2006年3月13日月曜日

アガサ・クリスティ「クリスマス・プディングの冒険」

ポアロもの4篇、マープルもの1篇の短編集。
収録は
ポアロものが
「クリスマス・プディングの冒険」「スペイン櫃の秘密」「負け犬」「二十四羽の黒つぐみ」
の4篇

マープルものが
「グリーンショウ氏の阿房宮」
の1篇である。

「クリスマス・プディングの冒険」は、東洋の国の王子のもとから持ち逃げされたルビーのあとをおって、ポアロがイギリスの田舎のレイシイ一家のもとでクリスマスを過ごしながら、ルビー泥棒からルビーを取り戻す話。
レイシイ一家には、レイシイ夫妻のほか、セアラという一人娘。セアラの恋人になっているリーウォートリィという男と彼の妹という女性(この女性は、手術後の具合が悪いということでポアロの前に最後にならないと現れない)
ダイアナ・ミドルトンというキツそうな女性、そして孫息子のコリンとその友人のマイケル。いとこのブリジッド(この娘は黒髪だ。金髪でないということは、クリスティが好意をもっている証拠だネ)が泊まっていて、この三人の子供たちが、ポアロを一杯ひっかけようとして殺人事件をでっちあげるといったハプニングをうまく利用して、ルビー泥棒を追っ払うストーリーである。

話は、クリスティらしく手馴れているが、この話の見せ所というか読ませ所の一つは、「イギリスの昔ながらのクリスマス」だろう。
カキのスープ、詰め物をした七面鳥料理、それから指輪だとか独身者用のボタン(これは何だかよくわからないが)をいれたプラム・プディングを皆で食べるシーン とか ヤドリギの下に立っている女性にはキスしていいという風習だとか、イギリスのクリスマス(それも昔風の)の情景は楽しい。

二作目の「スペイン櫃の秘密」では、長年、ワトソン役をやっていたヘイスティングスの後釜(ヘイスティングスは結婚して南米に行った設定になっていたかと思う)の秘書 ミス・レモンが姿を見せる。
起きる事件は、裕福な独身者 リッチ少佐の晩餐会に招待された5人のうちの一人で、大蔵省に勤めるアーノルド・クレイトンが翌日、リッチ少佐の居間のスペイン櫃(エリザベス朝期の大きな櫃)の中で、首に短剣を刺されて死んでいる状態で発見される。このクレイトンの妻(マーガリータ)とリッチ少佐が恋仲だというウワサから、リッチ少佐が、その夫を殺したのだと疑われるが、果たしてそうか・・・、といったことで事件にポアロが関わる、というストーリー。
マーガリータは、美人の金髪で、ちょっと無邪気な小悪魔という設定で、クリスティの筆は、やっぱり厳しい。ところが、こうした美人に、男は弱いもので、やはり、この事件も、この女性にずっと以前から想いをよせている一人の男が、この女性を手に入れようとして、あるいは頼りにされようとして起こす事件で、まあ、男ってのは、懲りないのである。

三作目の「負け犬」は、"塔の部屋"と呼ばれる書斎で金持ちの老人(ルーベン・アストウェル卿)が殴り殺されていた事件。この老人の甥と老人とが、その夜遅く言い争っていることを執事が耳にしていて、その甥が犯人と疑われる。しかし、「甥は無実。やったのは老人の秘書の(弱気な)トレファシス」と妙な直感で固く信じる老人の妻に頼まれ、ポアロが捜査に乗り出すもの。
途中、夫人の秘書のリリーが、ルーベン卿の旧悪(彼はお不利化の金鉱山を騙し取ったことがあるらしい)を調べるために、経歴を偽って雇われているらしいことや、短気で喧嘩っ早そうなルーベンの弟、ビクターが登場したりするが、犯人は、ポアロが、家人の聞き取りをしているときに、執事のパースンズに言う

「むしろ気性の一番穏やかな人物は誰か、と訊きたかったのですよ。」

という言葉が象徴している。

「気性の激しさは、それ自体、一種の安全弁となります。吠える犬は噛み付きません」
という謎解きの最後で言うポアロの言葉は、いろんな事件に共通しているように思う。

次の「二十四羽の黒つぐみ」は、毎週火曜日と木曜日にギャランド・エンデヴァというレストランに来ることを習慣にしていた老人(ヘンリ・ガスマイン)が、なぜか月曜日にやってきた、普段注文しないもの(キドニー・プディングや黒いいちご入りタルト)を食べて帰っていった。その日の夜、階段から落ちて死亡する、といった事件。
このレストランで友人と一緒に食事をしていたポアロが、その死に不審を抱いて事故ではなく、真犯人を探していくもの。この事件、ポアロは誰に頼まれて捜査を始めている。結構、おせっかいなオッサンではある。

事件のキーは「その人が死んで誰が一番得をしそうか」というオーソドックスなもの。遺産のありそうな金持ちの親戚が妙にタイムリーに登場するのは、クリスティの癖みたいなものか、それとも、イギリスには、こうした金持ちが隠れているのだろうか。

謎解きは別にして、印象的なフレーズを引用しよう。そのレストランのメイドのモリイとポアロの会話

「僕の好みをよく心得ているね、きみは」
と彼は言った。
「あら、ちょくちょくおいで下さいますから。お好みを存じ上げるぐらい当たり前です。」
エルキュール・ポアロがいった。
「すると人の好みはいつも同じなのかな。たまには変えたくはないものだろうか。」
「殿方はお変えになりませんです。ご婦人方は、変わったものを召し上がりますが、殿方はいつも同じものを召し上がります。」

そういえば、管理人も、昼飯とか、同じ店の定食を交代で食べていることが多いなーと思い当たる。男は食い物に保守的なんだろうか。

さて、四作目の「夢」は、ポアロが、ある金持ちに呼ばれ、毎日、ある決まった時間にピストルで自殺する夢を見る、なんとかしてほしい、頼まれるところから始まる。
その金持ちは、数日後、本当にその時間にピストルで自殺してしまうのだが、ポアロは、これが巧妙に偽装された他殺と見抜く。まあ、ポアロを証人に仕立てようとする「なりすまし」。
金持ちと付き合いなれているポアロが、すりかわった偽金持ちに会ったとき、どうも芝居がかっているとか、俗物根性のしみついたペテン師と思うあたり、金持ちは金持ちの臭いを発しているということかな。金持ちといえない管理人は、ちょっとスネたりするのである。

最後の「グリーンショウ氏の阿房宮」は、マープルもの。グリーンショウという昔の金持ちが建てたバカデカイ建造物が舞台。その孫娘(とはいっても、もう老婆なのだが)の殺人事件をマープルが解き明かすもの。

その老婆が矢をつきたてられて死にそうになっている場面を、マープルの知り合いが、館の2階から目撃するのだが、その目撃シーンそのものが、巧妙に証人を立てるためのトリックだとしたら・・・というもの。
殺人事件の犯人さがしは、「この殺人によって誰が得をするか」が常道だが、この場合は「この殺人によって誰が利益を失わないか」というところ。

謎解きとは関係ないが、話と途中でレイモンド(マープルの甥)がマープルを評して
「殺人を犯すやつがいる。殺人事件に巻き込まれる連中がいる。そのほかに殺人事件と見ると、とたんに出しゃばってくる人物がいる。僕の伯母のジェーン(・マープル)はこの第三の類型に属してましてね」というあたり、マープルに限らず、名探偵全てを評しているようでおかしい。

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