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2011年4月24日日曜日

北村 薫 「玻璃の天」(文春文庫)

昭和初期の東京を舞台に女学校に通う令嬢とお付きの女性運転士のミステリーである、
ベッキーさんシリーズの第2弾。

収録は
「幻の橋」
「想夫連」
「玻璃の天」
の三作

時代は、戦争の臭いを漂わせ始めた昭和初期ということで、どことなくセピア色の懐かしさを漂わせながら、硝煙の臭いも混じってきている時代である。その時代の中で女学生時代を過ごす主人公の英子は健気で、まっすぐで、良い娘なんだよなー。このシリーズの本当の主役はベッキーさんかもしれないが、私は英子お嬢様の動きがなんとも元気で好きだな。

さて、収録作の様子はというと

「幻の橋」はお金持ちや格式のある旧家の子弟の通う女学校らしく、明治の時代に兄弟がけんか別れした二つの家の孫息子、孫娘の恋愛話。両家の和解の席で起きた浮世絵消失事件の謎解き。絵画の消失の謎が両家の不和の原因にまでつながっていく因縁の深さがちょっと怖い。この話の最後の方で、ベッキーさんの昔の秘密がちょっと明らかになるので注意。

「想夫連」は、主人公 英子が公家出身の華族のお嬢様の同級生、綾乃さんと仲良くなるのだが、彼女と始める仮名を使った手紙のやりとりを始めるのだが、しばらくしてその綾乃さんが行方しれずになる。綾乃の母親から渡された、仮名を使った封筒には、暗号らしき紙も入っていて・・・という展開。まあ、この主人公の英子さん、勢いは良いお嬢さんなのだが、ちょっと奥手のところがあるから、色恋の手引きの片棒を知らず知らず担がされてしまう典型だな。

作中に出る二人が仲良くなるきっかけとなるのがウェブスターの「あしなが おぢさん」なのだが、この表記がなんとも旧弊っぽくてよい

表題作の「玻璃の天」は兄と食事をした、銀座 資生堂パーラーで、財閥の大番頭の息子、末黒野氏に会ううところから始まる。再び末黒野に会った英子は、ひょんなことから末黒野の新築の屋敷の披露に招かれることとなる。その屋敷は、そのパーラーで見かけた末黒野の友人乾原の設計するものだったのだが、その披露の宴の時に転落事故が発生する。転落事故の犠牲になったのは、ベッキーさんとも因縁のあったような段倉という男だったのだが、その事故の陰にある謎とは、といったところで留めておこうか。


三作とも、時代の風情を反映してかちょっと重く、暗いところがあるのだが、陰鬱にならず、曇天であるのだが、一筋の陽の光が差し込んでいるように思えるのは、やはり、英子お嬢様の明るさかな。

2008年1月5日土曜日

北村 薫「街の灯」(文春文庫)

「円紫さんと私」シリーズ、「覆面作家」シリーズ以来、ひさびさに「かわいらしい」探偵さんの登場である。北村薫さんの、こうした、若くて、元気がよくて、そのくせ、いろんなことに気が回ってしまうお嬢さんの描きかたには、いつもながら、あれよあれよと乗せられてしまうのが常で、こうした女の子の活躍に思わず頬を緩めてしまうのは、年のせいだろうか。

収録は

「虚栄の市」
「銀座八丁」
「街の灯」

の3篇で、舞台は昭和初期の東京。主人公は、中堅の財閥のお嬢さんで、華族のかたがたも通う女学校(女子高ではないですよ。)の生徒、といった設定。
昭和初期といえば、そろそろ戦雲の影も見えてきたころで、暗殺事件をはじめ世相も明るくない、とうかむしろ暗い時代であるはずなのだが、当時も今もかわらないかもしれない女子学生の生活がそこかしこにはさまっている(おまけに、この主人公の家はお金持ちなので、生活苦はないしね)せいか、なにか、透明感のある明るさがただよっている短篇群である。

筋立は、こうした北村薫のシリーズらしく、新聞紙上の自らを埋めて死んでいた男の事件を推理する「虚栄の市」、兄の友人から投げかけられた、暗号をとく「銀座八丁」とおどろおどろしいものはない。それは、作中の、そこかしこに現れる、古き良き時代の、それも上流の家庭や社会のもつ、どことなく嘘くさくはあるが、上品な言葉や風合いといったものも影響しているのだろう。(女学校の朝の挨拶で、「ごきげんよう」と挨拶しあうなんて、その典型?)
身近な人物(といっても、友人の婚約相手の家の家庭教師なのだが)の殺人事件がおこる「街の灯」にしても、陰惨な場面はない(華族の家の、なんかどろどろしたものは垣間見えるとしてもね。それにしても、この娘の友人の「道子」さまという人、けっこうしたたかですよねー。<詳細は本編を読んでね>)。

できれば、もっとシリーズ化しないものかなー、と切望しているのだが、そうした話は聞かないのが残念。

あ、それと、一作目にでてくる、主人公の英子さんの専属運転士になる別宮さんは、このミステリの時代設定らしい言いかたをすれば「男装の麗人」っぽくて結構格好よいのである。

2006年6月25日日曜日

北村 薫「覆面作家の夢の家」(角川文庫)

"外弁慶"のお嬢さま 新妻千秋さんの登場する「覆面作家」シリーズもこれで最終巻。
推理世界の編集者 岡部了介とのコンビの息もぴったりあってきた感じだ。

収録は「覆面作家と謎の写真」「覆面作家、目白を呼ぶ」「覆面作家の夢の家」の三作。


まずは、「覆面作家と謎の写真」。このお話で、岡部了介の兄で刑事をやっている岡部祐介が、了介の「推理世界」のライバル誌、小説ワルツの編集者 静美奈子さんと結婚する運びとなる。

その会場「イワトビペンギン」で出会った、鳥飼さくらさん(この人も小説わるつの元編集者という設定だ)のもちこんだ事件。

事件の中身は、ディズニーランドへ友達で連れだって遊びにいって写真をとったが、その写真の一枚に、今はニューヨーク支社に転勤になっていて日本にいないはずの編集者の同僚が撮影されていたというもの。
まあ、ニューヨークに転勤した本人は生きているし、迷惑かけないなら生き霊ぐらいうっちゃっておけばよいのでは、と思うのだが、この謎を、お節介にもお嬢さまが解いてしまうという展開。

ネタばれは、昔の恋は今が幸せでも未練があるのね、というやつで、まあ、実害がないようであれば、こういうのは封じ込んでしまったほうがいい、とは私の勝手な感想。


第二話「覆面作家、目白を呼ぶ」は、「推理世界」の新人賞に応募してきた有望な作家候補に了介が会いにいくところから始まる。

なんでも、その新人作家、マルハナバチに詳しくて、それを使ったミステリーを書いたのだが、それは出来が良いのだが、その作家が自らが知悉しているジャンル以外で小説が書けそうかどうかを見定めに東北までいくことになった。ところが、その行った先で、その新人作家の今の勤務先(電気製品のチェーン店)の上司(主任さんだ)の車が、目の前でう山道から落ちて炎上するところに出くわす、というもの。

ネタばれは、ハチのアレルギーは死にいたることもある、ということと虻は蜂に似ているというあたり。

事件の謎解きももちろんだが、

トマトはマルハナバチで受粉しないとカスカスのものしかできないので、1世代で終わるような西洋マルハナバチのセットが売られている 

とか 

サクラソウの植生地を守ろうと思ったら、その周辺の広大なマルハナバチの棲息地を守らないと50年後、100年後にはサクラソウの植生地はなくなってしまう、といった"マルハナバチ Tips"も面白い。
このお話、了介とお嬢さまは外泊(といっても、お嬢さまの別荘にだが)をしちゃうんですよ。


最終話の「覆面作家の夢の家」はドールハウスの殺人事件を解決するもの。

といっても、人形が殺されるわけではなくて、殺人現場を象った「ドールハウス」に込められた謎を、お嬢さまが解き明かすもの。
でも、人形が、人差指で「恨」とダイイング・メッセージを残して倒れているドールハウスってのは、ちょっと苦手。なんとなれば、takafamは、アンティックドールとか雛人形ろかが大の苦手なんですよ。


とまあ、個人的な嗜好はおいといて、ネタばれは、"百首歌"。

といっても、御存知ない人がほとんどと思う。わたしもこのミステリーで初めて知った。
で、「百首歌」っていうのは何か作中からひろうと、

歌をまとめて発表するときの形式で、「堀河百首」っていうのが公式版で、一番目は「立春」、二番目は「子日(ねのひ)」三番目は「霞」というふうに百番の「祝詞」まで1〜100までそれぞれの歌題が決められているもの。

ちなみに「恨」は80番目。この80番を百人一首であてはめると・・・・と、かなりネタばれしてしまったな、まだ読んでいない人ごめんなさい。
でも、この百首歌を使えば、数字を漢字で表せる(例えば1001だったら「祝詞、立春」とかね。0は無理だけど)。他のミステリーでも使われそうなトリックではある。


お嬢さまの推理で、このドールハウスの謎もめでたく解けて、ドールハウスの送り主と受け取り手はめでたく恋を成就してしまうのだが、なんと、了介とお嬢さまも、なんとかなてしまいそうなエンディングである。
このシリーズこれで終わりらしいが、新妻が新妻になってしまったら洒落にならないせいで、ここで巻引きとなったのかもしれない、と邪推するのであった。

2006年5月20日土曜日

北村 薫「覆面作家の愛の歌」(角川文庫)

「覆面作家は二人いる」でデビューした、外弁慶(?)のお嬢さま 新妻千秋さん登場の第二作目である。
収録は「覆面作家のお茶の会」「覆面作家と溶ける男」「覆面作家の愛の歌」の三作

まず「覆面作家のお茶の会」は、新入社員が社内に正式に御披露目されて配属になる5月頃だろうか、覆面作家の担当編集者である岡部了介の先輩編集者 左近雪絵が、このお嬢さまに会いたいというところから始まる。
何の用かと思いきや、どうも本人がニューヨークへ転勤になるため、あれやこれやの引継を兼ねての呼び出しとであったいう、ちょっと唐突な導入部。先へ読み進めるとわかるが、これは、千秋と了介の周辺のキャストのさりげない交替。しっかり者の左近先輩の代わりに、ちゃっかり者のライバル雑誌「小説わるつ」の編集者 静 美奈子への交替である。

この女性、この本の三作ともしっかり筋立てに絡んできて、凖レギュラーの扱いになってくる。

もっとも、一話目は、この静さん(なんか「どらえもん」っぽいな)の高校時代の友人が事件の主役なので、彼女が登場しないと話も進まない。
その彼女の友人、お菓子づくりに天賦の才をもっていて、老舗のケーキ店のお嫁さんになってしまう。しかも、店の先代(旦那さんの父親。この人がまたフランス仕込みの大職人)に、息子以上の腕だと評価されるというおまけつき。これで将来は薔薇色、「あなた、いっしょに店を大きくしましょうね・・・」ってな具合にいくかと思いきや、菓子の新作が元で、このおやじさんが修行にでてしまう。なんと、このお嫁さんのつくった菓子に自信をなくして、修行のやり直しだーと家出してしまったという訳。
で、困ったのは若夫婦、なんか追い出したような具合で尻が座らない、なんとか行方を探して連れ戻せないかと言う頼みに、わが名探偵の覆面作家 千秋さんが乗り出す、という展開なのである。

ネタばれは、ケーキ店を守るためのやむなき偽装と、昨今の相続税の高さ。特に都内の一等地に昔から店を構えている人は悩み大きいだろうなー、でも、そんなところに土地あるってのは恵まれているよねー、といういろんなものが混じり合った感情を残して、善意あふれる人たちによる善意あふれる偽装事件を、お嬢さまが解決していくのである。

2作目の「覆面作家と溶ける男」は、梅雨時の、小学生の誘拐事件にまつわる話。しかも、この誘拐事件というのが、身代金目的のやつではなくて、女の子を自分のものにするために誘拐する、あのいやな手のやつ。

その誘拐されて殺された女の子の近くの小学校で、また女の子が誘拐される。その女の子捜索を、了介の兄、優介が担当されているのだが、その捜査中にでてくる、晴れの日に小学生に血液型を聞いて、ある血液型だと封筒に切手を貼って投函してくれるよう頼む妙な男の存在。
しかも、その頼まれる小学生というのが男の子ながら、殺された女の子によく似ている、という設定である。

この男の妙な行動の理由と誘拐された女の子探しとが並行するのだが、最後の方に、お嬢さまの活劇があって、楽しい。千秋お嬢さん、カッコイー、拍手、拍手ってな感じである。

展開の本筋とは関係ないが、途中に車の排気管にじゃがいもを詰めるとエンストする、というなんか本筋に関係なさそうな話がでてくる。しっかり最後の方に使われているのは用意周到、まいりました。


三作目は、「覆面作家の愛の歌」。時期は新年である。

この話の最初の方で、岡部了介も知らない、新妻千秋の家庭環境が明らかになる。っていうか、明かすのは、静 美奈子だから、了介の調べが足りないっていうところだろう。どんな環境かは、読んでのお楽しみということで、ここには書かない、あしからず。

で、事件は、このお嬢さまの家庭環境には関係なく、お嬢さまたちが観にいった劇団の新進女優が殺されるというもの。
この女優さん、高校時代に高校演劇の大会にでているところを、その劇団の主宰者が惚れ込んで、親の反対を押しきって女優にしたという、才能あふれる俳優。で、とことん可愛がっていたのだが、なんと同じ劇団の男とできちゃって結婚すると言い出したから、この主宰者にとってみれば、可愛い娘、というより年の離れた奥さんに浮気されたような感じだろう。


で、この主宰者が犯人らしく、らしく感じるのだが、この主宰者と女優さんと結婚する相手とが会っている最中に、その女優さんが殺されていて、なんともそのアリバイが崩しようがない。しかし、怪しいなー、という具合に話は展開していく。

で、ネタばれをちょっとすると、本当は、かなり本格派の北村さんの作品らしく、電話をつかった時間差トリック。ちょっと複雑で、酒を飲みながら読んでいたら、なかなか頭に入らなかった。犯人も結構器用だな、私なら途中で、混乱するぞ、と妙に感心する。

最後の方は、このシリーズの定番っぽく、犯人とお嬢さまの大活劇と思いきや、今回は不発。活躍するのは、了介の兄の優介である。2作目、3作目と、この優介、静さんとちょっと仲良くなってしまっているような雰囲気があって、これが今後どうなるのか、ちょっと気をそそる展開である。

あ、それと、この三作目で、お嬢さまはどさくさまぎれに了介にキスされてしまう。身動きのとれないお嬢さまに不埒なことをしかけるとは、了介も悪いヤツである。


千秋お嬢さまとうっかり者の了介、そしてちゃっかり者の静 美奈子、とこのシリーズも円熟みを増して、楽しい仕上りになっている。で、千秋お嬢さまが、なんとも、どんどん可愛らしくなっているのが良いのですよねー。

2006年5月18日木曜日

北村 薫 「覆面作家は二人いる」(角川文庫)

ミステリ雑誌の「推理世界」に、新人賞応募〆切をすぎた原稿が送られてくる。

箸にも棒にもかからない応募原稿かな、な、と思ったら、「面白い。着想といい展開といい、非凡である。・・・

ただ、ところどころ確かに妙である。テレホンカードというものが何なのか分っていなかったり、突然世にも難しい言葉が出てきたり、取ってつけたような手順(!)のおかしなベッドシーンがあったりする」というわけで、「推理世界」の中堅編集者の岡部了介は、有望(そう)な新人ミステリー作家を担当することになる、といったところからスタートする。

この新人作家というのが、さる(というか名前が出てこないので、こういっておく)の財閥にゆかりの金持ちのお嬢さま。しかも、楚々たる風情出しまくりの文字どおりの「お嬢さま」。ところが、このお嬢さま、屋敷を一歩出るや、とんでもないじゃじゃ馬に変身する。で、ありながら、その推理力と、乱暴さは極めつけ・・・、という札付のお嬢さまである、といった、こういった設定思い付いたら成功だよねー、というシチュエーションができあがっている。

もともと、作者の北村 薫さん自体が、デビュー当時は男性か女性かわからない、経歴も何もわからない、といった、このミステリーのような「覆面作家」状態にあった人だから、この「覆面作家」シリーズのディテールはお手のものだろう。
極度の恥ずかしがりやのために、覆面作家になってしまう(この小説の設定では、お嬢さまのペンネームは「覆面作家」だ)新妻千秋お嬢様のそこかしこに見せる覆面ぶりは、作者の経験も入っていると思うがいかがだろう。


それはともかく、この本の収録は「覆面作家のクリスマス」「眠る覆面作家」「覆面作家は二人いる」の三編。


まず、「覆面作家のクリスマス」は新妻千秋お嬢様の、デビュー作。
作家としても、探偵としてもである。事件の舞台は、お嬢さまのお屋敷近くの女子高校でおきた殺人事件。絵の才能があって、その方面で将来を嘱望されている女子高生が殺される。彼女の最近の自信作である「壺」で頭をかちわられて。しかも、殺される少し前に下級生がもってきたプレゼントがなくなったいた、何故?といった事件。

ネタばれは、クリスマスという時期と、プレゼントをもっていても怪しまれない人物ということなのだが、事件の底には、屈折した芸術家精神というか、高校生の不安が内包されている。
北村 薫さんの学校を舞台にした事件は、「秋の花」や「冬のオペラ」もそうだけど、なんかしんみりと悲しくなってしまうので、のほほんと読めなくなってしまうのが難といえば難。
2作目は「眠る覆面作家」は、新妻千秋お嬢様こと覆面作家さんが、初めての原稿料を水族館で受け取ることにするのが発端。
その水族館が、偶然にもお医者さんの幼い娘さんの誘拐事件の犯人との金の受渡し場所になっていて、そこで、千秋お嬢さまが、了介の双子の兄、優介(刑事だそうだ)に犯人と間違われるといった設定。

おかげで、お嬢さまは、この事件を解決しないといけない羽目になってしまって、という、まあ、巻き込まれ的探偵ストーリーの典型的展開。このお医者さんと奥さんは再婚らしく、お医者さんの娘とは何か心理的な確執がありそうな雰囲気を漂わせながら、結局は、誘拐された娘さんは無事帰ってくる、、しかし、犯人は捕まらない、といった設定。

ネタばれとしては、犯人って本当にいるの?ということと天使の純真さに惑わされちゃいけないよ、といったところ。


最後の3つ目は「覆面作家は二人いる」は、家の内と外とで豹変するお嬢様は、本当に一人なのか、岡部優介、了介(こう並べると漫才コンビみたいだね)のように双子なんてことはないのか・・・っていう謎。了介の職場の先輩の娘さんが最近CDやら尾お小使いが潤沢になっているが、万引きをしているんじゃないかという疑惑。その先輩のお姉さんが勤めているデパート(このお姉さん、そこのガードウーマンという設定)で、ある時センサーが間違って反応したために女子高生を万引きと間違って捕まえてしまった。それ以来、センサーがきちんと反応しているにもかかわらず万引きが増えている謎。この三つが同時並行に転がっていく展開。

結局、お嬢さまはお嬢さま一人であるし、先輩(左近雪絵という、さも・・という名前のしっかり者だ)の娘はやはり先輩に似てしっかり者だった、ということで大団円なのだが、うーむ、と唸ったのは万引きの急増の謎。
万引きのセンサーというのは大概ゲート状か柵状になっていて、商品についたタグが消し込みがしていないと反応する仕組なのだが、このタグさえ手に入れば、確かにセンサーのすき間というか盲点はつけるよなーと思わず、かなりの部分をネタばれしてしまう。


といったところで、新妻千秋さんこと覆面作家さんのでデビュー作。

謎解きもそれなりに唸らせますが、なんといっても、このお嬢さまの家の内と外との変化というか、このギャップが良いんですよねー。おまけに外に出たときのざっかけない感じが、また可愛らしくって、・・・とオジサンらしい感慨を覚えたのでした。

2006年4月15日土曜日

北村 薫 「六の宮の姫君」(創元推理文庫)

「私」と「円紫師匠」のシリーズも、これで4作目。シリーズ開始当時は1年生だった「私」も大学の4年生となり、就職活動も開始しないといけないし、「卒論」も書かなきゃいけない時期である。


今回の事件は、その就職活動とその卒論がきっかけだ。いや、事件という言葉は適当ではないだろう。この「六の宮の姫君」では、何かが盗まれたり、誰かが殺されたり、といった事件らしい事件はおきない。

というのも、「私」がアルバイトをしている先の出版社で、文壇の長老(うーむ、古式ゆかしい言葉だ)が、まだ若い頃、芥川龍之助が自分の作品である「六の宮の姫君」を評して、「あれは玉突きだね・・・。いや、というよりはキャッチボールだ」と言っていた、という話をきかされ、その意味を探っていく「書誌ミステリー」あるいは「文学史ミステリー」というものである。


「六の宮の姫君」っていうのは、今昔物語に題材をとった話で、「ある貧乏貴族の娘が親が亡くなってからどんどん落魄していく、ようやく面倒をみてくれそうな男ができたのだが、その男も父親の地方の国司就任に伴って地方へいきなかなか帰って来ない。ようやく帰ってきたところが、姫の屋敷はすでに荒廃していて、都中を探すと、姫は乞食同然になっている。男と会うと姫は長年の無理がたたり、死んでしまうのだが、死ぬ間際に、どうしても声明が唱えられず、極楽と地獄の間を彷徨う亡者となってしまう」っていう話のようだ。


なんで、これがキャッチボールなんだ、というわけで、主人公の「私」は、芥川龍之助に関する書籍を調べまくる。途中、谷崎潤一郎や正宗白鳥、菊池寛やら、なんか学校の教科書にでてきたような記憶があるんだがなー、といった近代文学史を彩った人物がごちゃごちゃ出てきて、最後、「キャッチボール」の意味は、「時間を超えた情念の投げ合い」なのか、といった感じで、かなり賢っぽく、インテリっぽく展開していくのだが・・・。

すいません。どうも、こうした文学史っぽい話に疎い私としては、いまいち乗り切れませんでした。

古典や純文学といった方面の好きな方には「お薦め」と想像するミステリーです。
あの人が絞殺されたのだの、この人が毒殺されたのだの、血生臭いミステリー専門のかたは、ちょっと敬遠してしまうかなー。

2006年4月5日水曜日

北村 薫「冬のオペラ」(角川文庫)

名探偵(自称なのかもしれないが)巫 弓彦 と、ワトソン役の巫が事務所を借りている不動産屋の社長の姪の「あゆちゃん」の活躍するミステリーである。北村 薫さんのミステリーは、こうしたホームズ役がホームズらしくないところと、ワトソン役が、そんじょそこらのお嬢さんであることが多いと思うのだが、それがまた魅力でもある。

収録は、「三角の水」「蘭と韋駄天」「冬のオペラ」の三作。

「三角の水」は、名探偵 巫 弓彦とあゆちゃんが出くわす初出の短篇である。
その場面で巫は、名探偵というものの本質というべきことを云う。

「名探偵はなるのではない。ある時に自分がそうであることに気附くのです。」

なんてことを。
うーん、名探偵がほとんど貧乏で、独りよがりなのがこれでわかりますよねー。「ライター」あるいは「小説家」という職業を記した名刺をつくれば、その時点からあなたも「ライター」ないしは「小説家」です、といったことを聞いたことがあるが、「名探偵」もおんなじやー、と思った次第でありました。

とはいっても、まあ、生活費はアルバイトで稼ぐ名探偵「巫 弓彦」は、着実に事件を解決していくのでした、というわけで、「三角の水」で解決するのは、大学の研究室を舞台にした企業への情報漏洩事件。「あゆちゃん」こと「姫宮あゆみ」の同僚の妹がその犯人に疑えがわれる。しかも、疑われる原因となったのは、その妹さんが研究室にいるときに、漏洩に気づいた教授が証拠としていた書類がパットの中で燃えていたという、かなりいいわけのきかない状況のため。
謎解きのヒントは、こうして何かが燃えていると消そうとすつ人は必ずいるわけだが、本当の消そうとしていたのかというあたり。化学薬品のことは皆目知らないので、こうしたトリックが成立するかどうか確証はないのだが、良い人らしいのが、実は悪い奴っていうのは、ミステリーの常道でもある。

「蘭と韋駄天」は、マニアックな花泥棒たちの話。蘭とか盆栽とか、結構、植物は人を狂わすことが多いらしくて、珍しい植物にまつわるミステリーは、これだけではない。
ただ、この話は、蘭の盗難の盗難という入れ子構造になっているのだが、謎解きのヒント。東京っていう街は、本当の距離関係がわからなくなるぐらい同じ様な建物があるし、地下鉄やJRはやたら走っているし、遠くて近そうなところってあるんだよなー。という東京でしか成立しないようなトリックだろう。このあたりの謎解きは近く煮済んでいるか、地図好きでないと無理だぞ、という思いは残る。

「北のオペラ」は「蘭と韋駄天」に登場してきていて、「あゆちゃん」が「巫」の奥さんになるにふさわしいと思っている京都の大学の女性講師の「椿さん」の周辺で起こる殺人事件である。殺されるのは、その椿さんの恩師が殺されるもの。しかも、場所はその教授の研究室で、2階の研究室のドアには鍵がかかっているのだが、外から窓の中へ向かって、点々と服が脱ぎ捨てられてるというもの。なぜ、被害者は裸になりながら研究室に窓から入り、死んだのかという密室殺人である。
種を明かしていくことを承知で書くなら、服を脱ぎながら部屋に入ろうが、服を脱ぎながら外へでようが、後から見ると同じ光景ということはあるのだな、ということか。動機は、よくある痴情沙汰なのだが、痴情のもつれの大本に、知識人への格好良さが期待はずれだったことが潜むのは、インテリの巣窟たる大学での殺人事件であるせいだろうか。

この後「姫宮あゆみ」と「巫 弓彦」のコンビを見かけないような気がするのは残念だが、ちょっと淋しいものを感じながら、テンポ良く読めるミステリー3篇である。

2006年3月13日月曜日

北村 薫「秋の花」(創元推理文庫)

「私」と「円紫師匠」のシリーズの「空飛ぶ馬」「夜の蝉」に続く三作目。
今回は長編である。
「空飛ぶ馬」が大学1年生、「夜の蝉」が大学2年生だから、「私」は大学3年生になっている。「正ちゃん」とはいつもながらの付き合いだが、「江美ちゃん」は学生結婚した相手のところに滞在中だ(「江美ちゃん」の旦那さんは大学の先輩で、卒業後すぐ九州に赴任になった)。

今回の事件は、私の身の回りではなく、卒業した高校でおきる、というかおきている。

「私」が幼い頃から知っている近所の女の子が、文化祭の準備をしている夜中、高校の屋上から墜落死したのだ。
そして、その女の子の親友(その娘とも「私」は幼い頃からの顔なじみという設定だ)も、その夜以来、抜け殻のようになって、学校も休みがちの状態。

その親友の女の子をそれとなくサポートしてくれるよう担任の教師に頼まれ、「私」は、その「事故」が親友の女の子の不安定な精神状態に大きな影響を及ぼしていることを感じながら、その女の子が何とか元気になったいくよう関わっていく。

しかし、その「事故」が「事故」ではなく、「事件」で、しかも、二人の女の子が非常に、ひどく仲が良くて、いつも同じ方向を見て歩いていたからこそ、起きたような「事故のような事件」であることが円紫師匠の手で明らかになるとき、二人の女の子の今までの、そして、これからの生涯が「ひどく哀しいもの」として私たちの前に現れるのである。

この話は、円紫師匠と「私」の


「あなたは、まだ人の親になったことはありません。その時に、どう思うかは分かりません。しかし、僕だったら、仕方のない事故だと分かっていても<<許す>>ことは出来そうにありません。ただ」
私は機械のように繰り返した。

「・・・ただ」

「救うことは出来る。そして救わねばならない、と思います。親だから余計、そう思います。」


といった会話でエンディングを迎える。

私も、彼女を「救いたい」と思う。

ミステリーではあるのだが、「泣いてしまう」一冊でもある。
ということで、この本のレビューは短めに終わるのである。(ネタバレになっていても、読む価値ありますよ)

北村 薫「夜の蝉」(創元推理文庫)

女子大学生の「私」と「円紫師匠」のお話の2冊目。
収録は、「朧夜の底」「六月の花嫁」「夜の蝉」の三作。

「朧夜の底」の舞台は3月。「私」の友人の高岡正子(「正ちゃん」だ)がバイトしている神田の大きな書店の国文学のコーナーで、7、8冊の本の向きが逆に並べてあるのにでくわす。
途中に、「私」が、ちょっといいな、と思う男子学生を正ちゃんの企みで、妙に変な名前で呼び続けていたといったエピソードや「私」の姉と正ちゃんと江美ちゃんが偶然出くわし、姉がとんでもない美人であることに驚愕されたりといったエピソードをはさむが、謎の中心は、その後二度も、その書店の国文のコーナーで1列、本の上下が逆さまにされていたり、箱と中身が入れ替えられている(おまけにスリップまでも)ところに出くわすことである。

話のリードは、落語の落ちの一つ「仕込みオチ」
枕の方で、オチの伏線になる説明をそれとなくしておいて、オチを訊いた途端「なるほど」と思わせるものである。この本屋のいたずらも、何か目的が秘められた「仕込み」が隠されているようだ。最後の方の円紫師匠の謎解きで、その「仕込み」は、どうも知識は自分の前にはタダで提供されるものだ、という傲慢な自尊心が隠されていることが明らかになるのである。

「花盗人」もやはり「泥棒」には違いない。

次の「六月の花嫁」は、1年半前、友人の江美ちゃんと同じサークルの先輩たち、江美ちゃんの同級生(「峰ゆかり」という名のいかにもお嬢様といった娘。ただ、この話の主役ではない)が、別荘の水を停めるという名目で、小旅行をしたときの話である。
お昼に別荘の二階で「江美ちゃん」と先輩の「吉村さん」がチェスをした後、夕食後、再度チェスをしようとすると白のクィーンが消えている。ところが、それが冷蔵庫の中から見つかる、と思ったら、今度は卵が消える。そして卵が風呂の脱衣場でみつかると、今度は鏡がない、といた順々めぐりの消失事件がおきて、なんのことだか、寝る前に江美ちゃんが、こっそり私に謝る、といった面妖なもの。
この面妖な謎を、円紫師匠が解くのだが、まあ、タネを明かせば、他愛のない、江美ちゃんが結婚に至るまでのラブストーリーを垣間見るお話。

最後の「夜の蝉」は、「私」と「私の姉」の姉妹の縁固めの話。
「私」のお姉さんは、どうも座っているだけで人目をひく、あるいは、街を歩いていては、振り向く人が必ず出るぐらいの美人らしい。(私は伊東美咲さんを思い浮かべて読みました。皆さんもお好みにあわせてどうぞ。ちなみに、「私」のイメージは石原さとみさんに設定しています)
その「姉」が本気でつきあっていた会社の男性との仲が新入社員の女の子の登場でうまくいかなくなった事件ー「姉」が会社の封筒を使って、その彼氏に、接待の余りもので頂いた歌舞伎の券を送るが、なんと、当日その席には彼氏ではなく、件の新入社員が座っている。新入社員のところへは彼氏の名前で券が送られてきており、「姉」がタチの悪い悪戯をしたと思われ、彼氏との仲は冷めてしまうーの真相を探っていくところから始まり、失意の「姉」と旅行にでかけ、姉妹のつながりを再認識する、というお話。
「姉」と彼氏ををめぐる一連の事件は、友人といっても恋愛ごとになると信用できないよ、といったことと可愛い子ぶりっこしている娘の怖さ、底意地の悪さ、といったところがキーになるのだが、この話の主眼は「私」と「姉」が姉妹になっていった時の話、いいかえれば「姉」が「姉」になった時の思い出話だろう。
「姉妹」になっていった、といっても実の姉妹だから、血統や籍の話ではなく、意識としていつ、なぜ「姉」は「姉」になっていったのか、ということ。

よく考えれば、「妹」や「弟」は生れ落ちたところから「妹」や「弟」であることが大半なのだが、「姉」や「兄」はそうではない。生まれてから1年以上経った後に、はじめて(これは本人が希望するかどうかにかかわらず)「姉」や「兄」にされてしまう。
その「されてしまう」状態を受け入れ、「姉」や「兄」になっていく、「妹」や「弟」を保護してやる存在として認識していく、納得していく過程の話には、長男で「兄」である私も、うーむとうなってしまう。きっと「妹」や「弟」である人にはわからないだろうなー、と「私」の「姉」に妙な親近感をもってしまう。

たしかに「おねえちゃん」あるいは「おにいちゃん」と弟妹から呼ばれる時、なにかしら責任感もセットで感じてしまうなーと実感してしまうのである。

2006年3月12日日曜日

北村 薫「空飛ぶ馬」(創元推理文庫)

落語家の円紫師匠と、ヒロインの女子大生の「私」が様々な事件に会い、解決していく過程の中で「私」が成長していく姿も見せていくシリーズの第1作。

この「空飛ぶ馬」でじゃ大学の1年生の頃、円紫師匠と出会うところから始まる。

収録は、「織部の霊」「砂糖合戦」「胡桃の中の小鳥」「赤頭巾」「空飛ぶ馬」の五篇。

まず、「織部の霊」

このシリーズの初作であろう。主人公と円紫(正式には"春桜亭円紫"という。)が出会う話。出会うといってもロマンチィックなものではない。「私」の恩師と一緒に大学の雑誌の「卒業生と語る」のシリーズ対談の聞き手になる、というもの。ありそうで、あまりない出会いなのだが、これをきっかけに円紫師匠をホームズ役にして「私」のまわりでおきる謎(それは大きな事件であったり、ささいな不思議であったりするのだが)をという解いていく、という連作シリーズが始まるのである。

このシリーズの特徴として、それぞれの話に、落語とか文学の話、歴史上の出来事などが、散りばめられ、それが話の味を深くするとともに、謎を解くヒントともなっているのだが、「織部の霊」では、「私」の恩師の子供の頃、叔父の家に泊まると怖い夢ー割腹して座っている烏帽子と素襖姿の男ーを見るが、その男が、叔父が秘蔵していて、子供の目にふれるはずのない巻物に描かれている古田織部正にそっくりであった。「織部正」の名すら知らない小学生が、なぜその姿を見、しかも腹を切った(切らされた)ことを知っていたのかという謎である。
恩師の叔父のことを語るゆったりとした語り口と、謎解きをする円紫師匠の穏やかな口調がのどやかで、ゆったりと謎解きを楽しませてくれる。

「砂糖合戦」は7月末、「私」が円紫師匠と入った喫茶店での事件。キーになるのはシェイクスピアのマクベス。マクベスでも本当の主人公ではなくて、三人の魔女のほう。
「私」の近くに陣取っていた二十歳前後の女の子三人が、紅茶に競って砂糖をいれている。一人でスプーンに7、8杯ぐらいいれただろうか。そしてあまりうまくなさそうに紅茶を飲んでいるが、何故・・・といった話。
意趣返し、特に女の子がかくれてやる復讐は、ちょっと暗いなー、という印象。若い女の子を叱る時は注意、注意・・・。そういえば、職場のお茶くみという言葉が、まだ死後でない頃、気に入らない上司のお茶には、ゴミを混ぜてやる、といったいやがらせを聞いたようことがあるような、ないような・・・

三作目の「胡桃の中の小鳥」は、8月。同級生の「正ちゃん」(この娘は正月生まれの「しょう」ちゃん、という設定)と江美ちゃん(この娘は、2番目の本の時に学生結婚しちゃうんだよね)との東北へのドライブ旅行中の事件。
蔵王の駐車場で、「私」たちの乗った車からシートカバーがそっくり盗られてしまう。このカバー、市販品のよくあるもので高価ではないし、シートカバー以外のものは、そっくり車内に残されている。誰が、何の目的でそんなことを・・・といったもの。
物語の中で語られる話は、落語の「百人坊主」(「大山詣り」(「おおやま」ですよ。「だいせん」ではないですよ。)ともいう。大山まいりの途中で宿で暴れて、罰として丸坊主にされた「熊さん」が、仕返しに長屋のおかみさんたちを騙して坊主頭にしてしまう話)。この坊主頭を後ろから見たら、誰の頭かわからない、といったところが、シートカバー泥棒の目的のよう。
事件の真相は、「捨て子」なのだが、殺しがないので、救われる。

四作目は「赤頭巾」。10月のお話である。「私」の近くの公園では、日曜の夜の9時きっかりに、公園のキリンの前に必ず赤いものを身につけた女の子が立つ。時間にしたら30秒そこそこぐらい立ち尽くして、あとは溶けたみたいに消えてしまう、という怪談めいた話。
話の中の話は、表題どおり、「赤頭巾」。赤頭巾とオオカミは女と男の隠喩という説がある。オオカミは、なぜ森で最初に出会ったときに、赤頭巾を食べてしまわなかったのか、というのもちょっと不思議。
謎解きのヒントは、「赤頭巾は三人いる」という円紫師匠の言葉。この話、「私」が幼い頃から憧れていたような風情のある女性が登場するのだが、謎解き前と後では、この女性へのこちらの印象ががらっと変わってしまうのが恐ろしい。
「不倫」は今では、ちょっとありきたりの話になってしまっているが、子供をダシにしちゃいけない。ちょっと読み口が苦いな。

最後の「空飛ぶ馬」は12月。クリスマス前後のお話。
近くの幼稚園に木馬(木でできた馬じゃなくて、百円いれたら前後上下に動くあれのこわれたもの)が、地元の商店からプレゼントされたのだが、その木馬が、クリスマス会の真夜中には姿を消していて、朝になると戻ってきていた、というもの。話の中の話は「三味線栗毛」。酒井雅楽守の三男が家を継ぐまでの苦労のお話。
木馬の送り主の「かど屋」の若主人は、結婚が遅れていて、やっと相手が見つかったようなのだが、恋のためには、木馬も空を飛ばせます、といったところか。
前の「赤頭巾」の後だけに、読み口は温かい。円紫師匠が最後の方でつぶやく「-どうです。人間というのも捨てたものじゃないでしょう」という言葉が、ほんのりと滲みるようだ。

この本は、北村薫のデビュー作らしいのだが、達者なストーリーは流石である。「私」と「円紫師匠」の穏やかなおしゃべりに誘われて、うかうかと最後まで、読ませられてしまう名品である。