2006年4月9日日曜日

アガサ・クリスティ「ポケットにライ麦を」

マープルもののミステリー。時代は、第2次大戦ぐらいだろうか、最初の殺人の被害者は投資信託会社の社長なのだが、その秘書(当然のように金髪ですよ)の靴下が、「闇市で購入したに違いない飛び切り上等のナイロン靴下である」といったあたりが時代を写しているようなのがクリスティの細工の細かいところ。

ナイロン靴下のことをネットで調べると

Nylon Stockings(ナイロン・ストッキング)1939年から 40 年にかけてニューヨークとサンフランシスコで万国博覧会が開かれた。会場に押し寄せた観客の注目を集めたのは、デユポン社が出品したナイロン・ストッキングであった。1930 年代の後半までアメリカは絹靴下の世界最大の生産国であった

1940 年5 月、この商品はアメリカの主要都市で発売された。発売日には、大勢の人が早朝からロープで仕切った店の前につめかけた。ニューヨークでは初日だけで72,000 足売れた。絹ストッキングが1 足75 セントだったのに対し、ナイロン・ストッキングは1ドル 15 セントだったが、誰もがナイロン製を買った。日本の絹市場は完全に暴落したのだ。  

真珠湾攻撃の直後 、第32 代大統領F.D.Roosevelt がアメリカが民主主義のための兵器製造所になることを求めると、民間産業はこの要請に応えた。デユポン社も政府の統制を受け、利用できる全てのナイロンを使ってパラシュート、テント等の軍事品を生産した。女性たちも古いナイロン・ストッキングを飛行機のタイヤに再利用する廃品運動に協力した。彼等はしぶしぶ以前のたるみのでる絹靴下をはいたのだが、なかにはナイロン・ストッキングをはいているように見せるため、まゆ墨用の鉛筆でふくらはぎに縫い目をかくといった足化粧をした女性もいた。戦時中、オクラホマ州の60 人の若い女性に「この戦争でなくしてしまったため最も悲しく思うものは何か」と尋ねたところ、20 名が男性、40 名がナイロン・ストッキングと答えたという。当時の女性にはナイロン製はそれほど貴重品であった。

という記述がある。絹なんて目じゃないほどの貴重品だったわけだ。

さて最初の殺人は、投資信託会社の社長(レックス・フォテスキュー)が、毒殺されるもの。イギリスならではの(今もこうした風習がビジネスシーンで残っているかどうかは寡聞にして知らないのだが)ティータイム。タイプ室で、お湯が温いだの、クッキーがしけってるだのといっているうちに、秘書の入れた紅茶を飲んだ社長が、苦しみ出して、死んでしまう。おまけに、その時の社長のポケットに中にはライ麦が入っていた、というのが最初の殺人。このときに使われた毒が「タキシン」というもので、イチイという木の実や葉に大量に含まれているらしい。(イチイってのはなんだ?、という人は、この記事の最後をどうぞ。いちおう調べました。官位もちだったんですねー。偉い木だったんだ。)このイチイが大量に植えられているのが、その社長の邸宅ということや、タキシンという毒が遅効性であることで、その秘書の疑いは晴れるのだが、いつもどおり、金髪美人へのクリスティの風当たりは厳しい。

さて金髪美人いじめはさておいて、この社長の家族というのが、いずれも疑われてもよさそうな人間ばかり。殺された社長にしてからが、若い頃から結構阿漕に儲けてきた設定になっているので無理もないのだが、数年前に結婚した財産目当てが見え見えの若い後妻、最近投資方法がめちゃくちゃになってきた父親(そのせいで会社も傾きかけているらしい)に一向に会社を任せてもらえない長男夫婦、そして若い頃の放蕩のせいで勘当まがいになっていたが、最近許されて帰国しようとしている次男(ちなみに次男は、落ちぶれ貴族の娘さんと最近結婚したらしい)。屋敷の使用人は、やたら行儀に厳しそうな家政婦と飲んだくれの執事、ちょっと抜けたメイドといった面々。

さあ、殺人の動機は?、殺人により利益をうけるのは、といったあたりからの警察の捜査が続き、当然疑われるのは、社長が死ぬと膨大な遺産のころがりこむ社長の妻か、会社を継ぐ長男あたりを軸に捜査が進むのだが、このあたりには、我等の「マープルおばさん」は登場してこない。登場するのは、第二、第三の殺人が続けざまに起こった後から。殺されるのはまず、最初に殺された社長の若い夫人(アディール)がお茶に入れられた青酸カリで毒殺され、メイドのグラッディスが、後ろから首を絞められ殺される(どういうわけか、鼻を洗濯ばさみではさまれたまま放置してあったというおまけつき)。
ここで、マープルおばさんが登場。弧児院からグラッディスを一時期預って行儀作法を教えていたという設定(イギリスでは、こうした習慣は当り前だったのかな)。

そして、一連の殺人の様子を聞いたマープルおばさんは、「つぐみ」に注意しなきゃいけない、といってマザーグースの童謡のひとつを口ずさんだ、てなあたりから、つまんない殺人事件が、ひょっとしたら因縁深い、巧妙なトリックに満ちた殺人ではないのか・・・・・・、という風情になってくる。おまけに、その年の夏に、社長の机の上につぐみの死骸が4羽おいてあっただの、社長が若い頃、「つぐみ鉱山」というアフリカの鉱山を騙しとった、といった話がでてきて、なにやら殺人事件が社長の旧悪の清算っぽくなってくる様相を呈してきて、いつものクリスティのミステリらしくなってくる。

さて、マザーグースの童謡の意味するものは何か、を手がかりに捜査や推理も進むのだが、どうも、イギリスに造詣の深くない管理人としては、このあたり、どんな複雑な謎も、簡単な謎も「知らんもんねー」状態。マザーグースってのは、英米ミステリーを読むときの肝だってことはわかるんだが、どうも苦手なんだよねー、という感。
これ以上はネタバレになっていきそうなので、ボカシを始めると、なんだ、やっぱり殺人事件の動機は「カネ」じゃないか

(参考までに)イチイ

常緑針葉高木。
北海道から九州の高隅山まで、山奥にポツンと分布する。
岐阜県大野郡宮村位山の国有林も有名であるが、現在しはかなり少なくなっている。
こ線状二列の葉は、先端が鋭くとがり触ると痛い。種子を包んだ赤い肉質の仮種皮は甘くおいしい。
アララギ・オンコなどの別名がある。心材は美しい紅褐色で加工しやすく、彫刻材・家具材として用いられる。鉛筆用には最
高の材料とされる。
イチイの名前は、仁徳天皇がこの木でしゃくをつくらせ、それで正一位を授けたので「一位」と呼ばれることになったといわれている。
そして「しゃく」(笏)は、いまだにイチイでつくられている。
イチイの有毒成分は,タキシン(taxine)というアルカロイドで,その名はイチイのギリシャ語読みに由来し、ちなみに英語の毒素(toxin)もタキシンと同じ由来だそうだ.子供の頃イチイの実を食べたという方もあるだろうが,タキシンは果肉を除く全植物体に含まれている.子供は誤って種も飲み込んでしまうことがあるので,アメリカではイチイがヒトの植物中毒の原因別ランキングで常に上位にいる

とのこと、でありました。

0 件のコメント:

コメントを投稿