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2014年9月14日日曜日

下川裕治「週末台湾でちょっと一息」

「週末バンコクでちょっと脱力」に続く週末シリーズの書き下ろし。
もともと下川氏のシリーズにはタイ・バンコクもの、飛行機・鉄道ものに加えて、沖縄ものがあるのだが、台湾の旅行記は、どちらかというとその「沖縄もの」の一環であったように思う。
今回は、最近ちょっと手あかがついてきた感がある「沖縄」から少し独立して「台湾」を正面からとらえたものとしては興味深い一作。

構成は

第一章 空港バスが淡水河を越えるときー日本からの飛行機
第二章 台湾式連れ込み安宿に流れ着いたーハンバーガー屋のメニューに入り込んだ蚤餅
第三章 ご飯とスープを勝手によそって、台湾に来たな・・・と思うービールを勝手に冷蔵庫からとり出す店の値頃感
第四章 自転車で淡水往復 五十キロの表道と裏道ー北海岸をバスで走り、テレサ・テンの墓へ
第五章 夜市の蟻地獄テーブルに座って、赤肉食加里飯を逃すー下に刷り込まれてしまった日本食
第六章 濃密な自然のエネルギーを腕の痒みで知らされるー漢民族のなかの軋轢
第七章 独立派の根城のビールが教えてくれる"政治の時代"ー台湾省
第八章 北回帰線から鹿港へ。清の時代の街並みのなかで悩むー各駅停車で台湾一周を試みたが
第九章 台湾在住者が提案する週末台湾

で、「週末バンコク」と同様、数日間の短期旅行としてのしつらえは同じである。

ただ、バンコクと違って、(最近の領土問題を巡る事象は出てこないまでも)中国との台湾の微妙な立ち位置や第二次世界大戦時の日本軍統治の時代の複雑な案件は垣間見えて、親日的な感じにほっとしつつも、手放しで"南国最髙"といったノーテンキな状態にはならないのはしょうがないところ。

さりとて、下町の食堂の風情や料理、夜市のメニューで昔風のカレーライスがあることやタクシー運転手の気の優しさなど、他の国とは違う台湾ならではの「なごみ感」を行間に感じるところが、当地の嬉しいところではある。さらに、挿入されている写真を見ても、繁体字といえ「漢字」があるのは、やはり漢字文化圏の日本人としては安心感を紡ぎだす作用があるのは致し方ない。
観光案内、現地案内として読もうとすると期待はずれになるが、異国の、しかも日本に近しい国の現地の佇まいを楽しむには良い本である。

2012年1月3日火曜日

下川裕治「世界最悪の鉄道旅行ーユーラシア横断2万キロ」(新潮文庫)

タイ→沖縄からアフガニスタンまで、アジアの地を席巻し、最近はLCCの空の旅ものを著してきた下川氏なのだが、今回は、彼の念願ともいえる「鉄道」の旅である。

地上交通の「王」というべき鉄道に対し、「女王」あるいは「不実な妃」ともいうべき「バス」はすでに「バスの窓から世界が見える」で、その悲惨さは記されているから、今回は、「鉄道の旅」のすみずみを伝える、というのが本書

旅の道程は、ロシア極東→中国→旧ソ連の西アジア諸国→トルコ→ヨーロッパ→ポルトガルの西端。
旅の行程を物語る目次を引用すると

第1章 サハリンから間宮海峡を渡る
第2章 シベリアのおばさん車掌
第3章 中国は甘くない
第4章 ダフ屋切符で中国横断
第5章 中央アジアの炎熱列車
第6章 アストラハンの特別ビザ
第7章 憂鬱なコーカサス
第8章 ヨーロッパ特急

となっていて、この旅の長さと、トラブルさ加減がわかるというもの。鉄道による移動の旅」そのもので、内容も、列車の中、乗換駅のエピソードがほとんどなので、通常の街への滞在のあれこれとか、そこでの美女との出会いなんてのを期待してはいけない。たいがい、出会うのは、列車のたくましい車掌さんたちなのである。

とはいうものの、旅本に必須のトラブルは、さすが下川さんの著作らしく、そのあたりは抜かりない

例えば

列車の接続遅れなどのビザ切れの違法滞在を余儀なくされたり、

乗り換え列車の指定搭乗時間より早く来すぎて公安警察に捕まったり、

旅程の都合で、一旦日本に帰国し、改めて出直したら、乗るべき列車が廃止になっていたり。

とか、数々のトラブルはきちんと用意されている。

ただ、総じての印象は、カツカツとした旅の厳しさ、険しさの度合いがちょっと薄いかな、という感じ。
もちろん、阿川弘之さんや宮脇俊三さんの鉄道旅ものに比べると十分品は悪いのだ、今までの下川さんの旅本の中では上品なほうに入ると思う。そこは、道があるようでないところをひた走るバスの旅や点と点とのつなぎ合わせの飛行機の旅にはない、「「列車」「鉄道」の旅のもつ安定感、安心感かもしれない。

一方で「食」、食事の面では、かなり貧弱。

というのも、列車の中の食堂車か駅弁、あるいは、列車に持ち込みのサラミ、チーズ、そしてカップラーメン(この本で知ったが、ヨーロッパ域にはいるとカップラーメンが息を潜めるというのも、眼に見えない東西文化の壁かな)といったあたりがせいぜいで、旅本につきものの、現地で出会う意外な珍味とか安価で旨く満腹になるご当地の食なんていうのは、期待しないほうがいい。
事や現地での出会いといった定住系の旅本の楽しさをとるか、移動系の旅本の楽しさをとるか、このあたりは読者の好み次第というべきか。

といったところで、勝手な締めくくりをすると、鉄道マニアには、かなりお奨めの旅本と思う。最近、飛行機による旅が主流になったせいか、移動そのものを楽しんでしまう「鉄道」の旅の楽しみを描いた旅本は影が薄くなりつつあるように思う。

アームチェア・トラベラーとしては、「鉄ちゃん」の奮起を期待して、旅本の隆盛を願う次第である。

2011年2月28日月曜日

下川裕治「格安エアラインで世界一周」(新潮文庫)

仕事が煮え詰まってきた時の「旅本」逃避という癖が、私にはあって、日常の退屈さと閉塞感を、つかの間紛らわすために、つい手にとって、忙しいのに読みふけってしまい、おまけに旅することを妄想して、精神の平衡を保っているところがある(いざ旅をするとなると、準備やら、チケットやホテルの手配やらで、途中で面倒くさくなってしまうんだけどね)

 そんなときに、よくお世話になっていたのが、下川祐治さんの貧乏旅行記で、タイには行ったことがないのだが、妙な親近感を、この国に覚えるのはそのせいもあるのだが、今回は、世界を股にかけたLCC(ローコストキャリア)の旅である。

構成は

第1章 関空・マニラ
第2章 クラーク空港・クアラルンプール
第3章 シンガポール・バンガロール
第4章 シャルジャ・アレキサンドリア
第5章 アテネ・ロンドン
第6章 ダブリン・ニューヨーク・ロングビーチ

となっている。

関西空港からアジア、アラビア、ヨーロッパまわりで格安航空路線で世界一周をしてしまおうという旅である。(旅の終わりは「ロングビーチ」、つまりアメリカ西海岸になっているが、これはアメリカから日本までの太平洋航路で、LCCが就航していないという理由に過ぎない。)
で、旅の様子は、というと、やはり安旅である。飛行機を使うといっても、そこはLCC、関空ーマニラ間が18,000円、機内食は有料で、カップヌードル100フィリピンペソ(200円ぐらい)がメニューに麗々しく載っているという具合だから、そこは以前の貧乏旅行の延長ではあるのだな、と安心していい。

ただ、まったく今までの貧乏旅行と同じかというと、そうではない。
LCCの空港が、その国のメインの国際空港とは違ったところに就航していて乗り換えにやたら苦労したり、メインの空港ではあっても搭乗口はやけに遠かったりとか、、手間がかかる点はあったり、格安の航空路線で、ドバイなどの産油国への国際的な出稼ぎ労働者が使う路線であたりといった、貧乏旅行らしい風情は漂うのだが、今までのバスや鉄道を使った貧乏旅行とは違う雰囲気が漂っているのは間違いない。

それは、なんといっても現地の人や現地の風景・風土との関わり合いの薄さということなのだろう。当然、現地に宿泊はそ、食事もしているのだが、異国での濃密な滞在感覚というものは、なぜか伝わってこない。世界一周のたびという性格から短期間で世界を回るという制約があり、現地への滞在時間は少なくならざるをえないのは間違いないのだが、旅の移動の手段として「空港」というある意味、「よそゆき」の場所を使わざるをえない。おまけに、移動中の特別なエピソードは、およそ発生しない、という航空機の旅のもつ性格ゆえのものもあるのだろう。どことなしか、点と点を移動しているという印象が強い「旅行記」で、やれ、現地でボラれただの、地理不案内のため、妙なところに彷徨いこんでしまったといったエピソードは期待しないほうがいい。

ただ、まあLCCによる貧乏旅行というのも、これからの「旅」の一つであるのは間違いなくて、これからは「移動」そのものの旅行記ではなく、「滞在」あるいは「沈没」ということが旅行記が主流になるのかな、と思わせた一冊である。

2009年6月22日月曜日

下川裕治「日本を降りる若者たち」(講談社現代新書)

若者の貧乏旅といえば、汚いジーパンに、使い古したナップザックを背負い、安宿に泊まり、地元の人と同じ貧相な(失礼!)食事をし、国から国へと渡っていく、というイメージであったし、旅本を読む楽しみも、家庭と暮らしと仕事に雁字搦めになっている我が身を一時、解放するというものであったのだが、本書によると、どうも「若者の旅」が変質しているらしい。

なにもせず、どこへも行かない旅行者たち

外こもり。日本で引きこもるのではなく、海外の街引きこもる若者たち

が出現しているらしい。

章立ては
「旅から外こもりへ」
「東京は二度と行きたくない」
「人と出会える街」
「ワーキングホリデーの果てに」
「留学リベンジ組」
「なんとかなるさ」
「これでいいんだと思える場所」
「死ぬつもりでやってきた」
「こもるのに最適な場所」
「帰るのが怖い」
「ここだったら老後を生きていける」
「沖縄にて」
「ラングナム通りの日本人たち」
で序章から付章までの13章立て。

で、この章の題名でもわかるように、この本に出てくる日本人は、優しく、そしてナイーブで、傷つきやすく、元気がない。

それは、彼らの暮らし方のスタイルにも言えて、多くの「外こもり」の人たちが、日本で数月のアルバイト(例えば、自動車の組み立てなどの住み込みで一気に金を稼げるもの)で資金を貯め、それを原資にタイなどのアジアで質素に暮らすという方式である。
そこには、日本を捨てるという意識もないかわりに、海外で一旗という娑婆っ気もない。日本での「ひきこもり」が、場所を変えているだけで(最近は、宿もゲストハウスじゃなくて、アパートを借りるらしい。理由は「安い」から)


「部屋で?本を読むか、ゲームをするか、メールを見るか、自分のブログを書くか、サイトを見ているか・・・。テレビはタイ語ばかりだから、ほとんど見ません。・・・」


といった暮らしぶりなのだ。


なぜ、こうして海外を旅する若者のスタイルが変わってしまったのかというと、それは、やはり、「日本」というものが変質してしまった、ということが大きいのだろう。

本書からいくつか引用すると


死ぬつもりでカオサンに流れ着いたという日本人は、タイという国とタイ人に幻惑され、しだいに元気を取り戻していく。しかしそれは、タイという国が演出してくれる舞台で踊っているのにすぎない。どこかやっていけそうになって帰ったとしても、待ち構えているのは、自分自身の心の均衡を狂わせ、弾き出そうとした不寛容な日本社会なのだ。(第7章 死ぬつもりでやってきた)


であり、


外こもりとは、突き詰めれば日本社会からの逃避である。うまく逃げ通せれば、余裕がなくなりつつある日本社会で、奥歯に力を入れて生きなくてもいいと思う。
・・・
だが、日本社会が怖い。
いまの日本社会に怖さを感じ取ってしまう若者が増えている。逃避への羨望をいつも抱えもってしまっている。外こもりの入り口のひとつは、その怖さであることもまたたしか


ということなのだ。

そして、こうした暮らしは若者だけでなく、東京で飲み屋を経営していて、そこを引き払ってチェンマイに移り住んできた老人たちにも共通する。

そこに現れるのは、強い者にはなんということもないが、弱い者には、かなりのストレスと生きにくさを見せ始めた「日本」という国家の姿であり、アジアへと、そうした人を追いやっている、我々の姿でもある。


いつから、そんなに「怖い」国になってしまったのだろう・・・・と、何も意識せずに、この日本で生計を立て、暮らしている私なぞは思ってしまう。それは、なんとはなしに「今」に適合し、なんとはなしに「弱者」を追い立ててしまっている、「普通の人」の意識しない、冷たい目線なのかもしれず、


結局、日本人は「頑張る」という言葉を巡って人生が展開される、そうも思える。いや日本人というより、資本主義の世の中では、どこも同じなのかもしれない、現に、外こもりファラン(白人)もカオサンやプーケットにわんさかいる。・・・突き詰めると、近代がどういう時代であったか、そして、近代資本主義がもたらした豊かさに対する問いかけなのかもしれない(終わりに)


という「現代」というものが持つ「無惨さ」なのかもしれない。


とはいっても、将来に希望がないわけではない。最後に、タイのラングナム通りで、現地に職を得て働いている若者の言葉を引用して終わろう。

「いまタイにいるけれど、日本は「戻るところ」。生きにくい場所ではない。生活していて、そして働いている上で、日本にいる方が気楽な部分もある。仕事をするなら絶対日本がいい」

ニッポン ガンバレ!

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2009年6月20日土曜日

下川裕治「12万円で世界を歩く」(朝日文庫)

旅本というのは、一種の歴史書といえなくはなくて、ちょっと前の旅本は、旅のガイドブックやルポルタージュとしては使えなくなるのだが、歴史的なドキュメントとしては、直に経験した人が書き記しているものだけに、妙な迫真性と懐かしさをもたらしてくれる。

この「12万円で世界を歩く」も、そんな位置関係になってしまった本で、実際の旅は1988年から1989年にかけてなので、昔の旅本でお馴染みの中国の「服務員」さんも健在だし、香港は返還されていないし、インドはIT大国とはほど遠いし、社会主義国も元気だ。

収録は

「バンコクから尻にアセモの二千キロ。赤道には白線が引いてあった」

「高度四千メートルめざすヒマラヤ・トレッキング。ヒルの森にヒルむ」

「韓国をぐるーっと一周バスの旅。かかった費用は五万七千二百一円」

「神戸から船に乗り続けて十三日。長江(揚子江)の終点にたどり着く」

「ついにニューヨーク到着。アメリカ大陸、一万二千二百キロ」

「北京発ベルリン行き列車、二十八日間世界一周」

「インド大陸を列車とバスで横断。ラダックに青空を見に行く」

「念願のカリブ海リゾート。キューバのドル払いアリ地獄に泣く」

「東シナ海、南シナ海、四つの中国めぐり。超たいくつクルージング」

「ロサンゼルスからひたすら北上。カナダ最北端、北極圏突入」

「タイ国境線をなぞる戸惑いの旅。気がついたら"密入国"」

「神戸からアテネ、一万五千四百七十二キロ。シルクロードを揺られぬく」

で、アジア、北アメリカ、ヨーロッパと幅広い。

趣向は、十二万円でどこまで行って帰ってこれるか(当然、交通費と滞在費と合わせて)というもので、それぞれの旅の最後に使ったお金の明細表がついているのも興味深いし、また1997年ぐらいに書かれたらしい、補筆がついているのだが、それすらもすでに歴史になっているところが二重に面白い。

その旅というのも、かなり充実しているようだ。
飛行機のチケットが、まだ高価な頃なので、交通費を除いた後は、そんなに資金に余裕があるわけではなく、貧乏旅ではあるのだが、中国の街で「オムレツ」を頼むとミンチ肉をはさんで中に野菜や香辛料をたっぷり入れた厚さ三センチ、幅十センチ四方の、見事な料理が百五十円ででてきたり、木浦の食堂では、キムチ、魚、肉、卵など十数種の料理とおまけに生のカニまでついて三百円の定食にありつけたり、アメリカにオイスターバーの生がきが一個五十セントだったり・・・。
食べ物の値段だけで比較するのもどうかとは思うが、それでも、なにかしら「豊かな」旅がおくれている印象なのが、羨ましくある。


さらには、もともとが一旅行12万円の使い切りなので、それぞれの旅で、贅沢か貧しいかの差が歴然としていて、その時の食事は、それこそとんでもない格差があるのだが、貧しいときの定番の食物が「カップラーメン」か「インスタントラーメン」というのも日本人の旅らしくて、なんともいい。

貧乏旅行記の走りとして、旅本好きであれば読んでおきたい一冊なのだが、残念ながら、私の住んでいるような辺境の田舎町では書店に見つからず、amazonで注文した。
辺境にいると、こんな時に、インターネットの偉大さと恩恵を感じるのである。

2007年7月15日日曜日

下川裕治「新・バンコク体験」(双葉文庫)

旅行記や滞在記というのは、ちょっと旅行のガイド本とは違う、少し昔を書いた歴史書といった愉しみかたをすべきものではないかと思っている。というのも、旅行ガイド誌などに掲載されてから時間を経過してから、単行本や文庫本にまとめられた形になったとき、その国ではすでに昔のできごとになってしまっているし、こちら側としても日本の状況も変わってしまっているからだ。
 
そういった意味で、1998年頃に初出された本書は、20世紀の最後のタイ、バンコクの一シーンを切り取ったものとして楽しむべきだろう。
この1998年当時、タイは通貨危機の最中にあったから、書中にもでてくるバイクタクシーの衰亡の話や、バンコクから渋滞が消えた話、そしてバンコクっ子がワインをありがたがるのをやめて、再びタイ・ウィスキーに回帰しはじめた話などは、再度、経済成長を開始し、アジアの工業国としての立場を確立している現代のタイでは、すでに過去の話となっているかもしれない。ただ、その「当時」をタイではなく日本ではあるが、共有していた人間として、その時代を再度ふりかえって妙になつかしくなるのは間違いない。
 

章立ては
 
「道端のバンコク」
「バスの迷宮」
「タイ料理の進化論」
「南国の時間」
 
の4章
 
今の「タイ」であるかどうかはわからないが、我々のイメージの中にある南国の「タイ」にぴったりした旅のエピソードを提供してくれるのは間違ない。
 
それは
 
タイのタクシーはメーター制が主流になっているが、ひとたびスコールとなると、昔の交渉制の料金体系に変わっていく
 
とか
 
タイの野菜は、厳しい陽射しと肥料ももらえない状態でないと、あの辛味はでない
 
といったエピソード群であり、タイに浸って長い筆者によって紡がれる安心して読める「タイ」である。

2007年5月26日土曜日

下川裕治「5万4千円でアジア大横断」(新潮文庫)

ひさびさの骨太バックパッカー旅行記というべきだろう。
以前は「タイ」、最近は「沖縄」と、放浪系というよりは定着系の旅行記が多かった下川裕治氏が、東京からトルコまでの27日間の、なんと15車中泊のバス旅行である。
 
この旅行をしたとき、筆者は51歳らしいのだが、そこは長年の旅で鍛えられているだけあって"元気"である。アームチェア・トラベラーの私など、爪の垢を煎じて飲まないといけない。
 
しかし、まあ、この観光もない、食事といったら、およそ風情といったものの感じられないバスターミナルの冷えたコロッケ、サモサとかうどんといった、ただ、ひたすら、憑かれたようにバスを乗り継いでいく旅に爽快感を感じてしまうのはなぜだろう。
そこは、旅が豪華で贅沢であればあるほど、しっくりこなくなる貧乏性もあるのかもしれないが、やはり、「旅行記」というものの根幹が、各地の観光スポットのレポートや、名物料理のレシピではなくて、「移動する」ということ、あるいは距離的、時間的な移動の周囲に発生するさまざまなログないしはノイズであるということなのであろう。
あるいは、そこで指向されているのが、一定の方向を目指す目的性というものでなく、日々、移動し、存在することによって生ずるさまざまなものを、「記録」していく、ということであるからかもしれない。
 
ま、こんな小理屈は置いといて、"バスタブの湯の色が、中国では1週間で真っ黒になるが、インドではわずか1日の旅で真っ黒になる"とか"18年前は地獄の振動バスであったイランのバスが今では、非常に快適なバスの生まれ変わっている"とか、"インドには豪華長距離バスというものが存在しない、長距離の路線バスがあるだけだ"とか、この種の旅行記には必須である旅の一つ話の類もきっちりと載せられている。
 
ひさびさに貧乏旅行記が読みたいなー、というときにお薦め。

以前、読んだ貧乏旅行記のはしばしを思い出させてもくれる旅行記である。

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2006年9月6日水曜日

下川裕治「沖縄にとろける」(双葉文庫)

今回も下川さんの沖縄本をとりあげよう。下川さんといえば、東南アジア、とりわけタイやミャンマー、ラオスあたりの旅本が多いのだが、最近は「オキナワ」ものも増えてきた。
 
この本を読んだらわかるのだが、タイ入りするときも最近は那覇経由で行くぐらいの「沖縄フリーク」になっているらしい。
 
もっとも、「沖縄フリーク」といってもスキューバをやったり、釣りをしたりといった類ではなく市場や夜の街をうろついたり、ぼんやりと短いながらも島暮らしをしたりといった、ダラダラ系である。
 
本書の収録は
 
「沖縄カツ丼はチャンポンだったか」
「インスタントラーメンを食べにいく」
「沖縄式自動販売機、裏街道をゆく」
 
 
「南の島のサービス論」
「ルートビアお替わり自由という愛の踏み絵」
「歩かないウチナーンチュとの虚しい戦い」
「非合法島豆腐、沖縄の島々に君臨す」
「放っておいてくれない居酒屋物語」
「沖縄式ビーチパーティーの顛末」
「頼りない男たちのいるビーチ」 
「宮古島に敷かれる泡盛本位制」
「カビの匂いを求めて那覇ホテル放浪記」
「風の島・沖縄の石敢當」
「沖縄そばを食べてアジアに向かう」
 
の14編
 
いずれも、ダラダラ、フワフワ、ノンビリといった形容詞が読むと頭に浮かんでくるエッセーである。
 

例えば
 
野菜炒めの中に長さ3センチほどに切ったポーク(ここのところで「ポーク」と書いてあるのは、豚肉を英語で言ったものではなく、あの沖縄のシンボル「ポークランチョンミート」の略なんだろう。<ブログ管理人>)や豚肉と一緒にトンカツも入ったものをご飯の上にのっけた本土に比べ二回りほど大きな器にテンコ盛りされた「カツ丼」(しかも、沖縄そば付き)に遭遇して、一体これはどういうジャンルの料理なんだと悩みながらも、その具の野菜がいつも内容が違うということに驚かないウチナーンチュの話に、頭がぐちゃぐちゃになったり
 
 
灯りも消え、ひっそりと夜の暗闇の中に死んだように鎮座しながら、お金をいれると深夜でもきっちり動いてくれる酒類の自動販売機に、日本の一部ではありながら、その独自性を失わない「オキナワ」のしたたかさを見たり、
 
 
宮古そばを頼むとカツ一枚とヤクルトがもれなくついてくる宮古島の「大衆食堂」(本書によると「大衆食堂」という名の食堂らしい)や野菜チャンプルーを頼むとご飯と味噌汁、そして、たっぷりの「マグロの中落ち」がついてくる那覇漁港の「まぐろ屋」という飯屋などなどの巨食系の沖縄のサービスについて「サービスだよ。貧しい時代はもういやだからさー。少しでもたくさん食べてほしいから、ついつい多くなってしまうわけさー」と語る食堂の親父の言葉に、島の温かさと島の歴史の片鱗を窺ってみたりする。
 
 
そのほかにも、いくら近距離でも歩こうとしないウチナーンチューの車好きや、島豆腐の作る時のニガリというか海水の扱いや非合法でありながら世間的には合法な白タクや一人で飲んでいても回りからウチナーンチューがあれこれ話しかけてきて、最後は酒盛りになってしまう沖縄の居酒屋など、ちょっと「日本」というものからはみだしてしまう「オキナワ」というものに驚きながらも、いつのまにかそれに慣れ、とっぷんと浸ってしまう筆者の姿が、いつしか自分にオーバーラップしてくるあたり、「沖縄病」のウィルスが感染してきているのだろう。
 
失業者が多いとか熱帯特有の病があるとかいろいろ言われても、「オキナワ」という言葉を聞くと、なにかしら南国特有の温かく、ゆったりとした風と太陽を感じてしまうのは私だけではないだろうし、理由もなくそう思わせてしまうのが、沖縄もその一つである「南国」というものの魅力であり、魔力なのだろう。
 
ちょっと、疲れた時にお薦めの「オキナワ本」である。

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2006年7月23日日曜日

下川裕治・篠原 章「沖縄ナンクル読本」(講談社文庫)

沖縄病患者による、軽症から重症までの沖縄病患者のための、沖縄の本、といっていいのかな。
下川裕治さんは、「タイ病」か「カンボジア病」かと思っていたが、どうも「南国病」らしい。
下川裕治さんや篠原 章さんなどの沖縄もこよなく愛する人たちによるアンソロジーである。
構成は
第1章 沖縄ミステリーワールド
第2章 沖縄暮らし
第3章 オバァという宇宙
第4章 那覇・コザ二都物語
第5章 島酒に酔いしれる
第6章 沖縄B級料理指南&大衆食堂の考察
第7章 音の島、歌の島
第8章 私的ウチナーグチ辞典
第9章 沖縄~昨日・今日・明日
の9章立て。
このほかにも、あれこれとPhotoやTipsのようなものは、散りばめられているので、沖縄好きにはたまらないんだろうなーと思う。
残念ながら、私の場合、沖縄は十数年前に一回行ったことがあるだけで、沖縄病患者とは言い難い。
しかも、その時も雨男の才能を十分に発揮して、沖縄民族村の見物をしていた最中に大雨。
それでも構わずにハブとマングースの闘いを見ている最中に後ろの土が崩れ落ちてきて、連れが階段席を転げ落ちてハブにぶつかりそうになる。
どうにか、出口に着いたら、外はごうごうと水が流れていて、レンタカーが冠水の危機・・・といった具合であった。
でもまあ、ソーキそばとかラフテーとか泡盛とか、しっかり食していたのだから、「沖縄嫌い」というわけではない。むしろ、ほのかに「沖縄」の恋心を寄せるってな風情かな。
でも、周りを見ても「沖縄嫌い」っていうのは、あんまり見かけないような気がして、ここらが「沖縄」の徳のなせる業なのだろう。

で、この本でも、「オバァという宇宙」と「沖縄B級料理指南&大衆食堂の考察」のあたりが、一番の好み。
「オバァという宇宙」にでてくる「オバァ酒場」というのは60歳から70歳にかけてのホステスさんが大半を占め、妙に値段が安く、客と店の人との距離がとんでもなく近く・・・とにかく「オバァ」の経営するスナックやバーである。
まあ、こうした店も本土にもいくつかあるが、どうも、沖縄では「あちこちに、うようよと存在」しているらしいのである。
で、どうもこの傾向、沖縄だけではないらしい。沖縄から韓国、台湾、中国に広がる大オバァ・エリアが存在しているらしいのである。
うーむ、なんか怖いな・・・
といったところで、話を変えて「沖縄B級グルメ・・・」
ここに出てくるB級ぶりはいいなー。
いわくポーク玉子トースト・ハワイおじさん風、豚肉フェジョアーダから始まり、500円で腹一杯食べられる食堂での
丼飯にフライドチキンと野菜炒めののった「親子丼」
皿の御飯に野菜炒めののった「チャンポン」、しかもその高さが半端ではない
なんだかよくわからない「焼き肉炒め」
刺身と卵焼きのついた「そーめん定食」と刺身と御飯とスープまでついてくる「そーめんチャンプルー定食」
といった大衆料理の数々
そして極めつけは、「サッポロ一番みそラーメン」や「チャルメラ」「チキンラーメン」など豊富な種類の中から選べる「インスタントラーメン」というメニュー
トンでもチキンでもなく中身がなくて、カツでフライの「カツフライ」
うーむ、沖縄は底が深い・・・。
てな感じで、まるごと一冊、「沖縄」が楽しめてしまう旅本である。
この本の後遺症は、「沖縄」に行きたくなってしまうことかな・・・

2006年7月19日水曜日

下川裕治「週末アジアに行ってきます」(講談社文庫)

この本の最初、「はじめに」の項で、筆者の下川裕治は、こんな風な呟きを記している。
 
 
五年ほど前からだろうか。僕は仕事で出向くたびの日々のなかに、ぽっかりと空いた一日をつくることを試みることにした。
 
僕の仕事はカメラマンと同行することが多い。彼らには悪いが、旅の最後の一日は自分の旅にあてようとした。・・・ようやく手に入れた秘密の一日ー。そんなときはまず、バス停か市内電車の駅に向かう。いままで乗ったことのない路線を選び、知らない町まで行ってみる。あてもなくひとつの角を曲がり、あの先にはなにがあるだろう・・・と進んでいく。僕は旅先ではよく歩くほうだが、二、三時間もするとさすがに疲れる。休みがてらにそば屋に入り、隣でおじさんが食べている麺を指さしてみる。夕暮れ時なら一杯のビールだろうか。
 
 
もう少し時間がとれれば、一泊二日の旅に出ることにしている。先日もバンコクの仕事が終わり、翌日の飛行機でラオスのビエンチャンに出かけた。
 
 
明日はバンコクに戻り、その翌日には東京に戻っているのだが、それまでの時間、アジアに身を任せることができれば、僕は少しだけアジアの空気を体に吹き込ませることができた。
 
 
そんな旅を何回か続けているうちに、僕自身への旅は、日本で働く人々にとっては、「アジアの週末旅」になることに気がついた。 
 
 

それは、アジアへの旅が今までのように自由でなくなって、いろんな拘束(国家的な意味ではなく、社会的な、年齢的な制約や拘束)をもつ中で、できる限り自由を求める筆者の呟きを現しているようで、ちょっと時間の流れを感じてしまう。そういえば、以前の下川さんの著作は、もっといい加減なところがあったよなー、と感慨にしばしふける。 
 
 
とはいいながら、そこはプロの旅人。旅への思いは半端ではないから、時代が経過したならしたなりに、「アジア」を描き出してくれる。 
 
収録は 
 
一章目が「バンコクから足をのばす東南アジア週末旅」 
 
・バスで2時間の距離を二日がかりで走る寛容列車旅(バンコク・ウォンウェンヤイからメークロンへ) 
・カンボジアの車と悪路で蘇るバックパッカーの旅心(カンボジア・パイリン) 
・人と人との間に突き刺さるものがない町(ラオス・ルアンバパン) 
・物乞いの圧力にさらされてこそわかる仏教徒の「謙譲」(バングラデシュ・コックスバザール) 
・中国国民党の老兵たちが待ち続けた出撃命令(タイ・メーサロン) 
・バスに揺られて七時間。コーヒーの花の抗体をつくりにいく(ベトナム・パントメート) 
 
二章目が「お隣アジアへの週末旅」 
 
・気まぐれ無賃無賃乗船で訪ねた島は、夜になると港町が出現する(韓国・ピグム島) 
・懐かし中国夜行列車で訪ねる国境で出会う北朝鮮(中国・丹東) 
・幾重にもねじれた台湾の密輸島(台湾・金門島) 
・年に一回のテレサ・テンの墓参りを去年は実現できなかった(台湾・金山) 
・沖縄宿と街歩きで深みにはまって(日本・沖縄) 
 
(番外編) 
 
・巨木の森で寡黙に浸るアメリカ式キャンプの仄暗い快感(アメリカ・ロサンゼルス) 
 
である。 
 
 
で、語られるアジア、あるいは週末旅といったら 
 
駅のホームの上に自分の家を作ったり、運行本数の少ないのをいいことに線路の上に次々とパラソルを開き、野菜や魚を並べ露天市場を始めたりするタイの田舎町の風景であり、 
 
ピックアップトラックの荷台で国境を目指すが、途中で車のシャフトが折れて断念せざるをえない、カンボジアの旅であり、 
 
コンピュータにフライト時刻はでてくるがその空港のある都市まで行かないと予約はできず、おまけに欠航は当り前で、本当のフライトスケジュールは前日にならないと決まらない国内線の話であったり 
 
中国本土から追われながらも、まだ台湾の国民党政府から出撃の命令を待っている分派がタイの山中に町をつくっていたり、 
 
どこから見てもアジアらしいアジアばかりなのである。 
 
第二章は、近くの国への週末旅。韓国、中国、台湾そして北朝鮮である。 
タイやカンボジアなどに比べ、距離も短く、時間もたっぷりとれる近場の旅が物語られる。 
 
それはアジアの歌姫であるとともに日本人の情感を「もっともうまく歌いあげていたテレサ・テンの墓参りであり、無邪気ともいえる北朝鮮の娘が働く、国境近くの中国の酒場であり、テーブルがどんどん物置になってしまい、住居の方まで食堂が広がってきている沖縄の食堂である。 
 
そして、日本の近くの国とはいっても、ここにはやはり、アジア的な猥雑さが顔を覗かせている。 
 
そうした「アジア」の香りというか匂いに、どことなく安心して、ちょっと肌に粘り着くような空気の感触を漂わせるであろう旅に憧れてしまうのは、私だけだろうか。 
 
また、アジアへの旅をしたくなってきたなー。

2005年12月11日日曜日

下川裕治 「バンコク下町暮らし」(徳間文庫)

筆者がバンコクに語学留学した時の暮らしのあれこれ。
とはいっても、今回の留学は一人きりでのバンコク滞在ではなく、奥さんと二人の娘さんを同行した家族連れの留学だから、暮らしぶりも、今までの貧乏旅行とは違ってくる。

生活するところも、バックッパッカー愛用の安宿というわけにはいかないし、一日中、家の中に閉じ込めておくわけにはいかないし、子供のことだから病気もする。暮らしも多面的に、その地と濃く関わったものにならざるをえない。

この娘さんたちが通うことになる幼稚園のエピソードの数々が、この本を読んでの収穫の一つ。

例えば、2歳以上しか預からないとなっているのに、一人で通園してくるのは可愛そうだからと1歳の妹も入園できたり、

通園してくる時間は7時半から9時半まで、園児によってさまざまだったり、

パジャマのままでも通園できたり

結構、自由というかいい加減なのだ。

それと、もう一つが、タイの子供たちの暮らしにも、日本が色濃く入っていること。
それは「アニメ」。
タイの若い人の中には「キャンディキャンディ」を見て育った人も多いらしいし(このアニメを知っている人は、日本では結構年配かもしれないが)、ドラゴンボールが大人気だったり
(そういえば、台湾のホテルでTVを見ていたら、日本語のアニソンが流れて驚いたことがあったなー)

日本のアニメは偉大だなー、と感心しきり。そういえば、世界に通用する日本の文化は、カブキ、スモウ、そしてアニメだ、といった話もあったような。

普通、旅行記や滞在記といえば、貧乏旅行であったり求道的な旅行であったり若気の至り的なものが多いのだが、この本は、普通の日本人一家が、普通にバンコクで、普通に暮らした、ちょっとほっとするバンコク滞在記である。

下川裕治 「ホテルバンコクにようこそ」(双葉文庫)

バンコクはおろかタイに一歩も踏み入れたことがない私が、タイって良さげだよねーっ(これって方言ないしは地方語か)て思ってるのは、下川さんの著作によるところって大きいと思う。

といったところで、第1章から、下川さんが回想をはじめちゃっているのである。

自分が初めてタイに来た時は、ドーン・ムアング空港はなくてタクシードライバーが客引きにごったがえしていた風景は今はないが、タクシードライバーはそれなりにしたたか、とか微笑みが象徴だったバンコクっ子から微笑が消えていってしまってる、とかとんでもなく辛いのが当たり前だったトム・ヤム・クンの辛さが丸くなっている、とか・・・

ということで、この一冊は、バンコク旅行あるいはバンコク滞在の手練の下川さんが昔と今のバンコク紀行を綴ってくれていると思って読もう。

収録されている話題はいろいろ、ソンクラーン(水祭り)の話とか、ビーの話とか

あとがきに筆者が書いているが、旅行者としてではなく、もっとディープにタイにはまり込もうとする人に向けた意図で書かれたもののようだが、タイの今昔を知る一冊と考えてもよいのではないか。

下川裕治 「バンコクに惑う」(双葉文庫)

日本海側のちょっと雪の多い地域に住んでいるせいか、冬になると南国の話が読みたくなる。モノトーンな冬景色にちょっと飽きて、カラーの風景を見たくなるという心境なのだろうか。

場所はとりあえず、タイのバンコクにしようかなー。

となれば、やはり下川裕治さんのバンコク本。

今回は、まず「バンコクに惑う」(双葉文庫)をチョイス。

バンコクと聞くと、ねっとりとまとわりつく暑さを連想してしまう。タイには今まで縁がなくて、一度もいったことがないのだが、なぜかインドなどと違って、優しい暑さの中で昼酒を飲んで汗をかきながら、ウトウトしている感じを連想する。

そんなバンコクの暮らしのTipsが描かれているのが、この一冊。

なぜ日本人や欧米人は、交通は混雑しているしごみごみしているバンコクに長期滞在、貧乏旅行者風にいうと「沈没」してしまうのかがバンコクの謎の一つ。

筆者は、バンコクという社会への入りやすさ、それはバンコクの人の人懐っこさと無関心さが、北のタイトな社会に疲れた人に心地よいのかと答えを出しているが、それは、かって金子光晴の時代の「上海」が果たしていた役割を、今では「バンコク」が果たしているということなのだろう。しかも、「くたびれた日常」に疲れた中年のオヤジだけでなく、若い男性もタイの女性の底抜けの明るさやのん気さに惚れ込み、女性は女性でタイの男性の優しさに惹かれる人が増えているらしい。

日本という「北」の文明の支配された国がもつ息苦しさから逃れてたがっている人が増えているということか。日本人は「北」に象徴される「文明」には向かないのだろうか?
といった「謎」の解決は、頭の隅っこにおいて置きながら、この本で語られるバンコクのいろんなあれこれを単純に楽しむのが、こうした旅行本の楽しみ方の一つ。

しかし、どうやら、バンコクも筆者が好んで溺れていた時代から、ゆっくりと「北」の文明へと変わっていっているような印象を受ける。

交通渋滞を解決するための電車の架線工事がかえって渋滞を悪化させたり、バイクのヘルメット着用を強化したが必要な数にヘルメットが足りなくて法律の実効を延期したりする政府のいいかげんさといったことは変わっていないのだが、辛いものがたべられなくなっているタイ人が出現したり、賃金が高くなって外国企業が撤退したり、交渉ごとで料金が決まっていたタクシーに料金メーターがついたり・・。

楽園もいつまでも楽園ではない、ということか

下川裕治 「アジアの困ったちゃん」(徳間文庫)

アジアのちよっと愉快な人たちの話にふれたくて、下川裕治さんの「アジアの困ったちゃん」を開く。

タイのパッポンで女装して客引きして家族を養っている男(この人オカマではないらしい。しかも本物のオカマとの競争に負けてこの商売から撤退するらしい)や観光客のテーブルのそばに立って、客が食べ飽きたとみると早速手を伸ばしてくる上海のホームレス。自動車教習所の車を停めて近くまで乗せろという沖縄のアバアや信号にかまわず横断する台湾のオバア などなど

いろんな「困ったちゃん」というか、かなりずうずうしい、こりない面々がいるものである。しかし、こうしたずうずうしさが、人間関係の暖かさに繋がってしまっているのがアジアの複雑さか。
筆者の娘さんが保育園に通っていた頃、フィリピンの子供がいて遠足に大きなリュックをもってくる。中には数十個のおにぎりとたくさんのおかず。お母さんが皆で食べろ、と持たせたらしい、といった話には、血縁の家族と隣人の区分けが明確でない、近くに住んでいる人は皆兄弟、といったアジアの地縁社会が窺える。

おそらくアメリカナイズされたビジネスライクの人間関係ではでてこない話が多数。

きっと日本人の男でタイやフィリピンに沈没してしまうのは、こうした地縁の暖かさに溺れてしまうからだろう。

日本人は別格とかいうとそうではない。
第2章では、タイ人に翻弄されたり、翻弄したりしている日本人の人生相談が満載。日本人も十分「アジアの困ったちゃん」なのだ。

バンコクをはじめとするアジアの人や日本人のいろいろな人間模様を楽しみたい人向けの一冊。

2005年12月7日水曜日

下川裕治ほか 「アジア大バザール」(講談社文庫)

アジアといっても様々な地域があり、旅をする人によって、あるいは会う人によって、アジアのせる顔はさまざま。甘かったり、しょっぱかったり。そんな気持ちで、「下川裕治ほか 「アジア大バザール」(講談社文庫)」を読む。

アジアの旅行記のアンソロジーである
収録は「アジアの魂・コックスバザールへ(下川裕治)」「マニラの鼠(浜なつ子)」「パリの近藤紘一(神田憲行)」「隣国再訪(素樹文生)」「ラクシュミーが宿る家(西岡直樹)」「十歳の花嫁、ナスパー(森川庚一)」「竹富島ブラック&ブルー(戸澤裕司)」「イエメン物語(阿部稔哉)「食は広州にあった(岸本葉子)」「モンゴルのバックパッカー(駒村尚三)」「海の上の熱帯雨林・スラバヤ~マカッサルへの旅(門田 修)」「ぼくたちの沖縄~どんととの約束(篠原 章)」「チャンプルーの真実(中村清司)」「まんぷくアジアノート(浜井幸子)」「アジア医者出世(田中維佳)」「なんてことしてくれるんだ南アジア(宮田珠己)」「極東アジア北海道からガラナ・排雪・ジンギスカン(大倉 直)」「バンコク・バルゴワ散歩(山田 均)」「すったもんだの雲南国境紀行(石川 清)」「東京で遊ぶアジア(春田 実)」の21編。

とりあげられている国はバングラデシュ、タイ、フィリピン、韓国、ベトナム、インド、イエメン、中国・・・・、書いている人も下川裕治、浜なつ子、岸本葉子など旅本作家の有名どころばかり。まさしくアジア旅行記の大バザール状態の本である。

そして、書き手が様々であるのと同じく、アジアの国も様々である。

日本への屈折した思いを抱えながら日本人の青年とナンパをする韓国の青年から持参金を出さないことを条件に口減らしのように嫁に出される12歳の東ベンガルの少女。

青唐辛子のペーストの砂まじりのロティしかないベンガルからタイ・ベトナムの涎のでそうな屋台の料理や実は炒める素材のバリエーションの違いでしかないチャンプルー料理

しかもこの大バザールには、沖縄と北海道もちゃんと入っているのが嬉しい。どうかするとアジアといいながら、日本にことはなにか別世界のように扱う旅本もあるのに、「どう着飾ったって、あんたはアジア人よ」とばかりに、アジアの一世界として日本を扱っているこの本の態度は好ましい。

この本にはアジアがある。豊かなアジアから貧しいアジアまで、愉快なアジアから哀しいアジアまで。まるごとアジアだ・・・

下川裕治「アジア迷走紀行」(徳間文庫)

「変わりゆくバックパッカー」「新・アジア食事情」「ちょっとおまぬけ、アジアン・ビジネス」「アジア人間模様」「それでも僕は旅をする」の5章からなるおなじみ下川裕治さんのアジア本 「アジア迷走紀行」(徳間文庫)である。。2001年にこの文庫本用に書き下ろされたもの。

「変わり行くバックパッカー」では、日本を旅するかのように無防備にカオサンにやってくる若者、「ここは楽だから」という理由で移住してしまう女性。筆者とは肌合いが違ってしまった、最近の「アジアの旅人」の姿が語られるし、「新・アジア食事情」では」ゆっくりと食べることが美徳だったタイで、日本のラーメンライスのようなクィッティオライスが登場したり、食べ放題の店が流行している様子が出てくる。

何か筆者が自分の付き合い始めた頃のアジアと様変わりしていく姿にとまどっているような印象を受けるがそんな筆者の思いをよそに「アジア」は、まだ元気なのである。ただ乗りの弁当注文とりが出現するタイの地下鉄や、子供ができると頼りにならない男を尻目に生活力のでてくるアジアの女性。ミャンマーの女性の度を過ぎたような美白願望。アジアは、まだまだ多様で活気に溢れている。

そして最終章「それでも僕は旅をする」である。

煙草喫がどんどん阻害されても禁煙しなかったり、貧乏旅行でなくても安宿に泊まりたがったり、タイのガイドブックづくりに参加していながら、タイの料理店にはメニューは必要ないとか言ったり、まだまだ、貧乏旅行者魂は筋金入りである。

きっと、今も、タイの街角を、この人は歩いているのではなかろうか。

2005年11月11日金曜日

下川裕治 「アジア極楽旅行」(徳間文庫)

「アジアの旅の十二カ条」「アジアと日本の新しい関係」「日本と関わるアジア人物語」「激揺するアジア」の4章。


アジアの旅の12か条、当然バックパッカーを中心とした貧乏旅行の心得だが

・ホテルではウンコをしない(ホテル内だけの水洗なので逆流したり、あふれたり・・・)
・駅前ティッシュを持参する・・紙で尻を拭く文化になれていない(手と水で処理)ので紙がなかったり、あっても紙が硬かったり。

・$の現金をもっていく・・・貧乏旅行者が出入りするようなところでは、トラベラーズチェックやクレジットカードは使えない。もう一つはヤミ両替は現金でないとダメなこと
・貧乏旅行者は女(男)を買わない・・・ことに及ぶ時、貴重品(金、パスポートなど)の置き場に困る
・車の免許をもたない・・アジアの車の整備状況、故障の多さ、交通事情の悪さを考えると最初から免許をもたない方が悩まない
・アジアではすべての動力車がタクシーである・・・アジアではエンジンのついている車はすべてタクシーになる。バスや乗用車だけでなく、トラックもなるし、バイクだって立派なタクシーに変貌。おまけに営業をはじめるのに、車以外の資本は必要ないから、誰でも始められる商売。
・中国人は寒さにめちゃめちゃ強い(雪の積もった道端でも寝られるぐらいだそうだ。おかげで、かなり高級なホテルでも暖房が入らないことになり、ヤワな日本人は凍えてしまうことになる)

などなどが披露されている。中には「アジアでは喫煙者の人権はない」など、いつの間にか、日本でも同じような状態になっていることもあり、時代の変化を感じさせられるが、貧乏旅行の姿を垣間見る思いがする。

「アジアと日本の新しい関係」では、日本の風習や物とアジアとの微妙な関係が語られる。日本のペイントのまま走っているラングーンの中古バスや、タイの鍋料理(いわゆるタイスキ)や香港の鍋料理にも卵がいれられようになったことや中国ではカップヌードルと魚肉ソーセージが定番のセットになっていることなど。また、トイレットペーパーの三角折は、出稼ぎにきていた東南アジアの女性が広めたのでは、といった話まで広がる。日本もアジアの一部分であることを痛感させられる。
また「日本と関わるアジア人の物語」では、日本に留学しながらビルマへ帰国せざるをえなかった青年や、出稼ぎ先の日本のタイ人スナックでエイズにかかってしまったタイ人青年の話など、少しゆがんだ形で構築されていた日本とアジア。そして、最後の章「激揺するアジア」ではそうしたこと無視するかのように、おおきく変わっていくアジア、経済発展が人々の暮らしを飲み込んでいく上海と中国本土へ返還される香港。また、大国中国とベトナムの間で、行き方の定まらないビルマとカンボジアの姿が描かれる。

バブル崩壊後、アジア経済の羅針盤は日本だけではなくなって久しいが、アジアはいやおうなしに変化していっていることを感じさせられる。

2005年11月1日火曜日

下川裕治 「アジア漂流紀行」(徳間文庫)

「味わい深いアジアン・ホテル」「アジア バス事情」「アジア・ディープ・ウオッチ」「アジア鍋行脚」「アジア屋台めぐり」「アジア駅弁事情」の7篇。

「味わい深いアジアン・ホテル」では、年齢から、いわゆるバップパッカー専門の安宿から、街中の中流ホテルへ泊まるところを格上げせざるをえなかった(といっても、10米$から20~30米$へあがった程度だが)筆者が、アジアのホテルについて語る。といっても、部屋着とパジャマの区別のないアジアの宿泊客(といっても最近は、ホテルの部屋やその近辺をスェットですます人も多いから、日本も一緒だよね)やホテルの部屋が自分の部屋と同じになりがちなホテルの従業員のおばちゃんたちなどたわいのないお話が語られる。

人が乗ればバス、荷物が載ればトラックというアジアのトラックバスやバスや列車のチケットの購入が一日の一台仕事となってしまうバックパッカーの暇さ加減とチケット入手の劣悪さ(アジアバス事情)

日本の若い人は怠け者で勉強しないから使えないという不法滞在のアジア人の雇われ店長、夕日が嫌いなビルマ人、飲茶を忙しく食べながら、同時に忙しく商談する香港人、一見、のんびりそうに見えて激すると、とことんまでいってしまうタイ人など、いろんなアジア人の横顔(アジア・ディープ・ウォッチ)

アジアの共通の料理方法といってもよい鍋料理。最初は韓国のふぐ、ラーメンチゲから始まり、中国のウィグルで鍋料理をぼられたり、香港で、食べ方がわからず、屋台のおばちゃにレクチャーを受けたり、(アジア鍋行脚)、この手のバックパッカーものでは珍しくけして上等とはいえないアジアの酒の話が語られる(アジアの酒行脚)。

やはり圧巻は食べ物の話。さすがに東南アジアにどっぷりとつかていた筆者なので、屋台の料理にかけるウンチクはすごい。ほかの屋台からの持ち込みも自由で、おまけにいろんな種類の屋台があるから、朝飯から晩飯まで、どころか、おやつまで対応可能な屋台にかける筆者の愛情はただものではない。おまけにここで語られる麺は言うに及ばずパンにいたるまでの食べ物はやけに旨そうだし(アジア屋台事情)、引き続く、駅弁の話もgood。
丼をそのまま届けてくれるベトナムや、カップラーメンと魚肉ソーセージがセットになっている中国のお手軽駅弁。英国風がそのまま生きづくインドの長距離列車の食堂車配達の豪華カレー弁当など(アジア駅弁行脚)。

旅本の醍醐味は、ちょっと変わった風習と食べ物だよなーとあらためて思う一冊。

2005年10月5日水曜日

下川裕治「アジアの旅人」(講談社文庫)

下川裕治さんお得意の東南アジア諸国の旅行記、滞在記。この人が東南アジア、特にタイについて書いたものは、東南アジアの川のように、とろりとした雰囲気が漂ってくる。それは、この人が、しっかりとタイの人々や風物への愛情を持っていせいだろう。どこでも寝てしまうリキシャの親父や、混雑がひどいにもかかわらずマイカーを使い続けるタイの人たちへの目線が非常に暖かい。


また、第2章ではタイだけでなく周辺の地域(ラオス、バリなど)についても広げられていく。それぞれに事情は違っているが、やはりそこはアジア。たくましく、そしてどこかルーズなエピソードがあふれている。たくましいといえば、「明日(買う)ね」といった著者に「明日、買うといったじゃないか、さあ買え」とタバコを売りつけてしまうおばさんのたくましさには笑ってしまう。(アラビアでも「ボークラ」(明日)といえばしつこい商人も退散するというのに、ベトナムのおばさんは、それを上回るわけだ。もっとも著者は路上売りの掟破りといっているが)

続く第3章では、アジアにおける牛肉と豚肉と犬肉のうまさの比較、ヤシの木の汁を原材料にした幻の「ヤシ酒」、水害に悩まされながらも水と縁の深いタイの人々の暮らし、そして、日本の中の東南アジアといえる「沖縄」について語られる。

東南アジアの旅行記として、安心して楽しめる一冊。章間のコラムや写真も楽しい。特にチャーハンや麺類などの食べ物の写真は、どれも美味しそうで食べたくなるのは私だけだろうか。

下川裕治 「アジアの友人」(講談社文庫)

「アジアの誘惑」に続く第2編。

今回の著書は、アジア特にバンコクにおける、気楽そうな現地の人たちとのやりとりだけでなく、タイ人の日本での不法滞在という陰の部分についても及んでいる。

アジア、特にタイに関わってきた著者の昔から今めでの鳥瞰ができる一冊。
途中、旅で出会った特色ある人や物事を書いたコラムも、非常に面白く、お薦め。

第1章では
売り手と買い手の間の交渉価格が値段であって、定価というもののないアジアの物の値段、と金持ちはたくさん払うべきだというアジアの二重価格の根底にあるはなはだしい貧富の差。香港の重慶マンション(たくさんの旅行記でおなじみのバックパッカーのメッカ)の昔の思い出と香港返還の重慶マンションの様子。アジアでは、やたら眠りたくなるという著者のアジアでの昼寝へのこだわりの話しなど。
そして、この後の著者の沖縄への傾斜が垣間見えはじめている。

第2章では、一転して、日本におけるタイ人の話。
タイに深く関わり、そのため、日本へ不法滞在してしまうタイ人にも深く関わってしまった著者がと、賃金のピンはねや異国暮らしに疲れながらも、不法滞在し、強制送還され、
それでも金を稼ぐに日本にやってくるタイ人の姿が描かれる。(景気がよくて国際的な出稼ぎ場所だった頃の日本の姿として読んでもよいだろう)
タイ人の在日韓国人との結婚の話(「仁和とミカの結婚物語」)に、日本も複雑な国際社会であることに、ふと気づく。

第3章は、アジア、特にタイとの20年を振り返っての随想。外へ外へと向かっていた頃の日本を感じる。貧乏ではあったが、好奇心と元気にあふれていた時代。そして、ファッションや逃避のようにスーツケースを抱えてバンコクに沈没する今の時代の旅 など。