2006年5月18日木曜日

北村 薫 「覆面作家は二人いる」(角川文庫)

ミステリ雑誌の「推理世界」に、新人賞応募〆切をすぎた原稿が送られてくる。

箸にも棒にもかからない応募原稿かな、な、と思ったら、「面白い。着想といい展開といい、非凡である。・・・

ただ、ところどころ確かに妙である。テレホンカードというものが何なのか分っていなかったり、突然世にも難しい言葉が出てきたり、取ってつけたような手順(!)のおかしなベッドシーンがあったりする」というわけで、「推理世界」の中堅編集者の岡部了介は、有望(そう)な新人ミステリー作家を担当することになる、といったところからスタートする。

この新人作家というのが、さる(というか名前が出てこないので、こういっておく)の財閥にゆかりの金持ちのお嬢さま。しかも、楚々たる風情出しまくりの文字どおりの「お嬢さま」。ところが、このお嬢さま、屋敷を一歩出るや、とんでもないじゃじゃ馬に変身する。で、ありながら、その推理力と、乱暴さは極めつけ・・・、という札付のお嬢さまである、といった、こういった設定思い付いたら成功だよねー、というシチュエーションができあがっている。

もともと、作者の北村 薫さん自体が、デビュー当時は男性か女性かわからない、経歴も何もわからない、といった、このミステリーのような「覆面作家」状態にあった人だから、この「覆面作家」シリーズのディテールはお手のものだろう。
極度の恥ずかしがりやのために、覆面作家になってしまう(この小説の設定では、お嬢さまのペンネームは「覆面作家」だ)新妻千秋お嬢様のそこかしこに見せる覆面ぶりは、作者の経験も入っていると思うがいかがだろう。


それはともかく、この本の収録は「覆面作家のクリスマス」「眠る覆面作家」「覆面作家は二人いる」の三編。


まず、「覆面作家のクリスマス」は新妻千秋お嬢様の、デビュー作。
作家としても、探偵としてもである。事件の舞台は、お嬢さまのお屋敷近くの女子高校でおきた殺人事件。絵の才能があって、その方面で将来を嘱望されている女子高生が殺される。彼女の最近の自信作である「壺」で頭をかちわられて。しかも、殺される少し前に下級生がもってきたプレゼントがなくなったいた、何故?といった事件。

ネタばれは、クリスマスという時期と、プレゼントをもっていても怪しまれない人物ということなのだが、事件の底には、屈折した芸術家精神というか、高校生の不安が内包されている。
北村 薫さんの学校を舞台にした事件は、「秋の花」や「冬のオペラ」もそうだけど、なんかしんみりと悲しくなってしまうので、のほほんと読めなくなってしまうのが難といえば難。
2作目は「眠る覆面作家」は、新妻千秋お嬢様こと覆面作家さんが、初めての原稿料を水族館で受け取ることにするのが発端。
その水族館が、偶然にもお医者さんの幼い娘さんの誘拐事件の犯人との金の受渡し場所になっていて、そこで、千秋お嬢さまが、了介の双子の兄、優介(刑事だそうだ)に犯人と間違われるといった設定。

おかげで、お嬢さまは、この事件を解決しないといけない羽目になってしまって、という、まあ、巻き込まれ的探偵ストーリーの典型的展開。このお医者さんと奥さんは再婚らしく、お医者さんの娘とは何か心理的な確執がありそうな雰囲気を漂わせながら、結局は、誘拐された娘さんは無事帰ってくる、、しかし、犯人は捕まらない、といった設定。

ネタばれとしては、犯人って本当にいるの?ということと天使の純真さに惑わされちゃいけないよ、といったところ。


最後の3つ目は「覆面作家は二人いる」は、家の内と外とで豹変するお嬢様は、本当に一人なのか、岡部優介、了介(こう並べると漫才コンビみたいだね)のように双子なんてことはないのか・・・っていう謎。了介の職場の先輩の娘さんが最近CDやら尾お小使いが潤沢になっているが、万引きをしているんじゃないかという疑惑。その先輩のお姉さんが勤めているデパート(このお姉さん、そこのガードウーマンという設定)で、ある時センサーが間違って反応したために女子高生を万引きと間違って捕まえてしまった。それ以来、センサーがきちんと反応しているにもかかわらず万引きが増えている謎。この三つが同時並行に転がっていく展開。

結局、お嬢さまはお嬢さま一人であるし、先輩(左近雪絵という、さも・・という名前のしっかり者だ)の娘はやはり先輩に似てしっかり者だった、ということで大団円なのだが、うーむ、と唸ったのは万引きの急増の謎。
万引きのセンサーというのは大概ゲート状か柵状になっていて、商品についたタグが消し込みがしていないと反応する仕組なのだが、このタグさえ手に入れば、確かにセンサーのすき間というか盲点はつけるよなーと思わず、かなりの部分をネタばれしてしまう。


といったところで、新妻千秋さんこと覆面作家さんのでデビュー作。

謎解きもそれなりに唸らせますが、なんといっても、このお嬢さまの家の内と外との変化というか、このギャップが良いんですよねー。おまけに外に出たときのざっかけない感じが、また可愛らしくって、・・・とオジサンらしい感慨を覚えたのでした。

0 件のコメント:

コメントを投稿