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2018年3月28日水曜日

AIを行政の施策立案に組み入れるべきと思う理由

 AIが仕事を奪うのでは、とか、AIをどこまで使うか、といったネガティブな論調が目立って出てきたように思えるAI論なのであるが、当方として、活用を考えて欲しいのが、地方政府の地域振興、特に移住施策や観光における効果予測である。

 

というのも、この分野、それぞれの自治体の施策が金太郎飴化することが多いし、さらに、首長や担当者の思いに左右されることがとても多いように思うのである。

 

そうした場合、どうしても隣でやっている施策がよく見えたり、おなじレベルのものはなぜできないんだ、と自らの状況とか環境とかをきちんと分析しないで踏み出してみたり、とかなにかと判断が甘くなるような気がしている。

 

この際、効果予測とか、効果のシミュレーションは、担当の甘くなりがちな、バラ色の予測ではなく、機械的な分析を自らの判断をちょっと冷ます意味でやってみる仕組みをいれてみてもいいのではないだろうか。

そして、それをやった上で、修正すべきことは修正してトライしてみるとかをすればいいのであって、最初から、うまくいくかどうかは神任せといったやり方よりは、よほどリスクが下がるような気がするのである。

 

行政が何かと慎重になることが反省される、一転して、思いつき的なものまでトライしろといった風潮になっているように思う。行政は「中庸」が大事、というのは変わっていないようにおもうのであるがどうだろうか。


2011年9月25日日曜日

中国とカレー

日経電子版の"「中国にカレー売り込め」ハウス食品、五輪選手起用し販促。3年後めど、売り上げ2倍に"という記事を見て、日本の食文化も寿司、スキヤキの次はカレーか、と思った。記事を見る限り、2011年の売り上げ見通しが10億円ということなので、まったく売れていないマーケットとも思わないが中華料理のレシピにカレー粉が使われているものをあまり見かけないので、やはり中国全体としては、カレー、カレー粉のシェアは、そんなに大きなものではないのだろう。
その上に、カレーないしカレーライスというのは、インド料理というよりは、日本両栄として進化しているような思いがあるから、中国においてカレーが普及していくというのは、電気製品やアニメ、オタク文化と同じように日本の食文化が外へ出て行くようで、なんとも日本の地位が国際的に低下しているような折、妙に嬉しさを覚える。

ちなみに、世界のカレー粉、カレールウの消費量を調べると、インドがNo1、日本がNo2で、中国はちょっと見当たらない。もともと料理国粋主義の面では、フランスと双璧をなす中国のこと、扉をこじ開けるのは難しいだろうが、一旦消費するとなると、日本アニメと同様、貪婪ともいえる消費欲で日本の消費量など、あっという間に追い抜いてしまううだろうな・・・。
ハウス食品はもともと薬種問屋に勤めていた浦上靖介氏が設立した「浦上商店」がもとで、「ホームカレー」をつくっていた稲田商店を吸収したことで、本格的なカレー製品へ参入したというヱスビー食品と並ぶカレールウメーカーの老舗。バーモントカレー、ジャワカレーの産みの親でもある。健闘を祈っております。
ちなみにアンサイクロペディアによるとカレー好きのことを「ルーマニア」というらしいですね。でルーマニアの多数政党は、福神漬けを好む右派のルーマニア自由党。対抗政党にらっきょうを好む左派のルーマニア共産党(鳥取県に多いらしい)、マヨラーとかがいるらしい。
ついでに、ヨーロッパの国のルーマニアには「ルーマニア」はほとんどいないらしいので念のため
<詳しくはアンサイクロペディアのルーマニアの項を見てほしい>

2009年7月16日木曜日

日本人の夏は「ソーメン」?

アイシェアの市場調査によると、夏に食べたい麺の一番人気はソーメンなのだそうだ。
調査結果をみると514人の20代から40代の男女に聞いて、そのうち27.6%が夏のもっとも食べたい麺はソーメンを選んだとのこと。(ちなみに2位は「そば」、3位は中華麺(ラーメン)

好きな麺は、という問いには、ラーメンが一位だったようだから、やはり、夏とくれば、ソーメンの涼しげなところと腹にたまらなそうなところが支持されたのかもしれない。
ソーメンといって連想するのは、私のガラス鉢に氷水をはって、そこに盛られている姿と、これまたガラス製の器にごまとネギを散らしてってな感じで、熱い「にゅうめん」はほとんど連想しないから、「海の家」ないしは「お化け屋敷」と同じく、夏の季節限定的な商品といえなくもない。

なんとなくあの白くて細い姿が、頼りなくて、私の場合、「そば」の方が好みなのだが、夏の暑いときは、べたべたしてなくて、不実っぽい方がいいんだよ、ってな感じでソーメンを支持する気持ちもわからないではない。

で、「おや、お元気でしたか」とおもわず声をかけたくなるのが6位の「ひやむぎ」。
そうめんの頼りなくて不実なところと、うどん(ちなみに5位)のがっつりしていて堅実なところに挟まれて、どうにも持ち味が出し切れない「ひやむぎ」なのだが、「スパゲッティ」を押さえたところは誉めてあげるべきなんだろう。

でも、がんばれ、っていってもこれ以上順位はあがらないだろうな~と思わせるのが、やはり「ひやむぎ」の中途半端なところなのである。

でも、以前はガラス製の器に入って、錦糸卵を少しとさくらんぼを置いた姿を拝見していた「ソーメン」。最近は、お店で姿を見かけなくなったと思いませんか。すっかり「家庭の味」になってしまったということなのかなー。

2006年2月7日火曜日

赤いウィンナー

小泉武夫さんの「不味い!」を読んでいると、幕の内弁当のところで、こんな風に書かれている。


この(幕の内)弁当の本来のおかずは、卵焼き、カマボコ、シイタケ、鶏煮付、魚の照焼き、栗の実のふくめ煮である。とすると、俺の買った幕の内弁当のおかずにかなり似ている。魚の照焼きの代わりに焼いた塩鮭を置き換えれば昔の幕の内のおかずは大体揃っている。問題は余計なものがあることで、それはウィンナーソーセージとパン粉をからめて揚げたフライとハンバーグである。

 ( 中 略 )

食紅で染められたような真っ赤なウィンナーソーセージは噛むとモソリモソリとしていて、とてつもなく大不味。


赤いウィンナー、ボロクソである。
たしかに赤いウィンナーは、上等なものじゃないけれど、私としては「魚肉ソーセージ」と並んで愛着があって、単純に旨い、不味いでは語れない。

2005年12月13日火曜日

私の場合の「一生分食ったもの」

極東ぶろぐさんほどの詩的なものではないが、私にも「一生分食った」と思い当たるものがある。

小学校に上がる前の幼児の頃、両親とも共働きであったため、親が帰るまでは父方の祖母さんに預かってもらっていた。祖母さんは、その頃80歳を超えていたが、元気で、おまけに、とてつもなく躾に厳しい、負けずぎらいのばあさんであった。

そして保育園から帰ると、おやつを祖母さんにねだるのだが、大概、出てくるのは
「南瓜の煮つけ」 か 「煮豆」

なんで、これがおやつなんだ・・・、と子供心に思っていたが、口に出すと叱られそうなので、黙って口に入れていた。そんなに大量に食ったわけではないのだろうが、心象的に、一生分食った思いがしている。駄菓子とかがまだ高級品だった頃の子供時代の思い出である

今でも。「南瓜」と「煮豆」は、ほとんど口にしない。