2006年7月15日土曜日

黒岩重吾「子麻呂が奔る」(文春文庫)

聖徳太子の腹心 秦 河勝の部下 子麻呂が斑鳩の里の事件を解決していく古代を舞台にした時代ミステリー。
 
収録は「子麻呂と雪女」「二つの遺恨」「獣婚」「新妻は風のごとく」「毒茸の謎」「牧場の影と春」の6編。
 
時代ミステリーといえば、せいぜい江戸時代の捕物帖が普通だろう。それを古代、とりわけ正史の事実の真偽すら定かではないところもある飛鳥時代に材をを求めながら、古代の時代風情をたっぷりと味あわせながら、きちんとしたミステリーに仕上げているのは、文壇(ちょっと古い表現だね)の重鎮 黒岩重吾氏の手練の技だと思う。
 
 
さて、それぞれにレビューすると、一話目の「子麻呂と雪女」は、子麻呂が冬の里で、雪女に見紛うような美しい女(キヌイ)を助ける話。この娘と子麻呂はなにやら怪しげなというか、恋愛沙汰のような関係になってしまうように思っていると、なんと、子麻呂が娘の国家的な大仕事の練習台に使われていることが明らかになるあたり、中年男のワビシサは、ちょっと我が身に凍みる。
 
 
二話目の「二つの遺恨」は、真面目に学問をしていると思った息子が、実は最近学校をサボっている。何故か、という理由探しと、斑鳩の里でおきた村の古くからの無冠ではあるが豪族(平群氏の郡司)の一族の一人と農民とのイザコザの理由さがしが並行して展開する。まあ、息子の方はm親の因果が子に報いといった感じの、息子の学校の教師の逆恨みなのだが、村の方は、この時代の古くからの氏族が衰え、新しい位階制度のもとで新興勢力が台頭していく様子が反映されていて、なにやら現在の様々な姿を彷彿とさせる。

 
 
もともと古代といっても、そこは人間がいろんな欲望や夢をもちながら暮らしていたのは現在と同じ。古代だからといって牧歌的戸は限らない。 
三話目の「獣婚」は官人の一人が、一匹の犬と一緒に獣姦を犯しているような姿で殺害されているのが発見されるというもの。殺害の様子はちょっと猟奇的なのだが、結局は恋の鞘当てのような話であるし、「新妻は風のごとく」では、せっかく再婚できそうになった子麻呂の相手が、呪術師の気があって、子麻呂とのに新床で出奔してしまうし、「毒茸の謎」では、ハイクラスの官人たちのフリーセックスの集まりで、精力を増すというふれこみの茸中毒が蔓延する話である。
 
最後の「牧場の影と春」でも、子麻呂とねんごろになる未亡人が登場し、子麻呂は一緒になってもいいぐらいに思うのだが、そこはそう単純にはいかず、死んだ先夫の使用人とこの未亡人の色恋沙汰めいたものや、先夫の稼業であった牧場の馬の育成にからんだ汚職めいた事件が見え隠れする。
 
古代といっても、人間の話である以上、今と変わらぬ、いろんな思惑があるよねー、と古代ロマンなんてものの幻想を覚まされてしまうのだが、人が生活するということは昔も今も変わらない以上、いたしかたないと思わざるをえないのだろう。古代といっても霞を食って生きていたわけではないのだから無理もないよね、と納得してしまった次第。 
 
 
とはいっても、今とは暮らしぶりも、ものの考え方も今とは違っていた古代の風情を、十分に堪能させてくれる短編集ではある。黒岩氏の古代ロマンに浸ってみるのも一興である。

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