2008年11月30日日曜日

500系ひかり雑感

500系ひかりが引退するということで、今日はあちこちのTVで大賑わいである。
鉄道マニアではない私にとって、「500系」といわれてもピンとこないのだが、あの先の丸っこいの、と言われれば、ああ、と納得してしまうぐらい、あのデザインは「新幹線」の象徴でもある。
でも、インタビュー受けてた人とかも、鉄道マニアばかりではなくて、あの丸っこい新幹線に、自分の人生や、日本が向こう見ずに元気だった頃を重ね合わせているみたいですねー。
たしかに、おもちゃにしても「ひかり号」はいろんなバリエーションのものがでているし、きっと、子供たちが鉄道のおもちゃで、一番に接するのは「新幹線」のおもちゃだろう。そういう意味で、「ひかり号」はわが国の科学技術のシンボルのようなものでもあるわけだ。
そうしてみると、
アメリカのアポロや、フランスのコンコルドといった国を象徴するような技術が消えていくとき、どうかすると国の元気も失われていくことが多いのだが、今回の金融崩壊が、それかもしれない、なんてことを思ってみたりする。
まあ、何はともあれ、東京オリンピックの頃の技術が、今まで使われていたってことを寿ぐべきであって、どこかの国のマスコミの常道のように、あまり悲観的なことは、言わないこととしよう。
こうした技術を生み出した国であることを喜び、こうした技術が数多く誕生していくことを祈るとともに、時代をになう技術者たちに「期待!」である。

瀬戸山 玄「丹精で繁盛」(ちくま新書)

「丹精」という最近では、あまり聞かれなくなってしまった言葉に惹かれて、本書を開いた。
分類的にいえば、「モノづくり」の本である。しかも、単純に「工」に分類される「モノづくり」ではなく、日本人の精神の中に脈々と息づいている、「職人」的な「モノづくり」に携わる人たちの物語である。

本書の章立てによって紹介すると

「第1章 脱上式の引き金」では、地元のいわゆる雑魚を干物にしている(縄文干しという名らしい)干物業者

「第2章 消費者との距離」では、山間地で米作りと林業を営む農林家

「第3章 変化に立ち向かう気骨」は、造船業から鉄材をつくった斬新な建築施工を行う鉄材加工メーカー

「第4章 祝祭を運びこむ職人力」では、飛騨に本拠を置きながら、東京の流行の最先端のビルの内装を扱う左官集団

「第5章 物づくりの勇気」は、イタリアで評価されている、沈滞した老舗から蘇った岐阜の家具製造業者

がそれぞれ扱われている。

いずれも、個性あふれるモノづくりの担い手なのだが、共通しているのは、「丁寧さ」ということ。


「丁寧」というのは、その仕事ぶりや、相手をする消費者に対するものだけでなく、扱う「モノ」に対しても「丁寧」であるということで、例えば、

第1章の干物づくりでは、塩分を少なめにするために、魚の頭と内臓をとって、しかも天日で干さずに陰干しにし、業界の常識では、「バカでねいか」といわれても、「頭つきの干物は、塩分を相当強くしないと、焼いているうちに腹から臓物がでてきてしまうんだ」と頑固にやり方を守ったり、

第3章の鉄材加工メーカーの社長は「勉強はすごくできる20代や30代の若くて頭のよい設計士が、自分で汗した経験もほとんどないまま、どうのこうのいう。私に言わせれば、鉄五キロがどんな重さ、十キロならこんな重さといった実感も分からない設計士が多すぎる」

と主張を曲げない。

しかし、そこに流れるのは


少数はの物づくりに息づく「丹精」とはつまり、大勢に流されない勇気である


であり、


丹精がもつ暗黙のきまりや採算度外視ぶりが、いまどきの露骨な市場原理主義の経済にそぐわないので、もしや忘れられかけているのではあるまいか
 これにかわってやたら乱発されるようになるのが、「こだわり」という奇妙な流行語だ。本来、小さな事柄に執着して融通がきかないことをさす。そのせいか、こだわりという語感には「すごいだろう」という子どもじみた自己満足の匂いや、まるで水増し請求書を勝手に押し付けられたような、厚かましさがいつもなとわりつく。
 こだわりは狭く、丹精は広い。だから前者は金銭で顔色が移ろい、後者はすんなりと心に響く


という精神なのであろう。

こうした「丹精」の心が、金融崩壊の中で行き所を失っている「物作り」の一筋の光明になるのかもしれない。


最後に、「丹精」がその礎をなると信じて、本書から一節を引いて〆としよう。


一生懸命やっていると偶然が重なり、物事はどんどんよい方向へ進むみたいです。

2008年11月29日土曜日

リーナス・トーパルズ「それが僕には楽しかったから」(小学館)

Linuxの創始者、リーナス・トーパルズの半生記。彼が、PCにどう親しむようになって、どうやってUnixに出会い(この本ではミニックスとなっていて、どうやら、Unixの変形判に出会ったのが最初らしいね)、これをLinuxにつくりかえ、そしてアメリカに渡り、オープンソースの領袖となり、といった、今もなお現在進行形で進んでいるトーパルズの人生でもあり、Linuxの歩みでもある、間違いなく、情報工学の重要な歴史の流れが綴られている。

構成は

第1部 オタクの誕生
第2部 オペレーティング・システムの誕生
第3部 舞踏会の王

となっていて、第1部では、幼少期から大学時代までの間が、第2部ではLinuxの誕生、第3部では、アメリカのシリコンバレーに移住と、オープンソース運動が語られている。

しかし、リーナス・トーパルズの半生記を読みながら、つくづく思うのは、Linuxの創世が、こうした人物の手でよかったよな、ということである。FedoraやDebian、Ubuntu(和製ではVineというのもあるね)などなどの流れに別れてしまっているとはいえ、マイクロソフトのWindowsへ対抗しうる、ただ一つのOSが、仮に、ビル・ゲイツばりのビジネスにも長けた人物であったら、PCの普及も、もっと混迷をきたしていただろうし、フリーなオープンソースといった概念も生まれてこなかっただろう。
(もっとも、WindowsがすべてのPCのOSを支配している、というマイクロソフト長年の夢が叶っていたかもしれないが)

このオープンソースの「フリー」という概念は、非常に魅力的である。
当然、「無料」ということや「誰でも使える」という考えも魅力的なのだが、もうひとつの、ソースコードの公開の義務付けと、商用利用でなければ、誰でも改変ができるという概念は、「情報公開」と「参加の自由」というべきもので、これがPCのOSやアプリケーションに及ぼした影響は計りしれないものがある。
そのおかげで、数々のフリーソフトの恩恵に浴しているし、Googleの誕生も、オープンソースという考えが世になければ、数十年は遅れていたのではなかろうか。

ちょっと、話がとりとめがなくなってきたので、こうしたOSをつくる人間っていうのは、どんな人間なのか、いくつか引用しよう。

リーナス・トーパルズがLinuxを開発したときの暮らしぶりは


 ぼくは素晴らしい満足感を味わった。それは、その夏、コンピュータ意外、何もしなかったことを考えあわせると、とりわけ意義深いものに思われた。
 大げさなことを言ってるわけじゃない。フィンランドの四月から八月といえば、一年で一番いい季節なのだ。人々は多島海でセーリングしたり、ビーチで日光浴したり、夏の別荘でサウナを楽しんだりする。ところが、ぼくときたら、いまが夜なのか昼なのか、ウィークエンドなのかウィークデイか、まるでわかってなかった。れいの分厚い黒のカーテンが、ほとんど沈むことのない太陽から、つまり、外界からぼくを遮っていたのだ。ある日ーある夜かもーぼくはベッドから転がり出て、六十センチと離れていないコンピュータに取りついた。

ってな具合であるし、

12〜14歳の頃は、というと


 コンピュータにまさる楽しみはなかった。家でコンピュータに向かっていると、徹夜をしても平気だった。男の子はみんな毛布の下で<プレイボーイ>を読んで夜更かしをする。けれど、ぼくは<プレイボーイ>を読むかわりに寝たフリをして、ママが行ってしまうとベッドから跳び起きてコンピュータの前に座ったものだ。まだチャットがはやる以前のことだよ。
「リーナス、ご飯よ!」
 そう呼ばれても、部屋から出ないこともある。すると、母は友人のジャーナリストに、この子は維持費のかからない子でね、コンピュータと一緒に暗いクローゼットに入れておいて、時々ドライパスタを放り込んでやればそれで幸せなの、と話し出す。まあ、当たらずとも遠からずだ。

ってな具合だ。

うーむ、「オタク」色いっぱいですな。

2008年11月27日木曜日

吉越誠一郎「デッドライン仕事術」(祥伝社新書)

元トリンプ社長の吉越浩一郎氏の仕事の能率をアップさせて、時間外をなくす仕事のやり方を開陳したビジネス本。
トリンプ当時から、独特の仕事の進め方で、業績を上げてきた吉越氏の著作らしく、明解で、わかりやすいノウハウが満載である。
「デッドライン仕事術」とは簡単に言えば「就業時間も仕事も、すべてに明確な締切りを設定する」ということで、この締切りを意識して仕事をするからこそ、時間外もなくなり、能率も上がる、というものなのだが、よく読むと、単純にそれだけではないらしい。

例えば、締切りを意識し、守らせるために、会議で、かなり厳しく、ボトルネックになっているところを確認して、鞭をいれたり

時間外をなくす意識づけをするために、終業時になると、自動的に電気が切れるシステムを導入したり、

勤務に集中できる時間を確保するために、会社外からの電話を取り次がない時間を設定したり

などなど、「デッドライン」を守るために様々な工夫がされている。

たしかに「締切りを守れ」といったスローガンを叫んでいても、守られないのが「締切り」といったものだから、など「うんうん」と頷けるアドバイスも数々。

ところどころ「ワーク」と「ライフ」はまったく別物だ(この時の「ライフ」は私生活という意味らしい)や「社員教育」は無駄だなど、ちょっと欧米っぽすぎたり、過激過ぎるところがなきにしもあらずだが、かなりぐいぐいと引き込まれて読めるビジネス本である。

ただ、このうちの時間外禁止の話は、聞くところによると、吉越氏が社長の時は実行されていたが、社長が変わって、トリンプでも実行されなくなっている、という話を小耳にはさんだことがある。
変遷というものは、どこの世界にもあるものなのだ。まあ、そんなところを割引しても、ちょっとやってみようかな、と思わせるところの多いビジネス本であることには間違いない。

さらに、かなり論旨が明快なので、サクサク読めることも確かである。ちょっとした時間の合間に読むビジネス本としておすすめ。

2008年11月25日火曜日

魚のモツの煮付け

知り合いの魚屋さんからもらった。
ゲテモノではあるが、ちょっとした珍味である。
よく洗って、ショウガと醤油で煮付けるだけ。
どんな魚のモツなのかは知らないが、シコシコして歯ごたえがあり、肉のモツを食っているような食感である。


2008年11月24日月曜日

割り箸ゴム銃

息子が、この連休中に、ハマってしまった。これは、一作品。作り方を載せたサイトもあり、結構隠れたブームかもしれない。


2008年11月16日日曜日

ドバイよ、お前もか・・・

毎日JPの11月11日の記事にこんなのがでていた。

わずか半年前の「繁栄」が消えうせていた。ペルシャ湾岸のアラブ首長国連邦(UAE)で、オイルマネーを湯水のようにつぎ込み摩天楼の建設ラッシュが続いた金融センター・ドバイ。金融危機を引き金にUAE全体で60兆円規模に達する建設工事(計画を含む)が相次いでストップ、不動産市場では「売り手しか見つからない状態」(地元不動産会社)に落ち込んだ。
 ペルシャ湾でヤシの木の形をした人工島「パーム・ジュメイラ」の開発を手がけるなどドバイ繁栄物語の象徴だった政府系開発会社・ナキール社の経営破綻(はたん)説も流れる。同社の事情に詳しいガルフ・リサーチ・センターのエッカート・ウォルツ氏は「すでに工事は一部ストップしている」と指摘し、「大きすぎてつぶせないんだ」と危機の深刻さを語った。

ああ、ドバイも無傷ではなかったのねー、という感じで、アイスランドといい、ドバイといい、一頃の金融バブルやオイルマネーでわが世の春を謳歌していたところが、こんな具合の凋落するのを見ると、ありきたりの言葉だが、諸行無常といった感じが漂う。
もっとも、一時期とはいえここまで達することのできない国はたくさんあるし、アイスランドにしても、調子のいいときはEUの中でも、かなり強気に出ていて、それがためにイギリスの支援が受けられなかったのだ、といった話もあるから、単純な話ではないのだが、それにしても、まあ、といった感が強い。
一頃は、ドバイでは、日本のリンゴが1個1000円で売られている。珍しいものなら何でも売れる、といった具合で、わが国の農協やら貿易関係者やらも、懸命に売り込みに努めていたようだが、どうやら、ちょっと小休止といったところだろうか。
ただ、株の話ではないのだが、下がったところが買い時といった話やらがあるから、これから、こうした売り込みを全くやめてしまえば良いというわけにはいかないのが、難しいところではありますな。

2008年11月15日土曜日

Firefox 3.0でダウンロードができなくなった。

Firefox 3.0でファイルやアプリがダウンロードできないという現象に出くわした。
ダウンロードマネージャーは「ダウンロードが完了しました」というメッセージを出すのだが、どこを探してもファイルがない。
詳細に見ると、ダウンロードしている途中は、ダウンロードしているファイルがあるのだが、ダウンロードが完了したと同時に削除されているっぽい。
で、あちこちググッって、解決法を検索
MozillaZine.jpのこのページで発見したのだが、念のためメモしておく
Firefoxのロケーションバーに
about:config
を入力。
なにやら警告画面がでるが、かまわず実行。
そうすると、どひゃーっとメニューが表示されるので、中から
browser.download.manager.scanWhenDone
を探し出し。これをクリックして
false
に変える。
あとは、Firefoxを再起動すればダウンロードできるようになりました。

先人に多謝。

2008年11月8日土曜日

自家製カニどんぶり

松葉カニの本年ものが手に入った。
あらかたは、当然ゆでて、そのままいただくのだが、ちょっとイタズラ心を出して、息子にカニどんぶりをつくってやる。
なに、作り方は簡単。海苔をちぎってご飯に上に載せて、カニの身をほぐしたのに、わさびを少しいれた刺身醤油を垂らしてできあがり。


2008年11月3日月曜日

ラーメン大統領

連休で帰省していた娘を送って岡山へ。昼ご飯は、ラーメン大統領というところ。味は、かなり、こってり系だが、どことなく魚のダシの風味もただよい美味。追加のネギは、サービスで、ザルにどんと盛ってでてくる。赤く見えるのは、ニンニクとトウガラシの粉末で結構辛いのである。