2006年7月16日日曜日

藤原伊織「テロリストのパラソル」(講談社文庫)

この作品が、江戸川乱歩賞を受賞したときに、全共闘色が強いとか、学生運動の名残とかいろんな批評がされたらしい。

すでに全共闘、全学連も遠くなり、オウム真理教すらもかなり時間を経た今となっては、ちょっと古びたテロ犯罪のミステリとなっているようだが、どことなくノスタルジックに読めるのは、青春時代を引きずっているような主人公のアル中の中年バーテンダーと事件の謎も、これまた青春時代の復活みたいなところがあるからだろうか。


事件らしい事件は、冒頭の公園での爆弾テロ事件のみ。のみ、といっても昼下がりの日曜日でにぎわう都心の公園での爆弾テロだから、犠牲者は多いし、おまけに警察のエリートが娘と一緒に事件にまきこまれていたり、主人公が若いころ別れた恋人と、別れた原因となった主人公の闘争仲間も犠牲となってしまうという、なにやら過去の因縁が一挙にでてきそうな設定である。

で、期待に違わず、昔の恋人の娘が主人公に絡んできたり、広域暴力団が主人公の口を封じようと(事件の時に黒服の男を目撃した程度のことなのだが)執拗に襲ってきたりとか、主人公が学生時代に爆弾テロ事件を起こしている(1971年に事件を起こして22年間経って時候が完成している状況)ことから、今回のテロ事件の犯人として手配されたり、あれよあれよと展開していくのだが、それなりにテンポよく読ませるところが、流石、乱歩賞受賞と直木賞のダブル受賞作といったところか。

ミステリの時代設定としては1990年代の始めあたりか。

ちょっとその近辺にできごとを拾ってみると、1990年は西ドイツと東ドイツか再統一しているし、1991年はジュリアナ東京のオープンとソビエト連邦の崩壊、湾岸戦争勃発、1992年はバルセロナ・オリンピック、1993年にはJリーグ創設と皇太子殿下が雅子妃と結婚、1994年は松本サリン事件とジュリアナ東京閉店、とバブルの崩壊や社会主義体制の崩壊と、いろんな秩序がひっくりかえった時である。そうした時代背景にしては、爆破事件だけか・・・と思うのは、その後のイラク戦争や、アメリカの飛行機テロとか、どこぞの国のミサイル発射とか物騒な事件に慣れてしまってきているせいだろうか。

そういえば、作品の舞台も東京、新宿なのだが、アジア人であふれ多国籍的な「シンジュク」ではなく、まだ第三世界化していない「新宿」が作品のそこかしこに残っていて、なにかしらなつかしい思いがするのは、私が昔の新宿で若いころを過ごした、全共闘世代の後の「ノンポリ世代」のせいだろうか。


事件のネタばれは、昔の爆弾騒ぎの再現。しかも、若い頃の恋の鞘当てみたいな感情も絡んでいて、動機としては「若い頃の年をとるほど倍加する奴がいる」といったところか。
まあ、その事件を起こした経済的な背景が麻薬とかマネーロンダリングとか、まだ日本の犯罪状況が国際化していない時代を現しているのが、少し古びた印象を受けるのだが、そうした生臭いミステリとしてとらえるのではなく、青春時代の遅れてきた復讐が起こすミステリと捉えるべきなのだろう。


破天荒な国家陰謀を期待するとはずれてしまうが、ちょっとオーソドックスなサスペンスとして、学生運動華やかなりし頃の雰囲気を色濃く受け継ぐサスペンスとして楽しめる作品であると思うのだが、どうだろうか。

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