2009年6月6日土曜日

Googleブック検索の行方

 Googleブック検索が、静かな動きをつづけているようだ。
2009.6.4の「Googleブック検索はデータ「非表示」を推奨--日本文芸家協会が方針転換へ」というC-netの記事によると
 日本文芸家協会が、ブック検索のデータベースから「削除」ではなく「非表示」を選択するよう方向をかえた

といったことらしく、正直なところ、アメリカの作家団体などと同じように、だんだんと和解というか、受入の方向にすすんでいくんだろうな、という印象を持った。
 Googleのブック検索自体は、まだまだ権利関係など精査の余地はあるだろうし、フランスのジャンヌネー氏が「Googleとの闘い」で取り上げたように、検索エンジンの優先度が英語圏中心になり、英語圏以外の言語圏の独自性が失われ、英語圏の価値観で埋め尽くされてしまうのではといった懸念(わが日本語圏は、「英語圏の価値観の支配下になる」というより、言語使用人口の相対的な少なさによる、インターネットの情報世界のガラパゴス化の方が、英語が不得手な私には案じられるのだが)は、これからも議論すべきなのだろうが、書籍データのアーカイブ化は進めるべきだろうし、料金や著作権保護の問題はあれど書籍・文書データのデジタル化も進めるべきだろうと思っている。

 ただ、欧米の動きに比べて、なんとなく動きの鈍い気がするのは、Google側にアジア語圏は後でいいや、という思いもあるのだろうが、それ以外にも、書物あるいは字が記された紙とか石といったリアルなものへの信頼感というか信仰のようなものがあるような気がする。そうしたあたりが、電子図書が流行りそうで流行らない一因ではなかろうか。 このあたり、データはデータと割り切って、それが紙に印刷された活字であろうが、ディスプレイに映し出されるドットの集合体である字であろうが、表出される意味には、変わりないだろう、と主張したいのだが、画面で読む文書は頭に入らない、という声にかき消されてしまう。
願わくば、ヒステリックなデジタル文書やデジタル化排斥の動きにつながらないよう、水が染み込むように、静かにデジタル化が進行してほしいものではある。

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