、小泉内閣の「構造改革」が日本の社会へもたらした影響というのは、かなりすさまじいものがあった、と私は考えている。それは、陽の面もあるが、もう取り返しのつかない「影」「陰」の面も確実に存在する。そうした政策の、かなりの中枢であった人が、この時点で反省している感じはあるが、「間違っていました」「転向です」というのは、ちょっとないんじゃないの、という感覚が先に立つのである。

さらには、本書の始めの方にあるように、アメリカ留学当時は、そうした新自由主義思想がぴかぴかに輝いていたから、良いモノと思いこんで仕方がなかったばりのあたりを読むと、「嗚呼、騙された我が悪いんだろうね・・・」と自嘲的に呟かざるをえなくなってくるのである。


「世の中は革命、反革命、反々革命、反々々革命の連続だ・・・、何も変わりはしない」といったなげやりな言葉を口にして、この稿を終わろう。正直な感想をいえば、仕事柄、構造改革には、地方政府のこととはいえ、少々関わった身としては、いろんな思いが交錯して、この本を読むのは、ちょっと疲れるんですわ・・・。

2009年6月25日木曜日

堤 未果「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書)

サブプライムローンの破綻後、いわゆる新自由主義に対する批判やアメリカ社会の現実のような本が、かなり出てきているが、本書もその一つであることは間違いない。

ただ、本書は、いわゆるルポルタージュという形がとられることによって、「実は新自由主義は間違ってました」「間違いは実は私は気がついていたんですがね」といった風見鶏的な論調とは、かろうじて一線を画していることができている。

ただ、本書が刊行されたのが2008年1月で、初出はしらないが、もし同時期とすれば、サブプライムローンの破綻する2007年から2008年の時期に附合することにもなり、「おいおいもっと早く言ってもいいだろ」と後出しジャンケン的なものを感じるのは否定できない。

と悪口を書いてしまったが、ルポとしては、かなり上出来ののものと思う。アメリカの貧困をきちっとリポートしながら、けして、グローバル資本主義がなくなればOKとか、大きな政府にすれば万事解決、悪いのは「大企業」だったのよ、というような、ある種、楽天的な論調に陥ることなく、アメリカの貧困の底の深さ、解決の難しさを記述していて、ルポとしての好感がもてる仕上がりになっている。

構成は

第1章 貧困が生み出す肥満国民

第2章 民営化による国内難民と自由化による経済難民

第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々

第4章 出口をふさがれる若者たち

となっていて、なぜ貧困層に肥満が多いのか、や、アメリカのあまりにも貧相な、貧困層の医療の実体、さらには、そうした貧困層にいながら希望に燃える若者たちに軍隊というものがどんな形で食い込んでいるか、などなど、一筋縄ではいかない、「アメリカの貧困」が明らかにされていく。


しかし、こうしたルポを読むたび思うのは、私たちが、かって憧れていた「アメリカの中流階級」あるいは「アメリカの豊かな暮らし」というのは、本当はいつまであっただろう。貧しいアジアと豊かなアメリカという図式が、以前は確実なものとしてあり、アメリカが一種の希望の地であった時が、確実にあったように思うのだが、それはいつ失われたのだろう、そして、どこを目指していったらいいんだろう、ということだ。

すでに「国営化」による非効率と利権の姿を、ベルリンの壁の向こう側に見た私たちにとって、「民営化」が実は「食い合い」というモンスターが衣をまとっていたものだったとわかっても、既に帰るところがない状態なのである。


で、これはちょっと乱暴な話なのだが、ひょっとすると「アメリカの豊かさ」は「アジア・アフリカの貧しさ」と量としては同じで、アジアが豊かになった分、アメリカが貧しくなったのではないのか、などと、「人生の運と不運の量は同じ」と信じている私なぞは思ってしまうのである。

そして、もしそうなら、どこかが豊かになることが、どこかの貧しさを生むのであれば、どこかで折り合っていくことが必要になるのであって、ひょっとすると、構造改革の嵐の中で批判されていた。「一億総中流」というのが、実は、目指すべき姿だったのかもしれないね、と「青い鳥」よろしく呟いてしまう。


何も救いにはならないが、せめて次の世代への希望をつなぐための一つの手段めいたことを引用して、この、行き場のない稿を終わることにする。マンハッタンの帰還兵センターのスタッフの言葉だ。


「若者たちが誇りをもって、社会の役にたっているという充実感を感じながら自己承認を得て堂々と生きられる、それが働くことの意味であり、「教育」とはそのために国が与えられる最高の宝ではないでしょうか?将来に希望をもてる若者を育ててゆくことで、国は初めて豊かになっていくのです。」


国が、そこそこ豊かであること、人々がはればれと生きていけること、のためには、難しい金融理論や経済理論は、ひょっとしたら邪魔者なのかもしれない・・・・