2006年2月11日土曜日

森永卓郎「新版 年収300万円時代を生き抜く経済学」(知恵の森文庫)

小泉政権の推し進める「構造改革」によって、「総中流」といわれていた日本の階層は、「富裕層」と「貧困層」に極度に分化していく。きっと、一般サラリーマンの年収は300万円程度になるだろう。いや、それも気楽に獲得できる収入ではなくて下手をすると年収100万円程度の階層へなる危険性も秘められている。

さあ、どうしますか。と問いかけてくる本である。

著者は、いわゆる小泉改革に賛成ではない、というか、むしろ反対派だろう。小泉政策を、金持ちと官僚に住みやすい国をつくろうとしている政策だ、とまで言い切っている。
しかも民主党も、同じ穴の狢ぐらいに言ってたんじゃなかったかしら。
少し昔になるが、道路公団の会議の時も委員長どころか改革派といわれていた猪瀬直樹氏にも噛み付いていたし、郵政改革のときも派手に反対論をぶつけていたように思う。

そうした筆者が、小泉改革の果てにある貧富の差の拡大した「新・階級社会」となる日本で、日本人を幸せにするモデルをアメリカとヨーロッパを比較して考えると、

アメリカもヨーロッパも貧富の差は歴然としてある。その違いは、アメリカは所得と社会的地位が比例する社会、大陸ヨーロッパは厳然とした階級分断(貴族と一般庶民)が残る世界。アメリカには数は希少とはいえ「アメリカンドリーム」の夢はあるが、ヨーロッパでは、一般庶民が貴族になりあがることはない。

それらを総体として考えても、今後、貧富の差が大きくなっていく日本で日本人を幸せにするモデルは「大陸ヨーロッパ」。お金はちょっときつくなっても、「ゆとり」を目指す生活を始めては、というのが主な論旨。

これからビジネスでもおこしてやろうかってな感じの人にしたら、「ウルセイ」といって投げつけるような類の本かもしれないが、長年、サラリーマン稼業を続けてきて、ちょっと最近疲れてるかな、と思う私のような年代の者には、一種頷けるところが多い本である。

しかし、世界のサラリーマンの標準年収が300万円~400万円とは知らなかった。
私達は、ちょっとアメリカの、とんでもなくタフでしゃかりきに働いているエグゼクティブの情報ばかりを、摂取しすぎていたのかもしれない。寸暇を惜しんでビジネスに身も心も捧げるのは、特定の(収入も地位も高い)エリートがやるべきことで、全ての人間が、それを追い求める必要はないのではないか、という主張はかなり説得力をもつ。


そして、年収300万となったときの筆者が提示する生活のスタイルは、一種すがすがしいというか、あっさりとして魅力的な点もある。

要約すると

背伸びはやめなさい。
自分の好きなことにお金をつかいなさい。
収入源は複数確保するようにして滅私奉公なぞやめなさい。
自分が楽しいと思うことを仕事にするようがんばりなさい。

そして

収入の範囲内で暮す(身の丈にあった暮らしをする)ことを原則として、資産が少しでも合ったらリスクの低いものを選択して、しかもリスクは分散する

ということのようだ。

筆者が


必要なのは「夢(ドリーム)」ではなく「課題(タスク)」。思いついたらすぐにやる。駄目だったら、すぐに別のものに乗り換える。

大切なことは、一日でも早く始めることだ。早く始めれば始めるほど、プロとして自立できるチャンスが膨らむ。


と言う時、「勝ち組」「エグゼクティブ」「エリート」といった言葉、階級とは別の、タフな「庶民の生き方を、私達の前に示そうとしているかもしれない。

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