2006年6月10日土曜日

佐藤隆介・近藤文夫・茂出木雅章「池波正太郎の食卓」(新潮文庫)

池波正太郎さんと面識の深かった人たちによる食のエッセイである。

和食篇、洋食篇とふたつに分かれていて、それぞれに1月から12月まで池波正太郎の好んだ料理の数々が紹介されるほか、その品が登場する池波正太郎作品や料理のレシピもあわせて紹介されているという、かなり詰め込み状態の一冊である。

その品は、和食は天ぷらから泥鰌、鮎、鰻、新子、秋刀魚、洋食は食はコロッケ(クロケットというべきか)からカレーライス、ステーキ丼、もんじゃ焼き、カツレツなどなど、さすが池波正太郎の食道楽を象徴してか幅広い。そして、その料理もかなり凝っているものからざっかけないものまで多種多様である。

いくつか引用すると、鮎のところ(「和食篇 文月」)では

やっぱり鮎の塩焼きは、なりふり構わずこうやって食べるに限る。てづかみで、骨ごと頭からシッポまで食べてこそ鮎の塩焼きである。大体、骨ごと全部食べられるくらいの小ぶりの鮎でないとうまくない

といったあたり、鮎の香りが漂うようなところに、思わず唾を飲み込んだり、

秋刀魚の項(「和食篇 神無月」)では

七輪にもうもうたる煙をあげながら銀座の典座がいった。秋刀魚の塩焼は盛大に煙を上げて焼かなくては本当の味にならない。やっぱり七輪で内輪バタバタというのが一番なんですよ。秋刀魚で一番脂のある腹のところから脂が炭火の上に落ちて、その煙がしたから噴き上がって腹のワタのある部分を包み込む。それでちょうどうまい具合にバランスのとれた焼き加減になる

といったあたりで、そこらの町食堂に入って「秋刀魚定食!!!」と叫びたくなったり。


はたまた、パリでカレーライスを食おう(「洋食篇 水無月」)ということになったところでは

むろん、メニューにカレーライスなんぞあるわけがない。これはフランス料理でないばかりか洋食ですらなく、もともと"日本食"というべき日本人の発明だからである。私はあわてた。使い始めたばかりの老眼鏡をかけ直して、改めてメニューの隅から隅まで探したが、ないものはない。大汗かいている私に池波正太郎がいった。
「若鶏のカレー煮込みというのがあるだろ」
確かにそれならある。
「それを頼んで白い御飯をもらえばいいんだよ」
アルジェ風の鶏カレー煮と御飯で、なるほど文句なしのチキンカレーになった。

といった即妙の技に感心したり、

カツレツのところ(洋食篇 霜月)では

揚げたてのカリカリしたカツレツが、真白い皿の上へ・・・その味も、そえてあるキャベツの若草のようなやわらかく香り高い舌ざわりも、ウスター・ソースの匂いも、今まで食べたカツレツなど、
(あんなのは、カツレツじゃあなかったんだ。)
それほどまでにすばらしい味がしたものだ。

といったあたりで、読むほどに、見るほどに、涎のでてきそうになったり。

写真も豊富に使ってあるから、なおさら食欲を刺激するのだろう。
少し、スノッブな感じが漂うところが鼻につくかもしれないが、「池波正太郎」の時代物にでてくる料理にあこがれている方なら一読して損はない一冊ではなかろうか。

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