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2014年10月19日日曜日

iftttを使ってみた

アカウントはとっていたのだが、なんとなく億劫で放置していたiftttを遅ればせながら使ってみた。
 
独自のレシピをつくる能力はもとよりないので、既製のレシピを使うことにして、やり方は HOMR画面のChannelsのところで、「Pocket」とか「Toodledo」とかのマークを選んで、レシピを選んで「Add Recip」をクリック。
 
それぞれのアプリを認証を求められるので、それそれ認証して、「Done」をクリックすると My Recipesに追加される
 
日本語表記のものもたまにはあるが、ほとんどが英語表記なので、そのつもりで望むこと
 
今回、導入したのは
 
・PcketでスターをつけるとEvernoteへ保存
 ・Googleカレンダーで新規予定を登録するとToodledoへ保存
 
という二つを一先ず登録
 
なんということもなく、動くのが拍子抜けなのだが、それぞれ反映されるには少々時間がかかるのであせらないことが要点
 
痒い所にイマイチ手が届いていない感じもあるのだが、まあここはおいおいカスタマイズすることにする。
 
いろんなことが自動化されるっていうのは、ちょっと良いことなのだとあらためて思う次第。
 

2013年11月24日日曜日

Feedlyに切り替えて思った「Web情報の断片化」

Googleリーダーのサービスが終了したので、Feedlyに切り替えているのだが、最近、Webの情報が断片化してきているような気がする

Googleリーダーでは記事の一部が見えたので、一応Webの記事を見てオリジナルを結構読んでいたような気がするのだが、feedlyのデフォルト設定がタイトルだけを表示するようになっているせいか、タイトルで読む読まないを判断してしまい、Webサーフィンをすることが少なくなったような気がする。

Goolgleリーダーを使っていたときでも、それより前のBookmarkで興味のあるサイトを管理していた時よりも、記事をスキップする割合は増えていたのだが、それ以上に記事を選別する割合が増えているような気がするのである。

その一方でSmartnewやGunosyといったサービスも併用しているので、自分向けにカスタマイズされた情報は以前に比べ増加している状況であることは否定できない。

で、これが高ずるとどうなるか、というとブログやニュースサイトの情報にしても、まず「自分の興味」というフィルターをまずかけられることになるから、情報はどんどん断片化と深掘り(悪く言うと蛸壺化)の状態になっていくのではないかと思うのである。その結果、今までテレビ、新聞とかで最低限、共通化、普遍化されていた「世間の情報、共通の情報」というものが、どんどん個別になっていくのだろうな、と思う次第である。

それが今後、様々な全体的な意思決定の中で、どう影響してくるか、ということなのだが、ちょっと問題が大きいので次回の考察に送りましょうかね。

2013年10月6日日曜日

ついに本当の「何時でも、何処でもネット接続」の時代がくるのか

ロイターで「焦点:米国で離着陸時の電子機器解禁へ、航空会社に「難問」も」という記事を発見
 
旅客機の離着陸時にビデオゲームや電子図書などの電子機器を使用することは、機体に与える影響を理由に長く禁止されてきたが、米国では早ければ数カ月以内に解禁される見込みになった。
 
今回の規制緩和は、普及する携帯型電子端末を念頭にしたものだが、これにより航空会社は大きな変更を強いられることになるだろう。
 
ということで、すべての電子機器が使えるようになる訳ではないようだが、飛行機に乗っている間はネット接続できないということは、最近、本も自炊かKindle本がほとんど、仕事のデータもデジタルでクラウドに置くかiPadでという環境になりつつある当方としては、非常に喜ばしいこと。
 
それ以上に、今後さらにウェアラブル化してくるであろう動きを加速するのでは、と思うところ。
グーグルグラスとかの運転中の着用は制限が続くだろうが、日常生活のほとんどの場面でスマートウオッチやグラスが着用でき、情報もリアルタイムで、となれば、ウェアラブルPCが我々の生活をインターネット、や携帯、スマホと同じようにかなり変化させてくるのは間違いないと思う。
 
で、そこで到来してくるのは、人々のネットワーク化の強化か、あるいはパーソナル化なのか、といったところは議論があるところだろう。当方の今のところの感覚としては、パーソナルの色合いの強いネットワーク化、というか仮想的な現実の色合いの強いネットワーク化といった感じが強いのだが、これは、もう少し煮詰めてからエントリーしたい。

2013年3月17日日曜日

今更なのだが、Google Reader終了の発表に思う

3月13日の発表で、C-netにも様々に論じられているので、しっかりとした識者の意見は、そちらを見ていただきたいのだが、個人的には仕事中にTwitterやFacebookにあまりアクセスしているわけにはいかないもので、静的なこうしたRSSサービスが終了するのはかなり痛い。
 
ただまあ思うのは、私たちのネットライフはおろか、様々な知的生産がこうした無料か無料に近いサービスにいかに支えられているかということだろう。RSSサービス自体は確かにGoogle Reader以外にもあるので、他への乗り換えができるのだが、例えば、将来的にGoogleドライブやドキュメント、Dropbox、Evernoteといったサービスがある日突然中止なんてことになったときにことを考えてほしい。
 
おそらくは、ほとんど知的活動hがストップしてしまうのは間違いなくて、その意味では、「紙」や「アナログ」が一番と言っている人たち(いるかどうかは別にして)の言うことも一理ある。
ただ、じゃあ今更なしでいけるか、となるとそんなことはインターネットを使わずに暮らせよ、といっていると同義なので、まあ無理に近いのは言うまでもない。
 
これからもネットに寄りかかって生活をしていく以上、サービスのあちこちと彷徨ったり、時にはできるだけの代替手段やバックアップの仕方を考えながら、細々とした自衛をしていくしかないんでしょうね。

2012年6月23日土曜日

立花岳志「ノマドワーカーという生き方」(東洋経済新報社)

最近流行のノマド本なのだが、普通のノマド本と思って読むと少し期待外れだろう。
ノマド本といえば、おすすめのWifiカフェやコワーキングスポットがどう、とか、電源を確保するためにどう、とか、いつものカバンの中身は、とかそんな話題に終始するのだが、ちょっと本書は違う。

構成は

はじめに
Chapter1 これがフリーブロガーの一日だ
Chapter2 ソーシャルとブログによる個人メディアの威力!
Chapter3 社長の座を辞してなった僕の職業は「ブロガー」
Chapter4 フリーブロガーの「デジタル・セルフマネジメント」ノマド&クラウド徹底活用術
Chapter5 今日からできる「個人情報発信」のススメ


となっていて、この目次を見てわかるように、ノマドのワークスタイルのレクチャーというよりも、「ブロガー」としての生き方を吐露したのが本書といっていい。

で、本書で著者が語っている、「ブログ」への思いはかなり強いものがあって、「人生を劇的に変える」ためにブログをはじめ、結果、会社をを辞め、専業のブロガーとしてやっていく覚悟と日々の生活のブロガー・ノウハウが縷々記されている、ということだけで、ブログをちょっと本気を出してやってみようかな、という諸氏は、本書を読んでおいて損はない。
というか、へなちょこブロガーの当方としては、「ブログを書く」という選択をし、優先順位を決めたら一日24時間の中で何を止めてブログの執筆にまわすかですよ、とつきつけらるあたり、たははと笑って膝を折って反省しないといけないのである。

本書は、すべてのへなちょこブロガーは、反省しつつ読まなければいけない書物かもしれないですな。と、まあ、本書で紹介されているブログを書くコツ的なものは別途レビューするとして、ひとまず本書のレビューはこのあたりで。

2012年2月11日土曜日

気になった記事 「会議中「IT断食」のすすめ パソコンもスマホもさようなら」

J-CASTニュースの「会議中「IT断食」のすすめ パソコンもスマホもさようなら」によると
 
 便利なはずのパソコンやスマートフォンなどによる「IT漬け」が会社をダメにする、とドリーム・アーツの山本孝昭社長は朝日新聞(2012年2月8日付)のインタビューで警鐘を鳴らしている。
   解決策として「IT断食」を提唱し、自らの会社でそれを実施。具体策として、山本社長は2011年秋から、会議には「トップレス」で臨んでいるという。
    「トップレス」のトップは「ラップトップ」の意味。同社では、会議に持ち込めるのは「紙とペン」だけだ。
    トップレス・ミーティングとは、会議の参加者の集中力を高めて、より深く議論することを狙いに、デジタル機器の持ち込みを禁止した会議。米シリコンバレーが発祥地といわれ、2008年以降に欧米の会社で導入。最近では大学でも教室へのパソコンの持ち込みを禁止しているところもある。
 
 とのこと。
 
 会議中に、隣でPCをパコパコやられる際の五月蝿さは経験しているので、まあ、それもありかなと思うのだが、さて、PC、スマホ禁止としただけで、会議が活発になるかどうかは、会議の設定と運営次第だろう。PCなんてものが個人持ちできるなんて思ってもみなかった時代から、ビジネス社会に棲息している当方としては、「会議」のもつ睡眠薬的効果と人を黙らせてしまう機能は、たくさん経験済なだけに、「ガジェットの禁止」より「会議の活性化」という古くて新しい課題に正面から向かったほうがいいと思う次第。 
 
それに、こうした「禁止」っていうのは、日本の会社社会の場合、とかく拡大して流布してしまうのが通例。節度ある運用が肝心と思うが如何か。

2011年9月17日土曜日

NHKの番組ネット配信に民放連が反対って・・・・、アナクロっぽいのだが

J-CASTニュースによると
 
 
ということのようだが、民放連の主張については、個人的には「うーむ」というところ。
 
著作権の問題やら解決すべきことはあるのだろうが、いわゆる受信料をもとに作成されているNHKの放送は、心情的には、受信料を払っている私たちの共有財産と思えて、その意味で、様々な媒体で番組を配信されることは、受信料という不可思議なものをなかば強制的に払わされているこちとらの当然提供されるべきサービスのような気がするのだが・・・。
 
特に、仕事の形態や生活スタイルが変化している中、TV普及時のような茶の間で家族なかよくTVを見るという姿はもとより、自室で一人ひとりがTVを見るという時代も過ぎ、TVに限らずインターネットをはじめとして様々に映像や情報を提供するものがある今の時代に、TVの前に縛り付けようとする魂胆がなんとなく、時代遅れの臭いがしてくる。
 
あれこれ小難しいことはいわず、NHK,民放とも、ネットの大海に泳ぎだしてもいいころではないのだろうか。

2011年8月27日土曜日

NHK受信料の「10%還元」がもめているらしい

 
 NHK受信料「10%還元」の具体的方法を盛り込む平成24年度からの次期経営計画の検討が、23日の経営委員会から本格化する。「10%還元」は20年10月に議決された現経営計画に盛り込まれ、当時の経営委は「還元は値下げ」と明言したが、NHK幹部は経済状況の悪化などから「ゼロから再検討しており、素案を示せる段階にない」と明かす。執行部内には放送設備の耐震強化など災害対策を「還元」と位置づける案なども浮上しているが、視聴者の理解は得られにくい状況だ。
 
とのこと。
 
で、この還元の手法として、オンデマンドの無料化も検討の素材になっているとのこと。まあ、放送設備の耐震強化を、「10%還元」なんてエラそうにいわれた暁には、NHKの経営陣の神経を疑わざるを得ないが、オンデマンドの無料化は選択肢の一つとして考えてもいいのではないか。
 
NNHKの過去の番組は、作成にかける物量と人的投資もあって、かなりの高レベルもものが作成されてきている思っているので、これを、国民の財産として無料で提供するというのは、国民から受信料をとってきたNHKの国民への還元の方法として「あり」ではないだろうか。たとえば、公立の図書館、博物館がその収蔵物を無料ないしはかなり安価な料金で公開するとと同じようなものと考えてはいけないだろうか。
 
正直なところ、オンデマンドの料金は民間の他の映像配信系のサービスと比べても割高な感があるので、それぐらいいいんじゃない、と思う次第である。

2010年3月25日木曜日

気になった記事 「Googleの中国撤退を受け、「百度」の株価は初めて$600超え」(TechCrunch)

Googleの中国撤退を受け、「百度」の株価は初めて$600超え」(TechCrunch)
Baiduの株主たちはGoogleの撤退を大喜びで迎えていることだろう。中国の検索サービスであるBaiduの株価は、2005年8月に米国の公開市場へ上場以来の最高値を更新し、一株あ
たり$600を超えて取り引きされている。


ということで、さすが資本主義の世界。Googleの中国撤退も株取引の一要因にすぎないらしい。

百度といえば、昨年ぐらいだったか、そのj検索エンジンを使って検索すると、お子様たちにはよろしくない画像が検索結果として多数でてくる検索サイトとして名を売っていた記憶があるのだが、今はどうだろうか

まあ、Googleが撤退したからといって、中国のネットユーザーが検索エンジンを使わなくなるはずもないので、Google以外の選択となれば、国産の検索エンジンに嗜好が傾くのもやむをえないか。

しかし、米国YahooのBing搭載といい、検索エンジンの世界にもいろんな動きがでてきてるようですね

気になった記事 「Windows Mobile版 Firefoxブラウザ 開発停止」(engadget japan)

 Windows Mobile版 Firefoxブラウザ 開発停止

完全新生にあたって旧OSとの互換性を捨てた Windows Phone 7 Seriesとサードパーティーアプリの話題。デスクトップでメインストリームとなったFirefoxブラウザは Fennec のコードネームでモバイル端末向けバージョンの開発を続けてきましたが、将来のWindows Phone 7 シリーズでの動作が見込めないことから、テスト版が公開されていたWindows Mobile 版の開発を停止することを明らかにしました。WP7S用 サードパーティーアプリはSilverlight または XNAベースでの開発がマイクロソフトの方針であるため、従来のコードベースを活かした移植ができないことが開発停止の理由。

ということで、iPhoneのやり方をそっくり真似しようとするがあまり、どんどん、WMの魅力がなくなってしまっている感がする今日この頃。

もともとWMの良さは、野良アプリが使えて、というよりはOSの開発者であるMSがフォローアップをほとんどしないから、サードパーティー製の野良アプリでもっていた世界で、それがまた管理されすぎたiPhoneと違って魅力でもあったと思うのだが、WM7でWM6との互換性を断ち切ったり、サードパーティー製のアプリのインストールをできないようにしたり、どんどん魅力を削いでいく方向に動いているような気がするのである。

まあ、いまんところアドエスユーザーなのとWindowsとの親和性は大事にしたいので、WMと絶縁する気はないのだが、どこかのタイミングでAndoroid端末かiPhoneへ鞍替えするかもしれないね、と思ってしまうのである。

2009年9月12日土曜日

Corega CG-WLR300Nの設定をする

光フレッツにしたのに浮かれて、ついでに家の中の無線LAN環境を改善しようと、IEEE802.1nの環境を導入すべく Corega CG-WLR300N を購入。

選択理由は、価格がこなれていたのと、価格comでの評判もまずまずだったこと。ついでにUSB端子もついていて、USB-HDDのNAS化もできそうで、後々遊べそうな気がしたあたり(すでに玄箱Debian2台とV-GearのNASが家庭内LAN上にあるのに???という家人の批判には耳をふさぐ)。

ところが、どうにも、設定画面にアクセスできない。

どうも、ルーター機能のある光フレッツのCTUの下に、さらにYahooの光BBユニットをぶらさげて、Wルーター状態になっているのが災いしているらしい。

で、うーむとあれこれ悪銭苦闘したのだが、結局、こちらのページを参考に、やっとこ設定できた。(http://ameblo.jp/satomasami/entry-10252236295.html)ということで備忘録を残しておく。
(今回はXP機を使いましたので、あしからず)

まず、WANから切り離して、Corega CG-WLR300NとPCをLANケーブルでつなぐ。
この時、ルーター機能はONにしておく。
で、「コントロールパネル」→「ネットワーク接続」から、「ローカルエリア接続のプロパティ」を開く。

次にプロパティの「全般」の中の「インターネットプロトコル(TCP/IP)」のプロパティを開く。

ここで「次のIPアドレスを使う」にチェックを入れ、
IPアドレス  192.168.1.5
サブネットマスク  255.255.255.0
デフォルトゲートウェイ 192.168.1.1
に設定。

さらに下の方にあるDNSサーバーのアドレスの優先DNSサーバーを 192.168.1.1 にして保存。

で、ブラウザで、http://192.168.1.220にアクセスすると、CG-WLR300Nの無線LANの設定画面がでてくる(はず)

設定画面がでたら、ログインして、IPアドレスを設定。
私の場合は、YahooBBユニットの下に192.168.0.*のLANを構築しているので、 192.168.0.5 ってな感じに設定。設定を保存するとCG-WLR300Nが再起動しはじめ、自動的に接続が切れる。

CG-WLR300Nが再起動したら、さきほど設定したIPアドレスへブラウザからアクセス。
無事アクセスできたら、今度は、はずしておいたWAN側のLANケーブルを、YahooBBユニットへつなげば、OK(と、私の場合はなりました。)

設定が分かり難いと、価格comにも書いてあったのだが、しっかり、はまってしまったのでありました・・・。(でも、価格を考えると、良い無線ルーターであるように思うぞ)

2009年9月4日金曜日

Yahoo光 with フレッツ で家庭内LANの設定をする

導入にあたって、いろいろなトラブルはあったが、まあシステム的には無事、Yahoo with フレッツ光 で光回線の導入ができたので、家の中のLAN環境を再構築することにした。
今まではYahoo ADSLで、LAN環境としては、有線のPC数台、無線LANに繋がるPC数台、玄箱Debianのファイルサーバー2台、NAS1台といった次のような環境。


(PC、サーバー、NASのIPは、192.168.0. までは実際のものと同じだが最後の数字は仮のもので、実際に割り振っているものとは違います。あしからず。
サーバーにはFTPやPuttyでアクセスするので、実際には、もっとわかりやすい番号を振っています。)
これをそっくり今回の光フレッツを使った環境に持ち込めないか、やってみた。
つまりは、
といったLAN環境を設定できないかやってみたということ。
Yahooの光ユニットの下に、今のBuffaloのルーターをぶら下げてもいいんだが、出来るだけ接続機器を少なくしたかったのと、Buffaloのルータは別用途に転用しようかな、と助平心を出したがため。
といっても、たいして難しいことはしておらず、まず、
●光回線のNTT-CTU側の設定は、
・PPPoEでLAN内のルーターからアクセスできる設定に変更
・初期設定で、IPが192.168.23.1となっているCTUのIPの変更はしない
・当然、初期値で光電話ユニットに192.168.23.2を割り振っている設定の変更もしない。
・Yahoo光BBユニットのWAN側のIP指定は必要なし。
(最初BBユニットが届かない時に、BuffaloのBBルーター経由で、インターネットにアクセスするためには、BuffaloルーターのWAN側IPを、例えば192.168.23.3といったような形でIPを割り振ってやらないといけなかったが、Yahoo光ユニットではその必要はなかった)
●Yahooの光BBユニットの設定は
・LAN側のIPアドレスの初期設定が、192.168.3.1 となっているのでこれを 192.168.0.1に変更
●エンドユーザー側のLAN内のIPは、それぞれが起動時にルーター(192.168.0.1)に取りに行く設定で、ルーター側でMACアドレスを指定して割り振る設定にはしていないのは、移設前と同じ、
と言う形にして、LANケーブルとかを繋いで、Yahooの光ユニットを再起動。
・・・・・・
OKでありました。インターネットに無事繋がりました。LAN内のファイルサーバへもアクセスできます。
今までのBuffaloのルーターのスループットは最大54mbpsだったのが、YahooのBBユニットの公称値は100mbpsなので、インターネットやファイルサーバーへのアクセスも、アクセス速度が上がったのが体感できて、ちょっぴり嬉しかったりしたのであります。。
(もっとも、しばらくすると、それに慣れちゃうんだけどね)
フレッツスクエアとかのアクセスはLANの中からはできないけど(光のCTUに、別にFonを繋いでいるんで、こちらのMyplaceからはできるけどね)、まあ、そんなに頻繁にアクセスするものではないから、ひとまず完了、といたします。
次は無線LANがIEEE802.1bなのを、どうにかしないといけないなー。

2009年9月2日水曜日

やる気があるのか? Yahoo光 with フレッツ

(2009.08.25)
いままで使っていたから、と言うことでyahoo光のフレッツに切り替えをしているんだが、今のところ対応、よくないなー。
なにせ連絡ひとつこない。申し込み後の自動返信メールすらなし。
NTTのほうは、申し込みから1週間で連絡がきたんだが(土日こみでね)、Yahooのほうはさっぱり。
今日、フレッツは無事開通したんだが、yahooから切替するIDとか、機器も届かないからどうしようもない状態である。なにが、切れ目なくインターネットが切り替えられるのが売りのはずなのだが、どうも、一旦、囲いこんだユーザーには餌は必要ないってな感じだろうか。

(2009.08.29)
やっとこ、開通しました。
といっても、BB光ユニットは、まだ届いていないので、手動でIPや認証IDなどを入力して開通。
開通のためのスターターパックなどは、フレッツ開通から2日後の発送で、機器は3日後の発送だから、まあ、そんなに遅くないといえなくもないのだが、こちらは、新規加入のサービスやら、利用料の免除なんてのがないところで、切り替えしているんだから、そのあたりの迅速さやフォローは、新規加入より丁寧にしろや、ってのが本音のところ。普通は、フレッツ開通までに送るのが筋ではないのか???
まあ、開通したから当分は使うんでしょうが、既存ユーザーから切り替えする人は、よーく考えたほうがいい対応でありましたねー。
もともと、切り替えに伴う料金サービスはないに等しいんで、切り替える人もほとんどないのかもしれませんがねー。
(あ、サポートはちゃんと対応してくれていたんで、そのあたりの不満はないです。フレッツ開通後の翌日にスケジュールや進捗についての質問メールを送って、次の日には回答がきました。ひょっとしたら、そういうメールを送らないと事務処理をする気がなかったのかもね。
まあ、あくまで、こうした切り替えの機器の発送の対応スピードとか、切り替えの申し込みに対する返答のレスポンスとかは、既存ユーザーの切り替えに対する、ソフトバンクの、そもそもフォローする気がほとんどない姿勢そのものが問題なんだろうなー、と思ってます。)
最後に・・・・
今のところ、まだbbユニット届かねーぞ。こういうところがサポート最悪っていわれる原因だって、いい加減ソフトバンクは気づくべきだと思うぞ。
理由は何にせよ、ネットが使えない期間が、切り替えによって生じるんだから、そのあたり、既存ユーザーへのサービスを、ちっとは考えたほうがいいんじゃないか???

(2009.09.02)
スターターパックは届いたのだが、今度はBBユニットが届かず、8月25日からフレッツの利用開始になっているにもかかわらず、9月2日をユニットの発送指定日(勝手に指定ですぜ!!)にしている対応に再びブチ切れて、Yahooのサポートにメールをしてしまったのでありました。
サポートの対応は迅速で、翌日には返事をくれたし、8月分のフレッツのプロバイダ料はまけてくれるということなので、まあ、この辺で矛を納めることにいたします。
ただ、一連のことで思ったのは、Yahooは既存ADSLユーザーが光フレッツに切り替えるのを歓迎していないんだろうな、っていうこと。(フレッツ側のサービスもほとんどないしね)
たしかにADSLの分野ではYahooの一人勝ちっぽい状況だから、いけるところまでいこうってのは企業戦略としてわかるんだが、一ユーザーとしては、どうかねー、といった思いである。
特に、私の住まう辺境は、光はおろかADSLも難しいところもあるから、その意味では、ADSLを守っていくっていうのもありなんだろう。でもねー、白パラソルの落下傘部隊の頃からYahooを使っているユーザーなんだから、もうちょっと大事にしてよね、っていうのが本音である(囲い込んだ客には、何も与えないっていう、最近の資本主義の原理からすると法外な望みなんですけどね)
まあ、Yahoo ADSL ユーザーでYahoo with フレッツに切り替えようと思っている方は、ここらあたりの情報を、他の方からもしっかり入手されて検討してください。とりあえず、私は面倒がりやなので、しばらくはYahooを使うと思いますぅ~~~。

2009年7月1日水曜日

朝日新聞がCNETを買う意図は・・・

朝日新聞、CNET Japanを事業継承 9月1日から運営へ
という記事を見て、ちょっと驚くとともに、ちょっと危惧。
記事としては

朝日新聞社と米CBSのWeb部門でIT情報サイト「CNET」などを運営するCBS Interactiveは7月1日、「CNET Japan」などの事業を朝日新聞社が継承することで合意したと発表した。同サイトなどは9月1日以降、朝日新聞社が運営する。

といったような内容で

CNET Japanなどのサイトは「9月1日以降も今と同じ形で続ける」(和気氏)予定。朝日新聞社が運営するニュースサイト「asahi.com」や、団塊世代向け情報サイト「どらく」などとの連携も図っていく。

ということらしいから、すぐには大きな変化はないのかもしれないが、果たして管理と統制の象徴の「朝日新聞」が,Webの牙城ともいえるCNETを買収する意図は、いったいなんだろうか。
まさか、CNETのいろいろのマスコミ批判が気になって、えい、それなら、と丸ごと買っちゃいました、てな子供じみた行動でもないんだろうが、「ネット君臨」での毎日新聞の動きや、その後におきた英字サイトでの事件などをみると、ひょっとしたらね、と疑ってみたりする。
悪意をもって考えなければ、CNETというWeb世界に適合したサイトを持つということは、ashi.comのようなニュースサイトを持っている朝日新聞にとっても、Webの世界に確実な橋頭堡を確保できることともいえ、将来的なマスコミというか報道の世界における影響力の確保の面でも、有効な選択であったといえるのだろう。
ただ、まあ、願わくば、一種の無統制さの匂いを持ちながらも運営されていたように思えるCNETやそのブログが、何らかの統制臭をもたないよう祈るばかりである。
なんやかやの批判はあれど、ネットは無政府的な匂いのする自由さというか一定程度の統制の欠如あってのものだろうと思うからだ。
9月から朝日新聞運用ということらしいから、その後CNETがどうなるか、ネットの住民は静かに、かつきちんと見守ろうではありませんか。

2008年11月15日土曜日

Firefox 3.0でダウンロードができなくなった。

Firefox 3.0でファイルやアプリがダウンロードできないという現象に出くわした。
ダウンロードマネージャーは「ダウンロードが完了しました」というメッセージを出すのだが、どこを探してもファイルがない。
詳細に見ると、ダウンロードしている途中は、ダウンロードしているファイルがあるのだが、ダウンロードが完了したと同時に削除されているっぽい。
で、あちこちググッって、解決法を検索
MozillaZine.jpのこのページで発見したのだが、念のためメモしておく
Firefoxのロケーションバーに
about:config
を入力。
なにやら警告画面がでるが、かまわず実行。
そうすると、どひゃーっとメニューが表示されるので、中から
browser.download.manager.scanWhenDone
を探し出し。これをクリックして
false
に変える。
あとは、Firefoxを再起動すればダウンロードできるようになりました。

先人に多謝。

2008年8月7日木曜日

梅田望夫「ウェブ時代 五つの定理」(文芸春秋)

おなじみの経営コンサルタントというか、ウェブ時代の適切な水先案内人である梅田望夫さんが、シリコンバレーの第一級のビジョナリーたちの言葉を紹介しながら、ウェブ時代の新しい作法や起業の道案内をしてくれるのが本書である。

ビジョナリーとは、テクノロジー業界の最先端を走る起業家や投資家、「普通の人」よりも何歩も先を行く天才的技術者、日々の濃密な経験から世界を俯瞰して眺めている企業経営者、複数の専門性を極めた大学教授といった人たちの中で、とりわけ言語表現能力が高い人々のことで、こうした人々が英語で発する切れ味の良い言葉を読み、その言葉の背景にある思考や発想に寄り添って深く考えることで、

未来を見通すことなど誰にもできないが、こうすればクリアに想像できる

世界の成り立ちなど誰にもわからないけれど、こうすれば見晴らしがよくなる

といったことができると発見し、それを繰り返すことで、変化の予兆を捉えるというのが、筆者の勉強法のようだ。


もとより英語力のない私なぞには、及びもつかないが、こうした先達の言葉を紹介し、その意味と示す未来を魅せてくれる本書のような存在は非常にありがたい。


そしてこうしたビジョナリーの言葉は「五つの定理」として整理され、それぞれのテーマ毎に分類・整理され、構造化されている。

「五つの定理」とは
①アントレプレナーシップ
②チーム力
③技術者の眼
④グーグリネス
⑤大人の流儀

で、いずれも、こうした「ウェブ」の世界を端的に現す言葉であるようだ。

紹介されるビジョナリーは、例えば、グーグルのCEOのエリック・シュミットや副社長のマリッサ・メイヤーからアップルのスティーブ・ジョブス、DEC社のコンピュータ設計者で、初期コンピュータ産業の育ての親ともいわれるゴードン・ベルなどなど多士済々であり、またその言葉も多種多様である。

その言葉群には、直接、本書にあたって参照していただきたいが、切れ味が良くて、「ふむ」と立ち止まって、考えさせられる言葉ばかりであることには間違いない。

確かに、こうした切れ味のいい言葉に日常的に接して思考を続けていれば、かすみがちな私の目も「時代の変わり目」をうっすらとでもわかるようになるかもしれないなー、と誇大妄想気味に考えてしまうのである。


多くの言葉を引用すると、営業妨害になってしまうので、最後にスタンフォード大学の卒業生向け講演でのスティーブ・ジョブスの元気の出る言葉を引用して〆とする


君たちの時間は限られている。
その時間を、他の誰かの人生を生きることで無駄遣いしてはいけない。
ドグマにとらわれてはいけない。
それでは他人の思考の結果とともに生きることになる。
他人の意見の雑音で、自分の内なる声を掻き消してはいけない。
最も重要なことは、君たちの心や直感に従う勇気を持つことだ。
心や直感は、君たちが本当になりたいものが何かを、もうとうの昔に知っているものだ。
だからそれ以外のことは全て二の次でいい。

=スティーブン・ジョブス=



ゆっくり時間をかけて読んでも、けして損をした気にはならない一冊である。

2008年8月2日土曜日

梅田望夫「シリコンバレー精神」(ちくま文庫)

1996年秋から2001年夏にかけて、筆者のシリコンバレーの経験に基づくエッセイというか、シリコンバレーの一時期を切り取った、現地にいた当事者の記録の集合体である。
いくつか、ネット関連のエポックとなるものがいつ起こったのか調べてみると
windows95の発売が文字通り1995年
グーグルの創業が1998年
ネットバブルの崩壊が2000年
となっている。
そうした意味で、単なるネットに関するエッセイとしてではなく、インターネット時代の幕開けとして「シリコンバレー」が輝き初め、ネットバブルの波の到来と崩壊、そして再生へ、といっためまぐるしくはあるが、私たちの生活に大きな変化を与えた一時代の記録としても貴重な一冊である。
ただ、「シリコンバレー」あるいはそれに代表される「ネットの世界」に住む人たちのスタイルも丁寧に書かれているので、時代の記録集としてだけではなく、「ネット」あるいは「ウェブ」という、一種特殊ではあるが、確実に私たちに浸透してきている思考スタイルや行動スタイルのついての評論集としても読むべきであろう。
いくつか、その一端を引用すると、ベンチャー企業の興廃著しいシリコンバレーのビジネススタイルは
第一に、事業の成功・失敗はあくまでもビジネスというルールのある世界でのゲームで、それを絶対に人生に反映させないこと
第二に、事業とは「失敗するのが普通、成功したら凄いぞ」というある種「いい加減な」遊び感覚を心の底から持つこと。「成功するのが当たり前、失敗したら終わり」という「まじめ」発想を一掃しなければならない。
第三に、失敗したときに、「投資家や従業員や取引先といった関係者に迷惑がかかる」という考えを捨てること。皆、自己責任の原則で集まってきているのだと、自分勝手に「都合良く思いこまなければならない
この3つの知恵は、不運や失敗をしたたかに乗り切っていくための救命胴着
なのであり、その中で挫けることなく挑戦を続ける人々の心の有り様を「マドル・スルー」という言葉で表現している。
「マドル・スルー」とは
 文字通りには「泥の中を通り抜ける」だが、「先行きが見えない中、手探りで困難に立ち向かう」の意。中西輝政京都大学教授に よれば、アングロサクソンには「マドル・スルー」の状態自体をプロセスとして楽しむ骨太の行動文化があり、その文化の存在こそが「霧に立ちこめ始めた時 代」にアメリカやイギリスが活力を保持している所以だとのこと(「国まさに滅びんとす」「なぜ国家は衰亡するのか」)
「泥の中を通り抜ける」、「先行きが見えない中、手探りで困難に立ち向かう」とおう意味だが、その状態自体を「目標に到達するための苦難」だと思わずに楽しむこと
といったもので、そうした「マドル・スルー」を基礎にして、
限られた情報と限られた能力で、限られた時間内に拙いながらも何かを判断しつづけ、その判断に基づいてリスクをとって行動する。行動することで新しい情報が 生まれる。行動するモノ同士でそれらの情報が連鎖し、未来が創造される。行動する者がいなかれば生まれなかったはずの未来がである。未来志向の行動の連鎖 を引き起こす核となる精神
人種や移民に対する底抜けのオープン性、競争社会の実力主義、アンチ・エスタブリッシュメント的気分、開拓者(フロンティア)精神、技術への信頼に根ざしたオプティミズム(楽天主義)、果敢な行動主義といった諸要素が混じり合った空気の中で、未来を創造するために執拗に何かをし続ける「狂気にも近い営み」を、面白がり楽しむ心の在り様
が、シリコンバレーにおける思考スタイルというか行動スタイルである「シリコンバレー精神」だと主張されている。
こうした「シリコンバレー精神」に対する筆者のスタンスは、あくまでも楽天的であり、信頼を寄せているのは、いくつかの章を読めば容易に感じ取れる。
最近、ネットにまつわる、あるいはネットに起因しているといわれるいくつかの陰惨な事件を契機に、ネットの「排斥」運動ないしは、ネットの「ラッダイト運動」的な風向きを感じるのだが、やはり私としても、梅田望夫氏のように、こうした「シリコンバレー精神」に代表される「ネットの未来」、あるいは「ネットによって招来される新しい行動の形」を信頼したいのである。
そして、それは
1998年のクリスマス商戦でアメリカの消費者は約50億ドルの買い物をネット上で行ったが、爆発的に普及するネット通販は既存の小売・流通業をかなりの スピードで破壊する。顧客と直接コミュニケーションできる効率よい道具を得たために、製造業ではネット直販方式に転換して必要なくなった人をレイオフする 企業が増えた。金融・証券も同様。具体例を挙げればきりがないが、予想を上回る勢いで大切な何かを失っていく危険
世界中の「働きたいヒト」の詳細情報や過去の実績がインターネット上で流通する時代の到来は、「置き換え可能」な人材の報酬がグローバル労働市場とリンク する方向を示唆している。米国の法律で定められた最低時給賃金は州によって異なるが四ドルから七ドルの間くらいである。これを下限とした価格競争メカニズ ムは、これまでブルーカラーや低レベルの対人サービス従業者に対してのみ働いてきたが、この範囲がさらに拡大していく

といった負の面を抱え込んでいることは事実であるとしても、閉塞感のある現代を切り開く、有力な選
択肢の一つとして、(何はともあれ)考えていきたいのである。

2008年3月25日火曜日

梅田望夫「ウェブ時代をゆく」(ちくま新書)

ずいぶん読むのに時間がかかってしまったな、というのが読み終えて、まず思ったこと。
章立ては
序 章 混沌として面白い時代
第一章 グーグルと「もう一つの地球」
第二章 新しいリーダーシップ
第三章 「高速道路」と「けものみち」
第四章 ロールモデル思考
第五章 手ぶらの知的生産
第六章 大組織VS小組織
第七章 新しい職業
終 章 ウェブは自ら助くる者を助く
序章では福沢諭吉の「一身にして二生を経る」という言葉を引いて、ウェブ進化、そしてリアルとネットの境界の話が語られ、第一章では、題名どおり、現在のネットの世界を牛耳っているといっても過言ではない「グーグル」は何者であり、何を目指そうとしているのかが、第二章では、Rubyの生みの親であり、育ての親でありつづけている、島根県出身のプログラマである「まつもとゆきひろ」やLinuxの生みの親である、リーナス・トーパルズに代表されるオープンソースの世界の中での、「リーダー」はどういうスタイルをとるのか、そして第三章では、「知」の高速道路とその先の大渋滞、高みを目指す道ではなく、その周辺で自らの興味に最大限に従いながら模索する「けものみち」の生き方が語られる。
このあたり、梅田氏の「ウェブ進化論」や脳学者の茂木健一郎や作家の平野啓一郎との対談や、氏のブログの読者であれば、「ああ、あれか」と思い当たるとこ所も多いに違いない。まさに氏の、現時点における、「ウェブ」についての思索の「まとめ」的な位置づけの本である。そういった意味で「時間がかかってしまった」のは、今までの「ウェブ」をめぐる様々な論考のあちこちに連想が及んで、思考が寄り道をしすぎた所為かもしれないと思っている。
一貫して流れるのは、ウェブの進化、あるいは、ウェブのあちら側の世界への、(若干、無理をしながらも)楽観的な期待であろう。
 また「クラウド・コンピューティング」という言葉で示されるような、ネットの「あちら側」に様々な個々人の情報が置けて、ほぼ無料で提供されている、amazonの「なか身検索」やGoogleの取組のように、スキャンされた書物とウェブ情報への検索と内容への自由なアクセスが提供されるサービスや「はてな」などを利用した共同の知的生産活動をサポートするフレーム
ということに表されるように、知的活動の「自由さ」と「柔軟さ」が、そんなに金持ちでない庶民でも活用できるということに端的に現れているのでは、なかろうか。
もちろん、「文系のオープンソースの道具」の必要性に代表されるように、共同の知的活動を、よりレベルの高いものとしていくためには、さらなるツールや環境の整備が必要となるのだろうが、そういったツールやルールも、既にどこかで動き初めているのではないか、と思わせてしまうのが、「ウェブ」を取り巻く時代の流れというものだろう。
最終章のタイトル「ウェブはは自ら助くる者を助く」という言葉に象徴されるように、ウェブを使った、新しいビジネスの行く末と、暮らしの在り方に、光明を感じさせてくれる一冊である。

2007年6月26日火曜日

インターネットとナショナリティ

梅田望夫さんのブログの「海外に住んでも母国語中心に生きること」の中の
「ウェブ進化とグローバリゼーションの結果、海外に住んでいても「情報についてはネット」「食材などのリアルな物についてはグローバル物流」のこの十年の異常なまでの発展によって、「海外に住む」ことの敷居がおそろしく低くなっていることを感じた。海外にいても、望めば一日のうちのかなりの時間を母国語で過ごしながら生きていくことが容易になったのだ。これは日本に住むアメリカ人、インドに住むフランス人・・・皆、同じではないかと思う。」
という一節を読んで、ちょっと考え込む。
私自身は、長期の海外滞在経験は残念ながらなく、せいぜい1週間から10日間程度の海外出張しかないので、なんとも心許ないのだが、初めて海外出張をした10数年前に比べ、母国語に囲まれて過ごす状況が増えてきているような実感はある。
海外出張の折に、1台の携帯電話を数人で回し利用していた時代から、パソコンさえ持っていけば、多くの国で数千円の支払いで、日本語環境と日本在住の人と日本語同士の会話が手に入る時代に、Webはあっという間につれてきてくれていて、この現象は、このブログのコメント欄でいくつか述べられているように、ビジネスあるいは海外に生活することとして、日本語環境に取り囲まれて暮らすことの当否ではなく、「現象」としてまず捉えるべきだろうと思う。
で、こうした現象が日常茶飯になるということは、グローバル化の意味すら変えてしまうということで、外国語を学ぶ、習得するということを主眼としていたものが、どう変わっていくのか興味深くもある。
さらに一頃はやった、構造主義的あるいは言語論的にいえば、日本語環境のままでほとんど生活するということは、日本語という枠(文脈)の中での思考形態あるいは思考の癖というものから抜け出せないということで、どこに住もうと「日本語」あるいは「日本スタイル」というナショナリティのもとで生活するという、グローバル化の対極の話でもあり、グローバル化あるいは国際化というものを、言葉の違う他者理解、又は他者の暮らす文化・思考形態への理解・許容ということで捉えれば、グローバル化というものは、他者の言葉あるいは言語への理解力のレベルで左右されるといってもよく、日本語に常時取り囲まれている状態が、外国にいても継続されるということが、グローバル化(あるいは、そうありたいという意欲)にも限界が出てくるんだろうなー、と思う。
まあ、ひらたく言えば、同じテレビを見ている同士では、流行も、考えることも、思い出も一緒なことが多いといったことかもしれなくて、それはそれなりに、外来語を使って暮らすストレスが面倒な人にとっては、なかなかに楽チンなことではあるのだが、本来オープン系であるインターネットが、ナショナリティを強化する方向に進むってのも、なんか皮肉な話でもある。
でも、こういった話って、フランス人は、たとえ英語ができてもフランス語しか喋らない、とか、アメリカのテキサス州の人は世界中で英語が通じると思っているっていうような話と、根底としては同じなのかな・・・

2007年3月11日日曜日

韓国のネットとリアルの事情

趙章恩さんのKorea on the Web
「韓国では合コンや面接の前、その人のSNSやブログをチェックするのが当たり前のようになってい」て、「犯罪捜査の基本としてインターネットのモニタリングが行われる。特に重要なカギになるのはIP追跡で、容疑者の名義で会員登録されたウェブメール、オンラインゲームなどのIDを確認し、いつどこでアクセスしたのかIPアドレスを追跡し居場所を突き止めることが多い。」といった記事をみつけた。
ネット上の仮想世界が、いわばリアルの世界と重なり合うというか、ネットとリアルが融合する世界というのが、韓国では近づいてきているのかなー、という印象を受ける。
たしかに、ブログやSNSを、大多数の人が自己表現をするっていうのが常態になれば、今なら、聞き合わせとかで情報収集していたことが、ブログを調べることにとってかわることになるのだろうし、それぞれの人のメールとか、あるいはネットへのアクセスといったことは、その人の活動(ネット上という限られた部分なのだが、その部分がかなり大きくなっているのは事実だ)の軌跡を示しているから、それをつぶさに調べられると、どんなところと付き合っているかとか、どんなサイトを見たかとか、リアルの世界では隠し通せていたものが明らかにされるということで、結構、恥ずかしかったりして・・・
ネットとリアルが融合された先は、ネットが「仮想」でなくなるととともに、リアルの世界でも克明にログ(記録)をとられるっていうことなのかもしれないですね。