2006年4月5日水曜日

北村 薫「冬のオペラ」(角川文庫)

名探偵(自称なのかもしれないが)巫 弓彦 と、ワトソン役の巫が事務所を借りている不動産屋の社長の姪の「あゆちゃん」の活躍するミステリーである。北村 薫さんのミステリーは、こうしたホームズ役がホームズらしくないところと、ワトソン役が、そんじょそこらのお嬢さんであることが多いと思うのだが、それがまた魅力でもある。

収録は、「三角の水」「蘭と韋駄天」「冬のオペラ」の三作。

「三角の水」は、名探偵 巫 弓彦とあゆちゃんが出くわす初出の短篇である。
その場面で巫は、名探偵というものの本質というべきことを云う。

「名探偵はなるのではない。ある時に自分がそうであることに気附くのです。」

なんてことを。
うーん、名探偵がほとんど貧乏で、独りよがりなのがこれでわかりますよねー。「ライター」あるいは「小説家」という職業を記した名刺をつくれば、その時点からあなたも「ライター」ないしは「小説家」です、といったことを聞いたことがあるが、「名探偵」もおんなじやー、と思った次第でありました。

とはいっても、まあ、生活費はアルバイトで稼ぐ名探偵「巫 弓彦」は、着実に事件を解決していくのでした、というわけで、「三角の水」で解決するのは、大学の研究室を舞台にした企業への情報漏洩事件。「あゆちゃん」こと「姫宮あゆみ」の同僚の妹がその犯人に疑えがわれる。しかも、疑われる原因となったのは、その妹さんが研究室にいるときに、漏洩に気づいた教授が証拠としていた書類がパットの中で燃えていたという、かなりいいわけのきかない状況のため。
謎解きのヒントは、こうして何かが燃えていると消そうとすつ人は必ずいるわけだが、本当の消そうとしていたのかというあたり。化学薬品のことは皆目知らないので、こうしたトリックが成立するかどうか確証はないのだが、良い人らしいのが、実は悪い奴っていうのは、ミステリーの常道でもある。

「蘭と韋駄天」は、マニアックな花泥棒たちの話。蘭とか盆栽とか、結構、植物は人を狂わすことが多いらしくて、珍しい植物にまつわるミステリーは、これだけではない。
ただ、この話は、蘭の盗難の盗難という入れ子構造になっているのだが、謎解きのヒント。東京っていう街は、本当の距離関係がわからなくなるぐらい同じ様な建物があるし、地下鉄やJRはやたら走っているし、遠くて近そうなところってあるんだよなー。という東京でしか成立しないようなトリックだろう。このあたりの謎解きは近く煮済んでいるか、地図好きでないと無理だぞ、という思いは残る。

「北のオペラ」は「蘭と韋駄天」に登場してきていて、「あゆちゃん」が「巫」の奥さんになるにふさわしいと思っている京都の大学の女性講師の「椿さん」の周辺で起こる殺人事件である。殺されるのは、その椿さんの恩師が殺されるもの。しかも、場所はその教授の研究室で、2階の研究室のドアには鍵がかかっているのだが、外から窓の中へ向かって、点々と服が脱ぎ捨てられてるというもの。なぜ、被害者は裸になりながら研究室に窓から入り、死んだのかという密室殺人である。
種を明かしていくことを承知で書くなら、服を脱ぎながら部屋に入ろうが、服を脱ぎながら外へでようが、後から見ると同じ光景ということはあるのだな、ということか。動機は、よくある痴情沙汰なのだが、痴情のもつれの大本に、知識人への格好良さが期待はずれだったことが潜むのは、インテリの巣窟たる大学での殺人事件であるせいだろうか。

この後「姫宮あゆみ」と「巫 弓彦」のコンビを見かけないような気がするのは残念だが、ちょっと淋しいものを感じながら、テンポ良く読めるミステリー3篇である。

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