2006年6月21日水曜日

松尾由美 「バルーンタウンの手毬唄」(創元推理文庫)

翻訳家兼妊婦探偵 暮林美央シリーズの3冊目である。

二人目の子供、砂央を出産した後の美央のもとに、「バルーンタウンの手品師」から登場した東都新聞の家庭欄の記者 友永さよりが訪れて、今まで公になっていない事件の話を聞いていくという設定になっている。

暖炉前の引退した名探偵から、若い人(小説家や新聞記者)が昔話を聞くという、ミステリーの一つの定番をしっかりなぞってある。たしか、岡本綺堂の「半七捕物帳」も同じような設定だったよね。


収録は「バルーンタウンの手毬唄」「幻の妊婦」「読書するコップの謎」「九カ月では遅すぎる」の4編。

まず一作目の「バルーンタウンの手毬唄」は、いわゆる「見立て」の事件。
バルーンタウンものでは滅多に殺人はおきないので「殺人」とはいえないのだが、被害者は麻酔薬で眠らされてしまっているところを発見されるから、血は流れないが、「見立て殺人」と同じ雰囲気。

見立てられるのは、バルーンタウンで昔流行した「手毬唄」である。
この手毬唄、妊婦の様子を見立てた唄で、例えば「妊婦五カ月、花にたとえりゃまだつぼみ。ゴマメに牛蒡に胡麻食べて。いつも笑顔でよいお産」ってな具合のが、10まで続く、妙な唄だ(ちなみに、この手毬唄、五から始まる。5ヶ月から安定期に入るので、それまでは、手毬つきなんてしちゃいけないらしいのだ)。

この唄になぞらえて、その月の妊婦さんが、例えば、5ヶ月なら、まわりに胡麻や小魚をまかれて、頭上に牛蒡をクロスして眠らされて発見される。しかも、そのお腹には黒く5という数字が書かれていて、母子手帳(とバルーンタウンの住人が言っているだけで、いDカードなのだが)が盗まれている、といった事件が、5、6、7、8と続くっていう展開。

この犯人の目的は何かっていうのが、この話のキーになるところで、ネタばれを少しすれば、目的の違う犯行が続けて起こると、複数犯も単数犯に見えるといったところと、特殊な環境の街では、商売を繁盛させるのも結構苦労するだろうなー、というあたり。あ、もうひとつ、こうした街でも恋愛沙汰はおこるんだ・・、いうこと。
途中、タウンの公務員の高林さんと暮林美央が見立て殺人の納得できないところを「何でわざわざこんな面倒なことを?普通に殺せばいいじゃない」というあたりだと話し、ヴァン・ダインの「僧正殺人事件」がマザーグースの見立てになっていて、その童謡集が飛ぶように売れた、と作中のエピソードを紹介しているが、このへんも、きちんと隠し味になっているところは流石である。

「幻の妊婦」は。暮林美央のところに原稿をとりにきた編集者が、美央のいつもの締め切りを守らない癖のおかげで、自分とこの編集長の暴行事件の嫌疑をかけられるというもの。犯行の時刻には、見ず知らずの妊婦と公園で夜のピクニックに誘われ、バスケットいっぱいのサンドイッチやらなにやらをご馳走になっているのだから、なにやら、この編集者、犯人に見事はめられたような感じがしなくもない、といった筋立て。
襲われた編集長っていうのが、どうも編集者に厳しい、作家にも厳しい、といういわゆるやり手の編集者らしく、恨みを全くかっていないわけではない、というのがちょっと事件を複雑にしているところ。

ネタバレは、夜のピクニックは、犯行を偽装するために仕組まれたものなの?というところ。ちょっとアンフェアでしょ・・・というところがないでもない。

あと、この話で少年探偵団ならぬ妊婦探偵団「バルーン・タウン・イレギュラーズ」が登場。ただし登場の場面は、探偵団というより、おニ○○コクラブっぽいのだが、このギャグ、ちょっと古いかも。

3話目の「読書するコップの謎」は、「バルーンタウンの手品師」に収録されている「オリエント急行十五時四十五分の謎」で作家の須任真弓がした「本格ミステリーを書く」という宣言を果たすために書いたミステリーの習作を、美央のところに持ち込んで犯人あてをしてもらおうするという趣向。いわうる「話の中の話」の設定。

その話というのが、バルーンタウンで弁護士のかたわら妊婦の秘密をタテに恐喝をしていた悪徳弁護士が事務所で殺される。しかも、殺害の時、弁護士の恐喝されていた妊婦5人全員が、何の目的か事務所に集められていた。殺人の様子は、顔は見えないにしても、偶然、犯行現場のクローゼットの中に入っていた妊婦の一人が目撃していて、どうも立派な「亀腹」の妊婦らしい。ところが集められた妊婦、腹の形が違ったり、犯行時、下痢ピーでトイレとビストン移動中であったり、とそれぞれにアリバイがある。さて・・・という次第。
ネタバレは、「妊婦かどうかは見た目で判断される」ということと恐喝者が恨みをかいそうなのは、恐喝されていると訴えている人だけではない、というあたり。

で、結局、話中話の謎も、美央が解いてしまって、おまけにその話をネタに、自分の原稿遅れを帳消しにすることをたくらむのだが、それは原本で。


4話目の「九ヶ月では遅すぎる」のワトソン役はひさびさに女性刑事の江田茉莉奈である。
彼女が、暮林家にくる途中で背広姿では遅い、とか雨だからどうこう、と妙な話をしているところに出くわすのが話の発端。

おきる事件は、バルーンタウンの有能な公務員 高山主任が窃盗の嫌疑をかけられるというもの。
しかも狭い廊下が入り組んでいて、しかも、天井まである棚に水槽がおかれていて、通常の(妊娠していない、太っていないと言う意味で)人でも出入りが難しい部屋でIDカード入れが盗まれる(カード入れといっても宝石をちりばめた「皇帝の母子手帳入れ」なのだ)。もっとも盗む現場を捕まえられたわけではなくて、高山主任が、その部屋にいるときに停電がおきて、懐中電灯を捜したりで部屋を出入りしているうちに、電気がつく。ところが、明るくなってみるとカード入れが無くなっていたというものだから、何やらはめられてくさい事件。ところが、彼女のほかに、部屋の近くにいたのは妊婦ばかりで、とても狭い通路は通れそうもない・・・といった密室もの。

ネタばれは、通路が棚の水槽で狭いといっても天井まであるわけではない、ということと妊婦の体系は洋梨型なのだが、一番でっぱっているところは足に
長さによって地上からの距離はかわるよね、といったあたり。

事件の動機は、なにやら政治家のなまぐさい秘密がもとなのだが、政治家に昔はめられた父親の名誉回復をはかる娘さんが、この高山主任の事件にかかわっていて、最後はそれなりに孝行物語で大団円となる。


しかし、この娘さん、父親がはめられて一家離散の後、サーカスで身をたてたっていう設定は、昔、サーカス団は子供をさらっているという与太話があった世代としては、苦笑してしまう小ネタでありました。

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