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2007年7月14日土曜日

井沢元彦「逆説の日本史 11 戦国乱世編」(小学館)

この巻は、豊臣秀吉が天下をとってから、朝鮮への外征の失敗までがテーマ。
のっけから、秀吉の指は6本あったといった、ちょっと眉唾したくなるようなところから始まる。この話は前田家文書からといった引用はあり、その真贋を確かめようもないので、その説の是非は問わないとしても、秀吉(藤吉郎時代)の姓であったとされる「木下」の疑わしさや羽柴という姓の由来への疑問など、「逆説」の名にふさわしく、この巻も定説へのチャレンジで始まっている。
 
本当は清洲会議の結果、信長の孫の三法師を手中に収めることになった柴田勝家や織田信孝の方が天下取り(というより信孝の立場からすれば天下の維持かな)には有利だった
 
とか
 
賤ヶ岳の戦で柴田勝家が負けたのは、実は前田利家が原因
 
とか
 
織田家が崩壊して、秀吉の天下取りに成功した最後の決め手になったのは、池田恒興(勝入)を秀吉が味方に引き入れた(筆者は金で転ばせたといっている)のがキー
 
とか、あいかわらず、ふむふむと読んでしまうとこは多いのだが、
 
この巻でうーむとうならさせるのは、
 
戦国時代末期〜安土・桃山〜江戸初期というのは織田信長〜豊臣秀吉〜徳川家康とセットでとらえるべきで、その最終的な仕上げが「宗教勢力(寺)の非武装化」だったといった話のひろがる「第4章 豊臣の平和編」
 
 
文禄の役の本当の目的は中国(明)の征服にあって、その遠因は、カトリック勢力の東アジア侵攻に対抗してのもので、当初、共同して進めようとしていた(外征用の船の提供を受けようとしていた)キリシタン側から拒絶にあったから伴天連追放令がだされたといった話のでてくる「第5章 太閤の外征編」
 
だろう。
 
 

まあ、真説・異説あるいは賛否両論あると思うが、筆者の掌上に転がって楽しむのも一興の一冊ではなかろうか。

2006年7月17日月曜日

井沢元彦 「逆説の日本史9 戦国野望編」(小学館文庫)

我々が当り前のように思っている「日本史」の常識を、根底から崩して新たな地平を見せてくれる、井沢元彦氏の「逆説の日本史」も文庫判がようやく戦国時代になってきた。 
 
今まで、「怨霊信仰」や「言霊」の思想で、日本人である我々も気づかない、我々の意識の底にある行動原理を解き明かしてくれた「逆説の・・」が、今度は、戦国時代を題材にどんなキレ技をみせてくれるか楽しみになる。
 
収録は
 
琉球王国の興亡論ー「沖縄人」が築いた東アジア大貿易圏 
海と倭寇の歴史編ーニセ倭寇を生み出した朝鮮民族の差別思想 
戦国、この非日本的な時代編ー「和」の原理を崩壊させた実力主義 
天下人の条件1 武田信玄の限界編ー戦国最強の騎馬軍団と経済政策 
天下人乃条件2 織田信長の野望編ー「天下布武」と「平安楽土」の戦略 
 
の5章。
 

 
最初の2章、琉球王国なり倭寇をとりあげた章では、当時の琉球(沖縄)が、現代でも稀な平和的な海洋貿易国家であることを解き明かしていく。とはいっても、沖縄の歴史が、巷間いわれるように平和的なものではけしてなく、戦争と講和の連続、まあ、どこの国でも繰り返されてきたことは、きちんと抑えてある。でも、どうして、沖縄が戦争のなかった平和な島なんて風に、私たちは思い込んでしまったのだろうな。
 
さらに倭寇である。倭寇のうち日本人は2割程度で、残りの8割は中国人か朝鮮人。おまけに倭寇全盛期の頭目は中国人であったあたり、ちょっと目鱗。おまけに、「倭寇」問題が、実は定住を基本とする「農業国家」と定住を基本としない「商業国家」の対立であったとするあたり、国家の有り様というか、スタイルを考えさせて興味深い。 
 
後半の3章は、日本本土の戦国時代をとりあげる。 
 
日本人が一番興味を持っているのが「戦国時代」で、たしか大河ドラマとか歴史ドラマも「戦国時代」を取り上げると、あまり当たり外れはないらしい。
じゃあ、日本人の心情に「戦国時代」が一番フィットしているのか、というと、けしてそうではなくて、日本人の心情の底にあるのは、やはり「和」。戦国時代に憧れるのは、そうした実力主義に染まりきれない我々のないものねだりだ、と喝破するあたり、うーんと感心してしまう。
 
で、「天下人の条件」は戦国時代の武将でも人気を二分するであろう「武田信玄」と「織田信長」をとりあげて、「天下をとる」という概念は、いったいどういうものなのかを詳しく述べてある。
 
これを読むと、当り前のように思っていた「信長」の発想自体が、とんでもなく独創的というかとんでもなく破天荒な考えであったこと。信玄が、いかに時代にオーソドックスな人で、その意味で「天下人」という概念にはおそらく近づけなかったであろうとするあたり、信玄ファンには申し訳ないが、納得させられてしまう。
 
あと、「戦国武将が誰もが京都に上って天下をとることを夢見ていた」わけではない、といったあたり、サラリーマンが見全員、社長を目指しているわけではないことを考えると頷ける話なのだが、ここではっきり言われるまで、定かには認識しなかった。言われれば、そうだよね、と思わず納得した次第。
 
 
ちょっと全体的に論証がクドクなってきた感じがするが、歴史解説として、現在の「定番」のようになってきたと思わせるシリーズの一作である。

2006年6月24日土曜日

井沢元彦「織田信長推理帳 五つの首」(講談社文庫)

織田信長が探偵役を務めるミステリーである。織田信長といえば、癇癪持ちだが、頭もすごくキレそうなイメージがあるので、探偵役としては、結構うってつけかもしれない。
 
 
この「五つの首」は、まだ都へ上洛する前、美濃の斎藤龍興を、堺に追い払ったあたりで、織田家がまだまだ登り調子で、信長の癇癖が原因の暗雲はまだかけらもないような時期の設定である。 
 
 
この時期、上洛の足掛かりを何も持たない信長としては、錦の御旗というか、上洛する何かのシンボルが必要だったのだろう。この話は、そのシンボルとなる「足利義昭」を越前朝倉家から、岐阜へ迎えようとする際におきる信長暗殺の謀略にまつわるミステリーである。
 

いったいに歴史ミステリーというのは、大枠が制約されていて、例えば、この「五つの首」のように信長の暗殺が企まれても、信長は本能寺の変まで生きていることがはっきりしているから、破天荒なストーリー展開に頼らず、もっぱら、謎の設定と謎解きの面白さで読ませるしかない。
 
そして、このミステリーは、歴史的な出来事を曲げることなく、足利義昭や、越前朝倉家がさしむけた暗殺者、木下藤吉郎(秀吉のことだよね)や蜂須賀小六とか、多士済済のメンバーをとりそろえながら、義昭を岐阜へ招いた時におこったのかもしれない歴史に埋もれた事件のように仕立てて、読ませる技はさすがである。 
 
 
さて、筋立は、信長の岐阜の御殿に、手文庫ほどの白木の箱が届けられる。
 
中には、5つの人形(行商人、御殿女中、衣冠束帯の公家、直垂れ姿の武士、鎧武者)が入っていて、いずれも首がない。で、近いうちに信長の首をもらうという書き付けが入っていた、というところからスタートする。
 
なんのことかとうっちゃいといて「足利義昭」を迎え入れるため、急拵えの御所をたてたり、藤吉郎を朝倉へ忍び込ませたりといった準備をしていたら、城下で首なしの死体が発見されはじめる。しかも、行商人、御殿女中・・・と、この箱に入っていた人形になぞらえて殺されているようだ。
順々に殺されていって、最後の鎧武者に見立てられている信長の身に、この暗殺者の手が延びるが・・・・、といった展開である。 
 
 
少しネタばれすれば、この箱の人形の見立て、「ABC殺人事件」みたく、木の葉は森の中に隠せ、のように、死体は死体の中に隠せ、というところとなぜ首をわざわざ切らないといけないのかというあたり。 
 
 
歴史のすき間には、ひょっとしたらこんなこともあったかもねー、という感じで気軽に読みたいミステリーである。

2006年5月2日火曜日

井沢元彦 「義経はここにいる」

いまさら「義経伝説」かなー、おやじの定番 大河ドラマも戦国時代に移ったしねー、とは思ったのだが、リサイクルショップに安く出ていたので、あまり考えずに購入。
 
 
で、読みはじめたのだが、そこらあたりの「義経北行伝説」を無責任に煽るものではなかった。 
むしろ、奥州平泉の当時の情勢や仏像の様式まで、幅広くとりあげながら、岩手の地元大企業におこる殺人事件と「義経北行伝説」を双方とりまぜながら展開していっている。 
 
 
文庫本の解説で「物書きの世界には「化ける」という言い方がある。ある瞬間に大きく飛躍した状態を言うのだが、まさに井沢君はこの作品で化けた」と、歴史ミステリーを得意とする同業者の高橋克彦に言わしめているように、信長もののミステリーから「逆説の日本史」にまで至る、「言霊」「怨霊」をキーワードにした歴史理解へとつながっていく、記念碑的作品といってよいであろう。 
 
 
 
と、いうことで、筋立は、岩手県で幅広い分野の事業を一手におさめる佐倉グループの一人娘の婿探しのところからスタートする。
実の息子達が三人もいながら、末娘に婿をとって事業を継がせるっていう設定は、匈奴や蒙古の遊牧民族の末子相続でもあるまいし、ちょっと設定としてどうかいな・・・と思っていたら、最後の方で、しっかり「義経」と結びつける仕掛けになっているので要注意。 
 
事件自体は、この一人娘の佐倉志津子の結婚相手となった森川義行が殺される。しかも、婚約披露のパーティーに酒樽に切断された首をいれた状態で発見されるという、ちょっとグロな設定。
義行が殺されたと思われる時刻に下関で、志津子の兄とシンポジウムに出席していた、このミステリーの探偵役の古美術商、南条 圭は、昔、志津子の結婚相手に所望されながら断った経緯から、この謎解きに乗り出すことになる、っていうのがおおまかな筋立。 
 
この現代での殺人の謎解きを主テーマに最初のうちはしておきながら、「義経は平泉で本当に死んだのか」という現代の事件とは、およそ関係のなさそうな歴史の謎解きを並行させていき、実は、この歴史の謎の解答が、現代の事件の解答にもなっているというアナグラムを成立させる、という典型的な歴史ミステリーに仕上っている。
 

で「義経北行説」の検証は、まず中尊寺の謎解きから始まる。例えば 
 
字金輪仏は本当に藤原秀衡の護持仏だったのか、 
とか 
金色堂と一字金輪仏の安置されていたと言われる一字金輪閣はなぜ向かい合わせに建てられているか 
 
とか 
 
金色堂は、奥州藤原氏の未来永劫の繁栄を願って建てたものなのに、三代しかミイラを安置できないような壇のつくりになっているのか(しかも四代で、きっちり滅んでいるし) 
 
とか 
 
義経の墓が平泉にないのはなぜか 
 
といったような謎を、今は筆者の歴史に関する著作で有名になった「怨霊信仰」を手がかりに解いていくのである。 
 
 
そして、「義経は平泉で本当に死んだのか」という謎、あるいは藤原秀衡は鎌倉から追われた義経をどう処遇しようとし、康衡はどうしたか、といった歴史的な事象が、現実の佐倉グループの跡継ぎ候補(森川義行殺し)にオーバーラップしていくのである。
 
ネタバレをちょっとすると、義経は逃亡中、鎌倉幕府によって勝手に名前を変えられ(なんでも関白の二条良経と同じ音なので不敬ということらしい)、その名前が「義行」とか「義顕」とかいったことや、源頼朝は本来小さな頃に殺される運命を助かり、これまた、トンでもない幸運で幕府を築いたのだが、そのぶん怨霊とかを鎮めることにかなり気をつかったはずだ、とかいったところが結構、意味をもってきたりする。 
 
 
小説の中ほどのところで南条 圭と地元の郷土史家が、義経北行伝説について語るところで
 
「怨霊が存在するかしないかということと、それを信じる人間がどう影響を受けるかということは、まったく別だ。怨霊が物理的に存在しようとしまいと、怨霊になる条件・法則というものは存在しうる」
 
と話をする場面もあり、筆者の、最近に至るまでの歴史についての著作の端緒、はじまりをみる意味でも面白い。まあ、現代の事件と歴史の謎をシンクロさせるところにちょっと無理があるかなー、と思わないでもないのだが、歴史の謎解きとしても楽しめる歴史ミステリーである。