2006年5月20日土曜日

北村 薫「覆面作家の愛の歌」(角川文庫)

「覆面作家は二人いる」でデビューした、外弁慶(?)のお嬢さま 新妻千秋さん登場の第二作目である。
収録は「覆面作家のお茶の会」「覆面作家と溶ける男」「覆面作家の愛の歌」の三作

まず「覆面作家のお茶の会」は、新入社員が社内に正式に御披露目されて配属になる5月頃だろうか、覆面作家の担当編集者である岡部了介の先輩編集者 左近雪絵が、このお嬢さまに会いたいというところから始まる。
何の用かと思いきや、どうも本人がニューヨークへ転勤になるため、あれやこれやの引継を兼ねての呼び出しとであったいう、ちょっと唐突な導入部。先へ読み進めるとわかるが、これは、千秋と了介の周辺のキャストのさりげない交替。しっかり者の左近先輩の代わりに、ちゃっかり者のライバル雑誌「小説わるつ」の編集者 静 美奈子への交替である。

この女性、この本の三作ともしっかり筋立てに絡んできて、凖レギュラーの扱いになってくる。

もっとも、一話目は、この静さん(なんか「どらえもん」っぽいな)の高校時代の友人が事件の主役なので、彼女が登場しないと話も進まない。
その彼女の友人、お菓子づくりに天賦の才をもっていて、老舗のケーキ店のお嫁さんになってしまう。しかも、店の先代(旦那さんの父親。この人がまたフランス仕込みの大職人)に、息子以上の腕だと評価されるというおまけつき。これで将来は薔薇色、「あなた、いっしょに店を大きくしましょうね・・・」ってな具合にいくかと思いきや、菓子の新作が元で、このおやじさんが修行にでてしまう。なんと、このお嫁さんのつくった菓子に自信をなくして、修行のやり直しだーと家出してしまったという訳。
で、困ったのは若夫婦、なんか追い出したような具合で尻が座らない、なんとか行方を探して連れ戻せないかと言う頼みに、わが名探偵の覆面作家 千秋さんが乗り出す、という展開なのである。

ネタばれは、ケーキ店を守るためのやむなき偽装と、昨今の相続税の高さ。特に都内の一等地に昔から店を構えている人は悩み大きいだろうなー、でも、そんなところに土地あるってのは恵まれているよねー、といういろんなものが混じり合った感情を残して、善意あふれる人たちによる善意あふれる偽装事件を、お嬢さまが解決していくのである。

2作目の「覆面作家と溶ける男」は、梅雨時の、小学生の誘拐事件にまつわる話。しかも、この誘拐事件というのが、身代金目的のやつではなくて、女の子を自分のものにするために誘拐する、あのいやな手のやつ。

その誘拐されて殺された女の子の近くの小学校で、また女の子が誘拐される。その女の子捜索を、了介の兄、優介が担当されているのだが、その捜査中にでてくる、晴れの日に小学生に血液型を聞いて、ある血液型だと封筒に切手を貼って投函してくれるよう頼む妙な男の存在。
しかも、その頼まれる小学生というのが男の子ながら、殺された女の子によく似ている、という設定である。

この男の妙な行動の理由と誘拐された女の子探しとが並行するのだが、最後の方に、お嬢さまの活劇があって、楽しい。千秋お嬢さん、カッコイー、拍手、拍手ってな感じである。

展開の本筋とは関係ないが、途中に車の排気管にじゃがいもを詰めるとエンストする、というなんか本筋に関係なさそうな話がでてくる。しっかり最後の方に使われているのは用意周到、まいりました。


三作目は、「覆面作家の愛の歌」。時期は新年である。

この話の最初の方で、岡部了介も知らない、新妻千秋の家庭環境が明らかになる。っていうか、明かすのは、静 美奈子だから、了介の調べが足りないっていうところだろう。どんな環境かは、読んでのお楽しみということで、ここには書かない、あしからず。

で、事件は、このお嬢さまの家庭環境には関係なく、お嬢さまたちが観にいった劇団の新進女優が殺されるというもの。
この女優さん、高校時代に高校演劇の大会にでているところを、その劇団の主宰者が惚れ込んで、親の反対を押しきって女優にしたという、才能あふれる俳優。で、とことん可愛がっていたのだが、なんと同じ劇団の男とできちゃって結婚すると言い出したから、この主宰者にとってみれば、可愛い娘、というより年の離れた奥さんに浮気されたような感じだろう。


で、この主宰者が犯人らしく、らしく感じるのだが、この主宰者と女優さんと結婚する相手とが会っている最中に、その女優さんが殺されていて、なんともそのアリバイが崩しようがない。しかし、怪しいなー、という具合に話は展開していく。

で、ネタばれをちょっとすると、本当は、かなり本格派の北村さんの作品らしく、電話をつかった時間差トリック。ちょっと複雑で、酒を飲みながら読んでいたら、なかなか頭に入らなかった。犯人も結構器用だな、私なら途中で、混乱するぞ、と妙に感心する。

最後の方は、このシリーズの定番っぽく、犯人とお嬢さまの大活劇と思いきや、今回は不発。活躍するのは、了介の兄の優介である。2作目、3作目と、この優介、静さんとちょっと仲良くなってしまっているような雰囲気があって、これが今後どうなるのか、ちょっと気をそそる展開である。

あ、それと、この三作目で、お嬢さまはどさくさまぎれに了介にキスされてしまう。身動きのとれないお嬢さまに不埒なことをしかけるとは、了介も悪いヤツである。


千秋お嬢さまとうっかり者の了介、そしてちゃっかり者の静 美奈子、とこのシリーズも円熟みを増して、楽しい仕上りになっている。で、千秋お嬢さまが、なんとも、どんどん可愛らしくなっているのが良いのですよねー。

0 件のコメント:

コメントを投稿