2005年10月27日木曜日

岸本葉子 「アジア発、東へ西へ」(講談社文庫)

北京への留学体験もある筆者の、台湾からインドネシア、中国、ヨーロッパにいたる旅行記。

インドネシアの工場へ働きに出る仲のよい兄妹。経済成長著しい中国(ハルピン)で勝ち組となっている外資系会社の秘書の女性と上司の中国系アメリカ人との、うら寂しい姿。
洗面器にもられたゆでた羊の肉を皆でほおばるモンゴルの話は印象的。この本の中で一番うまそうだった。引用すると・・・

「円テーブルにつくと、ほどなくして、大きな琺瑯引きの器が、湯気を上げて運ばれてきた。ゆでたばかりの羊の肉。・・・火がよく通った羊は、ゆで豚に近い白さだ。器からはみ出しそうな、切り口。黄色みを帯びた脂。皮は剥いであるが、ところどころ毛がついている。まぎれもない、羊の毛だ。
 (中略)
皿はない。めいめいが、手づかみでとっていく。
かぶりつくと、汁が腕を伝い肘までしたたり落ちた。テーブルの上がすぐに脂でぎとぎとになる。味付けはほとんどない。かすかな塩味のみ。香辛料も、ネギやニンニク、ショウガも入れていない。それでいて、どうしてこんなに臭みがないのか。
 テーブルに、話し声はない。肉と脂との間に吸い付く音。汁をすする音。歯のぶつかる音。噛む音。骨をしゃぶる、なめまわす音。・・・」

どうです。旨そうでしょ。

この後は、日本の戦争の傷跡も旅している。北方領土に残された日本人と朝鮮人の老夫婦。日本人の妻は一時帰国の道はあるが朝鮮人の夫の家族はすでになくなっており、帰るところもない。そして色丹の日本人とロシア人の間に生まれ、日本に墓参に訪れる男の子。日本では、返還が主張される北方領土だが、それぞれに様々な歴史と暮らしが積み重なって、どちらかの領土にするといった単純な図式が成り立つか疑問になってくる。

そして、共産主義崩壊後のロシア。暮らしつらくなる中で、共産主義を捨てない、あるいはなんとか暮らしのたっていた共産主義時代を懐かしむ老人の姿は寂しい。それと対比してアイルランド、オランダの話は、どことなく明るい。動乱の後の国とそうでない国の違いだろう。

最後は、インドの布の染色を家業にしている家を訪れる話とブータンの話。
1980年代から1990年代はじめにかけての旅行記なので、中国の加速化する一方で貧富の差を拡大する経済発展や、世界のプログラムセンターとなりつつあるインドなど、その後に様変わりをしているところもあるだろうが、アジアの一齣として楽しく読める一冊である。

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