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2006年5月27日土曜日

アガサ・クリスティ 「杉の柩」(ハヤカワ文庫)

始まりは、陪審の場面から、というちょっとかわったスタートである。

この本の主人公のエリノアが、メアリイ・ゲラード殺人の疑いで裁判にかけられているところからこのミステリーは始まる。

このエリノアの風貌は、「輪郭の美しい整った顔立ちをしている。瞳は鮮やかな深い青。髪は黒い。」ってなところで、この人は犯人ではないなー、と思ってしまうのは、ちょっと思い込みが強すぎるかな。だって、クリスティの場合、「金髪」っていうのがキーワードのこと多いものな、と予断を持ちながら、読みはじめることにしよう。


展開は、そう複雑ではない。殺人を疑われているエリノアには、金持のおばあさんってのがいて、それが具合が悪くなったということでロンドンから呼び寄せられてくる。彼女一人ではなくて、婚約者のロデリックと一緒だ。(この二人、従兄弟同士ということなのだが、こうした設定、クリスティにはよくみかけるのだが、この時代、こういう結婚が当り前だったのかな)


こうした、一見仲が良さそうで、そのくせ熱烈でないカップルによくあることで、このロデリック、ここでであった美人に一発でいかれてしまう。
これが、物語の中ほどで、殺されてしまうメアリイで、村の貧乏な一家の娘ながら、エリノアのおばあさんに可愛がられて、学校にもいかせてもらうし、ドイツにも勉強にいかせてもらっている、という「芸」というか「美」は身を助く、という具合の娘である

(ちょっと甘ったれぽいが、性格良さそうなんだがなー。これも、金髪美人に弱い男の思い込みかなー?)


この金持のおばあさんの容態がちょっと持ち直して、ロンドンにまたこの二人は帰るのだが、隙間風がちょっと気になりはじめたところで、二度目の発作がおきて、この「金持のばあさんが死んでしまう。

エリノアは、このばあさんの遺産を相続することになるのだが、婚約者のロデリックは、メアリイに未練タラタラで、とうとう二人は婚約解消。
この痛手を忘れすべく、エリノアは、ばあさんの家を売りに出し、家の後始末をしようと、みたび帰ってきたときに、メアリイとばあさんの付き添い看護婦だったホプキンズを呼んでお茶をするのだが、その席でメアリイはモルヒネ中毒で死んじまう。

モルヒネが結構簡単に手に入ってしまう状況(この話では、看護婦が無くしてしまう設定)というのが、ちょっと時代を感じさせるが、クリスティのミステリーというのは毒殺が多いねー。毒殺殺人犯は陰険な人が多いっていう話があるが、毒殺殺人の好きなミステリー作家の性格はどうなんだろう。


で、婚約者を奪われそうになっているエリノア(彼女は「お茶」にメアリイを招待しているし、おまけにこの「お茶」で出た何かにモルヒネが混じっていたようなのだ)が殺人犯だー、と捕まって裁判。というところで、彼女を慕っている医者が,が、ポアロに無実を晴らしてくれるよう頼み込むといったのが、物語の謎解きの展開。


頼まれたポアロは、あちこち聴き込みを開始。やがて、殺人の真実が・・・、というお決まりの筋立なのだが、メアリイが実は不倫の果ての子供だったことがわかったりして、結構、色恋沙汰も昔からいろいろありそう。ネタばれとしては、結局、こうした人間関係が殺人のモロの原因になっているのだが、途中、メアリイがニュージーランドに住む叔母に遺産を残すよう遺言書を各場面なんかがでてきて、さすが大英帝国、ワールドワイドですなー、と妙な感心をしてしまう。


で、もっとネタばれをすると、このワールドワイドが事件のヒント。


ところで、このミステリーの時代設定は、作中でメアリイが「今年は1939年ですわ。そして私は二十一になってます。」と言う場面があることではっきりするのだが、
この1939年の出来事を、wikipediaで調べると

9月1日 - ナチス・ドイツ軍ポーランド侵攻、第二次世界大戦勃発。
9月3日 - イギリス・フランス・オーストラリアがドイツに宣戦布告。
9月3日 - 大本営が関東軍にノモンハン事件の作戦中止を指令。
9月4日 - 日本、第二次世界大戦への不介入を表明。
9月6日 - 南アフリカがドイツに宣戦布告。
9月10日 - カナダがドイツに宣戦布告。
9月16日 - 日本軍・ソ連軍の間でノモンハン事件の停戦成立。
9月17日 - ソ連軍、ボーランド東部に侵攻。
9月27日 - ワルシャワ陥落、ナチス・ドイツの占領下に置かれる。

とある。

おいおい、やけに物騒な年じゃないか。ポアロさん、こんな殺人事件を解決して悦に入っている時じゃないじゃないですか・・・、と思った次第だが、「出物、殺人、ところ構わず」といったところかな。


ちなみに、「杉の柩」というのは、シェイクスピアの「十二夜」という戯曲が出典らしく、

来をれ、最期よ、来をるなら、来をれ
杉の柩に埋めてくりやれ
絶えよ、此の息、絶えるなら、絶えろ
むごいあの児に殺されまする

という坪内逍遥の訳が冒頭に載っているが、どういう関連かは浅学にして知らない。誰か教えてください。

2006年5月11日木曜日

アガサ・クリスティ 「動く指」(ハヤカワ文庫)

ミス・マープルもののミステリーなのだが、いつまでたっても、マープルは登場してこない。

殺人事件もふたつ起きるのに、素人みたいな青年が、村の中をうろうろして、殺人事件が起きた家の娘にちょっかいだしたり、美人の家庭教師にぽーっとしたり、生意気そうな妹とおしゃべりしたり、なんか犯人捜しとは、あんまり関係なさそうな話が結構続く。


ま、それはさておき、舞台は、「リムストック」という田舎町。主人公というか、この話の語り手のジェリーは飛行機事故で足を怪我していて、静養も兼ねて、この町に妹とともにやってきた。という設定。

なーんにも事件の起きそうにない田舎町の風情なのだが、どうしてどうして、なんか陰湿な「匿名の手紙」が横行している。それも、秘密を暴き立てるというより、根も葉もない中傷の手紙のようなもの。ジェリー青年も、リムストックで一緒に暮らしているのは、妻でも妹でもない、といった手紙を受け取ることになるが、この内容が、ふーんといって受け流せないほど「嫌らしい手紙」という扱いをされるのは時代のゆえか。

しかし、この「匿名の手紙」が事件の引き金というか、原因になってしまうのだから、たかが手紙といってもあなどれない。


弁護士のシミントン氏の夫人が、この手紙を受け取って内容を見たが、それを苦にして、青酸カリで自殺してしまうのだ。
このシミントンの家っていうのが、夫人の連れ子で美人そうなのだが、蓮っ葉そうな娘(ミーガン、という名前だ)がいたり、自殺した夫人も結構キツそうな女性だ。

そして、この家で第二の殺人がおきる。今度はお手伝いが殺されてしまう。

それも後ろから殴られて、金串で頭を刺されるという殺され方。その上階段下の戸棚の中におしこまられていた、というから、なんとも荷物扱いっぽい。


このお手伝いさん殺しの犯人は誰だ、ということでお話は展開していくのだが、中心は、あの「匿名の手紙」を誰が出したのか、ということ。
どうも、このお手伝いさん殺しは、いきずりの犯行みたいな扱いで、真面目な犯人捜しになかなかならない。


そのうち、ジェリー青年がミーガンに結婚を申し込んだり、ジェリーの妹は、村の医者に惚れてしまったり、お前等真面目に犯人捜せよなー、と言いたくなるぐらい。
おまけに、村人ときたら、その一族の悪口をいうと不幸がおきると評判の婆さん(こうした一族を「賢者の一族」っていうらしい。)がいたり、批評家っぽいような牧師の奥さんがいたり、まあ、イギリスの田舎ってのは人が少ない割りに個性的な人が多いのねー、と妙な感心をしてしまう。


で、最後の方で、この牧師の奥さんに招かれたミス・マープルが、かなりあっさりと事件の謎を解明してしまう。ちょっと、がっくりくるところもあるのだが、犯人は、囮捜査で捕まえるから、推理と証拠固めに万全の自信があったわけではないのね、と個人的に納得したりする。



ネタバレは、美人には、何歳になっても男は弱い、ということと年取ると女に惚れるのも命懸け、というか、思い込んだら、こんなに恐いものはない、といったあたりかな。


最後は、みんなが幸せそうに結婚しました、っていうところで終わるから、ハッピーエンドなんだろうが、この中に将来の殺人の種が隠れてるのかもしれないよねー、と思うのでした。

2006年4月14日金曜日

アガサ・クリスティ 「火曜クラブ」

「マープルおばさん」のデビュー作である。ハヤカワミステリでは、この表題になっているが、創元推理文庫版は「ミス・マープルと13の謎」という表題。

創元推理文庫版の表題どおり、13の短篇が収録されている。


設定は、マープル伯母さんの甥のレイモンド(小説家をやっているらしい)を筆頭に、元警視総監、女流画家、女優などが、自分が出会ったり、見聞した昔の難事件(真相は、話をする当人は知っているのだが)を語り、その真相をあてるという趣向の「火曜クラブ」で、編みものをしながら傍らで聞いている「マープル伯母さん」が次々と犯人をあてたり、謎を解明していくという安楽椅子探偵物。

収録されているのは
「火曜クラブ」「アシタルテの祠」「金塊事件」「舗道の血痕」「動機対機会」「聖ぺテロの指のあと」「青いゼラニウム」「二人の老嬢」「四人の容疑者」「クリスマスの悲劇」「毒草」「バンガロー事件」「溺死」


謎解きすべき事件や犯人は多種多様。
エビの食中毒にみせかけた毒殺事件(「火曜クラブ」)や、沈没した船に積まれていた金塊がごっそりなくなっていた「金塊事件」、壁紙の花のプリントが青く変色するとき、その家の女主人が殺される「青いゼラニウム」や、雇主の女性が普段は仲の良かったコンパニオンを殺すという「二人の老嬢」(この話の途中に「他人から見たら、老嬢は誰も同じに見える」といった今なら女性蔑視でとっちめられそうなくだりもあり、思わず頷いてしまいそうになる)などなど、13の話がそれなりに趣向が凝らされ、奇妙な事件に仕立てあがっている。

おまけに、この犯人も細工が込んでいて、財産目当ての女性が偽装をこらしたり、可愛さ余って、人に嫁がすのがおしくなる老人がいるかと思うと、若い男に勝手に惚れて、その男のために殺人まで勝手におかしてしまう中年女性がいたり、と多士済済である。


それぞれが文庫判で20ページから30ページ程度の短篇なので、謎が語られはじめたと思ったら、すぐさま謎解きが始まるという忙しなさはあるのだが、マープル伯母さんの謎解きの前に必ず挿入される、ミード村の村人の逸話が妙に楽しみになること請け合いである。


このミード村の様々な話については「舗道の血痕」の最後のくだりで、マープル伯母さん自身が

「わたしはね、この世の中におこることは、なにもかも似たりよったりだと思うんですよ。」
(中略)
「村の生活にだってずいぶんといまわしいことがあるものですよ。この世の中がどんなに悪辣か、あなたがた若い人たちが思い知らされずにすむといいと思いますけれどねえ」

と語るところに凝縮されていると思うけど、こんなに事件が起きる村ってのは、ちょっと治安が悪過ぎるような気がするのだが、どうだろうか・・・・・・。

2006年4月9日日曜日

アガサ・クリスティ「ポケットにライ麦を」

マープルもののミステリー。時代は、第2次大戦ぐらいだろうか、最初の殺人の被害者は投資信託会社の社長なのだが、その秘書(当然のように金髪ですよ)の靴下が、「闇市で購入したに違いない飛び切り上等のナイロン靴下である」といったあたりが時代を写しているようなのがクリスティの細工の細かいところ。

ナイロン靴下のことをネットで調べると

Nylon Stockings(ナイロン・ストッキング)1939年から 40 年にかけてニューヨークとサンフランシスコで万国博覧会が開かれた。会場に押し寄せた観客の注目を集めたのは、デユポン社が出品したナイロン・ストッキングであった。1930 年代の後半までアメリカは絹靴下の世界最大の生産国であった

1940 年5 月、この商品はアメリカの主要都市で発売された。発売日には、大勢の人が早朝からロープで仕切った店の前につめかけた。ニューヨークでは初日だけで72,000 足売れた。絹ストッキングが1 足75 セントだったのに対し、ナイロン・ストッキングは1ドル 15 セントだったが、誰もがナイロン製を買った。日本の絹市場は完全に暴落したのだ。  

真珠湾攻撃の直後 、第32 代大統領F.D.Roosevelt がアメリカが民主主義のための兵器製造所になることを求めると、民間産業はこの要請に応えた。デユポン社も政府の統制を受け、利用できる全てのナイロンを使ってパラシュート、テント等の軍事品を生産した。女性たちも古いナイロン・ストッキングを飛行機のタイヤに再利用する廃品運動に協力した。彼等はしぶしぶ以前のたるみのでる絹靴下をはいたのだが、なかにはナイロン・ストッキングをはいているように見せるため、まゆ墨用の鉛筆でふくらはぎに縫い目をかくといった足化粧をした女性もいた。戦時中、オクラホマ州の60 人の若い女性に「この戦争でなくしてしまったため最も悲しく思うものは何か」と尋ねたところ、20 名が男性、40 名がナイロン・ストッキングと答えたという。当時の女性にはナイロン製はそれほど貴重品であった。

という記述がある。絹なんて目じゃないほどの貴重品だったわけだ。

さて最初の殺人は、投資信託会社の社長(レックス・フォテスキュー)が、毒殺されるもの。イギリスならではの(今もこうした風習がビジネスシーンで残っているかどうかは寡聞にして知らないのだが)ティータイム。タイプ室で、お湯が温いだの、クッキーがしけってるだのといっているうちに、秘書の入れた紅茶を飲んだ社長が、苦しみ出して、死んでしまう。おまけに、その時の社長のポケットに中にはライ麦が入っていた、というのが最初の殺人。このときに使われた毒が「タキシン」というもので、イチイという木の実や葉に大量に含まれているらしい。(イチイってのはなんだ?、という人は、この記事の最後をどうぞ。いちおう調べました。官位もちだったんですねー。偉い木だったんだ。)このイチイが大量に植えられているのが、その社長の邸宅ということや、タキシンという毒が遅効性であることで、その秘書の疑いは晴れるのだが、いつもどおり、金髪美人へのクリスティの風当たりは厳しい。

さて金髪美人いじめはさておいて、この社長の家族というのが、いずれも疑われてもよさそうな人間ばかり。殺された社長にしてからが、若い頃から結構阿漕に儲けてきた設定になっているので無理もないのだが、数年前に結婚した財産目当てが見え見えの若い後妻、最近投資方法がめちゃくちゃになってきた父親(そのせいで会社も傾きかけているらしい)に一向に会社を任せてもらえない長男夫婦、そして若い頃の放蕩のせいで勘当まがいになっていたが、最近許されて帰国しようとしている次男(ちなみに次男は、落ちぶれ貴族の娘さんと最近結婚したらしい)。屋敷の使用人は、やたら行儀に厳しそうな家政婦と飲んだくれの執事、ちょっと抜けたメイドといった面々。

さあ、殺人の動機は?、殺人により利益をうけるのは、といったあたりからの警察の捜査が続き、当然疑われるのは、社長が死ぬと膨大な遺産のころがりこむ社長の妻か、会社を継ぐ長男あたりを軸に捜査が進むのだが、このあたりには、我等の「マープルおばさん」は登場してこない。登場するのは、第二、第三の殺人が続けざまに起こった後から。殺されるのはまず、最初に殺された社長の若い夫人(アディール)がお茶に入れられた青酸カリで毒殺され、メイドのグラッディスが、後ろから首を絞められ殺される(どういうわけか、鼻を洗濯ばさみではさまれたまま放置してあったというおまけつき)。
ここで、マープルおばさんが登場。弧児院からグラッディスを一時期預って行儀作法を教えていたという設定(イギリスでは、こうした習慣は当り前だったのかな)。

そして、一連の殺人の様子を聞いたマープルおばさんは、「つぐみ」に注意しなきゃいけない、といってマザーグースの童謡のひとつを口ずさんだ、てなあたりから、つまんない殺人事件が、ひょっとしたら因縁深い、巧妙なトリックに満ちた殺人ではないのか・・・・・・、という風情になってくる。おまけに、その年の夏に、社長の机の上につぐみの死骸が4羽おいてあっただの、社長が若い頃、「つぐみ鉱山」というアフリカの鉱山を騙しとった、といった話がでてきて、なにやら殺人事件が社長の旧悪の清算っぽくなってくる様相を呈してきて、いつものクリスティのミステリらしくなってくる。

さて、マザーグースの童謡の意味するものは何か、を手がかりに捜査や推理も進むのだが、どうも、イギリスに造詣の深くない管理人としては、このあたり、どんな複雑な謎も、簡単な謎も「知らんもんねー」状態。マザーグースってのは、英米ミステリーを読むときの肝だってことはわかるんだが、どうも苦手なんだよねー、という感。
これ以上はネタバレになっていきそうなので、ボカシを始めると、なんだ、やっぱり殺人事件の動機は「カネ」じゃないか

(参考までに)イチイ

常緑針葉高木。
北海道から九州の高隅山まで、山奥にポツンと分布する。
岐阜県大野郡宮村位山の国有林も有名であるが、現在しはかなり少なくなっている。
こ線状二列の葉は、先端が鋭くとがり触ると痛い。種子を包んだ赤い肉質の仮種皮は甘くおいしい。
アララギ・オンコなどの別名がある。心材は美しい紅褐色で加工しやすく、彫刻材・家具材として用いられる。鉛筆用には最
高の材料とされる。
イチイの名前は、仁徳天皇がこの木でしゃくをつくらせ、それで正一位を授けたので「一位」と呼ばれることになったといわれている。
そして「しゃく」(笏)は、いまだにイチイでつくられている。
イチイの有毒成分は,タキシン(taxine)というアルカロイドで,その名はイチイのギリシャ語読みに由来し、ちなみに英語の毒素(toxin)もタキシンと同じ由来だそうだ.子供の頃イチイの実を食べたという方もあるだろうが,タキシンは果肉を除く全植物体に含まれている.子供は誤って種も飲み込んでしまうことがあるので,アメリカではイチイがヒトの植物中毒の原因別ランキングで常に上位にいる

とのこと、でありました。

2006年3月23日木曜日

アガサ・クリスティ 「書斎の死体」

まえがきを読むと、メロドラマの「頭の禿げた准男爵」と同じくらい(「頭の禿げた准男爵」っていうのが、どうもピンとこなくて困るのだが)、ミステリーの「書斎の死体」は使い古されている文句らしいが、その「使い古された」テーマで敢えて書こうというのが、クリスティらしいといえば、クリスティらしい。

事件の舞台は、ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミード村。しかもマープルの友人のパントリー夫人の夫パントリー大佐の書斎に若い女性の死体が転がっていたというもの。

ミード村の習慣、朝9時から9時半までに村の近所の人達へ電話で朝の挨拶をかける時間になっていて、その日の計画や招待とかの時間も連絡することになっているとか、夜の9時半以降に電話をかけることは、失礼にあたると考えられている、とかいった田舎らしいエピソードも語られる。

この死んでいた女性は、厚化粧で、安っぽい背の開いたイヴニングドレスを着ているといった、ちょっとスキャンダラスな死体。近くのホテルのダンサーをしているという設定だから無理もないのだが、こうした女性に対しては、クリスティはかなり厳しいのが常だから、かなり辛辣である。まあ、このあたりの死体の確認とか、この女の様子とかが、最後の謎解きに向けて、いろんな仕掛けが施されているのだが、ちょっと気がつかなかった。

このほか、映画製作の端くれにいそうな男が妙に高慢ちきで、そのくせなんとも力がなさそうだったり、女子高生が行方不明になって、車の中で焼死体で発見されたり、最初に殺されたダンサーの女性は、お金持ちの老人のお気に入りで、遺産をその娘に残そうとしていることがわかったり、かなりいろんな展開があるのだが、要所、要所でミス・マープルの村人にかこつけた逸話の披露が、ヒントになっているのか撹乱されているのか解からなくなるのは、マープルものの常。例えば、この殺人は校長の奥さんが時計の捩子をまいた時に蛙が飛び出した話のようだとか、ハーボトル老人が、今まで世話をしてくれていた妹が親類の手伝いに家を留守にしている最中に、メイドと仲良くなって、老後を見てもらうことしにしてしまった話なんてのを披瀝されても、どこがどうつながるのか、こいつはちょっと難しい。

ネタバレは、まあ、この若い娘がなぜ他にも良い衣装を持っているのに、なぜ安いふるぼけた衣装を身につけていたのかといったことや、パントリー大佐の家にあった死体は最初から、パントリー大佐の家にあったのか、といったことが謎解きのヒント。まあ、結局は、殺人事件の動機の大半をしめる「金」、とくに「遺産」目当ての殺人ということで、動機はありきたりかもしれないが証人が、実は犯人、優しい顔には注意しろ、といったあたり、またクリスティの手にうかうかとのせられてしまいました。

イギリスの田舎も、日本と同じで、都会や都会者との軋轢はあるんだねー、という感を抱かせる作品でもありました。

2006年3月13日月曜日

アガサ・クリスティ「クリスマス・プディングの冒険」

ポアロもの4篇、マープルもの1篇の短編集。
収録は
ポアロものが
「クリスマス・プディングの冒険」「スペイン櫃の秘密」「負け犬」「二十四羽の黒つぐみ」
の4篇

マープルものが
「グリーンショウ氏の阿房宮」
の1篇である。

「クリスマス・プディングの冒険」は、東洋の国の王子のもとから持ち逃げされたルビーのあとをおって、ポアロがイギリスの田舎のレイシイ一家のもとでクリスマスを過ごしながら、ルビー泥棒からルビーを取り戻す話。
レイシイ一家には、レイシイ夫妻のほか、セアラという一人娘。セアラの恋人になっているリーウォートリィという男と彼の妹という女性(この女性は、手術後の具合が悪いということでポアロの前に最後にならないと現れない)
ダイアナ・ミドルトンというキツそうな女性、そして孫息子のコリンとその友人のマイケル。いとこのブリジッド(この娘は黒髪だ。金髪でないということは、クリスティが好意をもっている証拠だネ)が泊まっていて、この三人の子供たちが、ポアロを一杯ひっかけようとして殺人事件をでっちあげるといったハプニングをうまく利用して、ルビー泥棒を追っ払うストーリーである。

話は、クリスティらしく手馴れているが、この話の見せ所というか読ませ所の一つは、「イギリスの昔ながらのクリスマス」だろう。
カキのスープ、詰め物をした七面鳥料理、それから指輪だとか独身者用のボタン(これは何だかよくわからないが)をいれたプラム・プディングを皆で食べるシーン とか ヤドリギの下に立っている女性にはキスしていいという風習だとか、イギリスのクリスマス(それも昔風の)の情景は楽しい。

二作目の「スペイン櫃の秘密」では、長年、ワトソン役をやっていたヘイスティングスの後釜(ヘイスティングスは結婚して南米に行った設定になっていたかと思う)の秘書 ミス・レモンが姿を見せる。
起きる事件は、裕福な独身者 リッチ少佐の晩餐会に招待された5人のうちの一人で、大蔵省に勤めるアーノルド・クレイトンが翌日、リッチ少佐の居間のスペイン櫃(エリザベス朝期の大きな櫃)の中で、首に短剣を刺されて死んでいる状態で発見される。このクレイトンの妻(マーガリータ)とリッチ少佐が恋仲だというウワサから、リッチ少佐が、その夫を殺したのだと疑われるが、果たしてそうか・・・、といったことで事件にポアロが関わる、というストーリー。
マーガリータは、美人の金髪で、ちょっと無邪気な小悪魔という設定で、クリスティの筆は、やっぱり厳しい。ところが、こうした美人に、男は弱いもので、やはり、この事件も、この女性にずっと以前から想いをよせている一人の男が、この女性を手に入れようとして、あるいは頼りにされようとして起こす事件で、まあ、男ってのは、懲りないのである。

三作目の「負け犬」は、"塔の部屋"と呼ばれる書斎で金持ちの老人(ルーベン・アストウェル卿)が殴り殺されていた事件。この老人の甥と老人とが、その夜遅く言い争っていることを執事が耳にしていて、その甥が犯人と疑われる。しかし、「甥は無実。やったのは老人の秘書の(弱気な)トレファシス」と妙な直感で固く信じる老人の妻に頼まれ、ポアロが捜査に乗り出すもの。
途中、夫人の秘書のリリーが、ルーベン卿の旧悪(彼はお不利化の金鉱山を騙し取ったことがあるらしい)を調べるために、経歴を偽って雇われているらしいことや、短気で喧嘩っ早そうなルーベンの弟、ビクターが登場したりするが、犯人は、ポアロが、家人の聞き取りをしているときに、執事のパースンズに言う

「むしろ気性の一番穏やかな人物は誰か、と訊きたかったのですよ。」

という言葉が象徴している。

「気性の激しさは、それ自体、一種の安全弁となります。吠える犬は噛み付きません」
という謎解きの最後で言うポアロの言葉は、いろんな事件に共通しているように思う。

次の「二十四羽の黒つぐみ」は、毎週火曜日と木曜日にギャランド・エンデヴァというレストランに来ることを習慣にしていた老人(ヘンリ・ガスマイン)が、なぜか月曜日にやってきた、普段注文しないもの(キドニー・プディングや黒いいちご入りタルト)を食べて帰っていった。その日の夜、階段から落ちて死亡する、といった事件。
このレストランで友人と一緒に食事をしていたポアロが、その死に不審を抱いて事故ではなく、真犯人を探していくもの。この事件、ポアロは誰に頼まれて捜査を始めている。結構、おせっかいなオッサンではある。

事件のキーは「その人が死んで誰が一番得をしそうか」というオーソドックスなもの。遺産のありそうな金持ちの親戚が妙にタイムリーに登場するのは、クリスティの癖みたいなものか、それとも、イギリスには、こうした金持ちが隠れているのだろうか。

謎解きは別にして、印象的なフレーズを引用しよう。そのレストランのメイドのモリイとポアロの会話

「僕の好みをよく心得ているね、きみは」
と彼は言った。
「あら、ちょくちょくおいで下さいますから。お好みを存じ上げるぐらい当たり前です。」
エルキュール・ポアロがいった。
「すると人の好みはいつも同じなのかな。たまには変えたくはないものだろうか。」
「殿方はお変えになりませんです。ご婦人方は、変わったものを召し上がりますが、殿方はいつも同じものを召し上がります。」

そういえば、管理人も、昼飯とか、同じ店の定食を交代で食べていることが多いなーと思い当たる。男は食い物に保守的なんだろうか。

さて、四作目の「夢」は、ポアロが、ある金持ちに呼ばれ、毎日、ある決まった時間にピストルで自殺する夢を見る、なんとかしてほしい、頼まれるところから始まる。
その金持ちは、数日後、本当にその時間にピストルで自殺してしまうのだが、ポアロは、これが巧妙に偽装された他殺と見抜く。まあ、ポアロを証人に仕立てようとする「なりすまし」。
金持ちと付き合いなれているポアロが、すりかわった偽金持ちに会ったとき、どうも芝居がかっているとか、俗物根性のしみついたペテン師と思うあたり、金持ちは金持ちの臭いを発しているということかな。金持ちといえない管理人は、ちょっとスネたりするのである。

最後の「グリーンショウ氏の阿房宮」は、マープルもの。グリーンショウという昔の金持ちが建てたバカデカイ建造物が舞台。その孫娘(とはいっても、もう老婆なのだが)の殺人事件をマープルが解き明かすもの。

その老婆が矢をつきたてられて死にそうになっている場面を、マープルの知り合いが、館の2階から目撃するのだが、その目撃シーンそのものが、巧妙に証人を立てるためのトリックだとしたら・・・というもの。
殺人事件の犯人さがしは、「この殺人によって誰が得をするか」が常道だが、この場合は「この殺人によって誰が利益を失わないか」というところ。

謎解きとは関係ないが、話と途中でレイモンド(マープルの甥)がマープルを評して
「殺人を犯すやつがいる。殺人事件に巻き込まれる連中がいる。そのほかに殺人事件と見ると、とたんに出しゃばってくる人物がいる。僕の伯母のジェーン(・マープル)はこの第三の類型に属してましてね」というあたり、マープルに限らず、名探偵全てを評しているようでおかしい。

アガサ・クリスティ「メソポタミアの殺人」

事件の舞台はメソポタミア。今のイラクかな。アッシリアとかの発掘作業をしている作業チームの宿舎が現場になる。

話は、看護婦である エイミー・レザラン が遺跡調査をしている考古学者 エリック・レイドナー から妻の ルイズ の付き添いをしてもらいたいと申し出られるところからはじまる。

このルイズという女性、何かの「恐怖症」にかかっていて、神経衰弱になっているというのだ。
遺跡発掘を行っている町に着き、ルイズが恐れている原因を聞くと、彼女は既に(第1次世界大戦中に)死んだはずの前夫からの脅迫状に怯えている。(この前夫っていうのをドイツのスパイだとルイズが告発したのが死んだ一因のよう)この脅迫状は、彼女が誰か別の男性と結婚しようとすると、きまって舞い込んでくる。レイドナー博士と結婚するときは、こなかったので安心していたら、結婚して数月したらやってきた。
この発掘現場にも脅迫状が届くようになり、おまけに時折、仮面のような顔が窓から覗く時がある。
この脅迫状が段々エスカレートしてきて、ついには「殺す」といった文面になった、とのことである。

この脅迫者は、、本当に前夫なのか、彼は生きているのか、あるいは他の者が、ルイズに恨みを抱いているのか・・・と、脅迫状の犯人探しをしているうちに殺人事件がおこる。

殺されるのは

ルイズ

である。

彼女は、部屋で石臼で撲殺される。しかし、部屋に鍵かかかっているし、発掘チームの面々にはアリバイがある。
この事件に偶然、バクダッドに旅行にきていたポアロが、この殺人事件の捜査を頼まれることになる。
ポアロが「殺人は癖になりますから、要注意ですな」なんてノンキなことを言っているうちに第二の殺人事件がおこる。

今度は、レイドナー博士の長年の助手をしている アン・ジョンソン

彼女は、酸を飲まされ、気管や食道を焼けただらせて殺されてしまう。彼女が死ぬ間際に言い残す言葉 「窓」 は一体何を意味するのか、犯人はルイズの前夫なのか・・・

といったことを軸にしてポアロの推理が展開していくのだが、オチは、クリスティのミステリーによくあるように、「犯人は身近にいる」ということと「犯人に見えない奴が犯人」言い換えれば「善人が実は犯人」、もう一つ言えば、「美しいものは独占したくなるよねー。でも美人って浮気だよね」といったところ。(これ以上は、下手なネタバラシになるので、このあたりでやめとこう)
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この「メソポタミアの殺人」も一種の密室ものである。一体に、犯人の候補者が次から次へと増えていくのは、ちょっとアンフェアでしょ、と感じることが多いのだが、シチュエーションから犯人の候補を発掘隊のメンバーに限っていくように筋立てをもっていくあたり、やはりクリスティの筆運びのうまさだろう。安心して、ポアロの謎解きが進んでいくに身を任せていればいい。


筋立てとは関係ないのだが、この「メソポタミアの殺人」にも、クリスティのミステリーによく登場する、男性に人気があって、ちょっと小悪魔的なくせいに無邪気な、金髪に美人が登場する。そして、いつものように彼女に対するクリスティの扱いというか仕打ちは、非常に冷たくて。案の定、殺人の被害者とされてしまう。どうも、小説の形を借りて、こうした美人たちに合法的な復讐をしているように思えるのだが、どうだろうか・・・

2006年3月5日日曜日

アガサ・クリスティ「ビッグ4」

ポアロものには珍しく、冒険アクションっぽいストーリーである。


発端は、ポアロの古くからの友人で、ホームズものでいうワトソン役をつとめるヘイスティングスが、南米から帰ってくるところから始まる。
彼がポアロのもとを訪ねた時に、泥まみれで憔悴しきった男が訪ねてくる。男は不意に「ビッグ4」のことを喋り始め、そのまま昏倒する。その男が、ポアロの留守中に、何ものかに毒殺される。しかもさるぐつわをはめられたままで・・

といったところから物語は始まる。

"ビッグ4"というのは、

ナンバー・ワンはリー・チャン・チェンという名の中国人で、中国の実質の支配者
ナンバー・ツーはアメリカ人で、金力の象徴
ナンバー・スリーは、女性でフランス人。花柳界の妖婦という評判。
ナンバー・フォーは、実態がわからない。ただ「破壊者」と呼ばれている。

といった設定で、どうも、この"ビッグ4"が世界の支配を企んでおり、ポアロのところを訪ねた男は、その魔の手から逃れてきた男らしい。


この後、

ビッグ4に追われているホェイリィという老人が殺されたり、

科学者のハリディが誘拐されて、その救出の過程で、ビッグ4のナンバー・ツーが、実はフランスの有名な女性物理学者であることが判明したり、

ナンバー・フォーの昔の妻だったと名乗る女が殺されるが、彼女の洩らすナンバーフォーの癖が、最後まで重要なキーであったり、

はたまた、ポアロのアパートにマッチ箱にしかけられた爆弾が爆発し、ポアロがあわや死んだのでは、と思わせるような展開があったり、

そして最後に、ポアロがビッグ4のたてこもるイタリアの城に潜入し、敵の野望を打ち砕くが、そのために、ナンバーツーを寝返らせるため、ポアロのとった手は・・・・。

といった展開なのだが、なんとも最後まで違和感がつきまとった。

どうも、私の頭の中で、灰色の脳細胞をもつ、ずんぐりとした小男と、この話で展開される冒険アクションとが、うまく結びつかないせいらしい。


いつもの「ポアロもの」と思って読むと、ちょっとアテがはずれる。

「ポアロ外伝」あるいは「ポアロ異聞」くらいのつもりで読んだほうがよい。