2009年6月20日土曜日

下川裕治「12万円で世界を歩く」(朝日文庫)

旅本というのは、一種の歴史書といえなくはなくて、ちょっと前の旅本は、旅のガイドブックやルポルタージュとしては使えなくなるのだが、歴史的なドキュメントとしては、直に経験した人が書き記しているものだけに、妙な迫真性と懐かしさをもたらしてくれる。

この「12万円で世界を歩く」も、そんな位置関係になってしまった本で、実際の旅は1988年から1989年にかけてなので、昔の旅本でお馴染みの中国の「服務員」さんも健在だし、香港は返還されていないし、インドはIT大国とはほど遠いし、社会主義国も元気だ。

収録は

「バンコクから尻にアセモの二千キロ。赤道には白線が引いてあった」

「高度四千メートルめざすヒマラヤ・トレッキング。ヒルの森にヒルむ」

「韓国をぐるーっと一周バスの旅。かかった費用は五万七千二百一円」

「神戸から船に乗り続けて十三日。長江(揚子江)の終点にたどり着く」

「ついにニューヨーク到着。アメリカ大陸、一万二千二百キロ」

「北京発ベルリン行き列車、二十八日間世界一周」

「インド大陸を列車とバスで横断。ラダックに青空を見に行く」

「念願のカリブ海リゾート。キューバのドル払いアリ地獄に泣く」

「東シナ海、南シナ海、四つの中国めぐり。超たいくつクルージング」

「ロサンゼルスからひたすら北上。カナダ最北端、北極圏突入」

「タイ国境線をなぞる戸惑いの旅。気がついたら"密入国"」

「神戸からアテネ、一万五千四百七十二キロ。シルクロードを揺られぬく」

で、アジア、北アメリカ、ヨーロッパと幅広い。

趣向は、十二万円でどこまで行って帰ってこれるか(当然、交通費と滞在費と合わせて)というもので、それぞれの旅の最後に使ったお金の明細表がついているのも興味深いし、また1997年ぐらいに書かれたらしい、補筆がついているのだが、それすらもすでに歴史になっているところが二重に面白い。

その旅というのも、かなり充実しているようだ。
飛行機のチケットが、まだ高価な頃なので、交通費を除いた後は、そんなに資金に余裕があるわけではなく、貧乏旅ではあるのだが、中国の街で「オムレツ」を頼むとミンチ肉をはさんで中に野菜や香辛料をたっぷり入れた厚さ三センチ、幅十センチ四方の、見事な料理が百五十円ででてきたり、木浦の食堂では、キムチ、魚、肉、卵など十数種の料理とおまけに生のカニまでついて三百円の定食にありつけたり、アメリカにオイスターバーの生がきが一個五十セントだったり・・・。
食べ物の値段だけで比較するのもどうかとは思うが、それでも、なにかしら「豊かな」旅がおくれている印象なのが、羨ましくある。


さらには、もともとが一旅行12万円の使い切りなので、それぞれの旅で、贅沢か貧しいかの差が歴然としていて、その時の食事は、それこそとんでもない格差があるのだが、貧しいときの定番の食物が「カップラーメン」か「インスタントラーメン」というのも日本人の旅らしくて、なんともいい。

貧乏旅行記の走りとして、旅本好きであれば読んでおきたい一冊なのだが、残念ながら、私の住んでいるような辺境の田舎町では書店に見つからず、amazonで注文した。
辺境にいると、こんな時に、インターネットの偉大さと恩恵を感じるのである。

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