2005年10月15日土曜日

宮部みゆき「幻色江戸ごよみ」(新潮文庫)

「本所深川ふしぎ草紙」「かまいたち」に続く江戸庶民のさまざまな暮らしを描いた江戸ものの短編集。下町の人情や怪異が語られるのだが、いずれの話も、なんか寂しさ、哀しさが漂うものばかり。それぞれに、いろんな境遇の中で、故郷から一人奉公にでているおかつ(鬼子母火)、不器量なのに、器量がよいと望まれて嫁にもらわれるお信(器量のぞみ)など、頑張って生きていこうとする話ばかりなのだが、突き放したような表現のせいか、一見、少しひんやりとした印象を受ける。しかし、最後は、そうした境遇にもかかわらず生きようとする姿、それを黙って支えあう周りの暖かい姿を感じ、救われる。

収録は「鬼子母火」「紅の玉」「春花秋燈」「器量のぞみ」「庄助の夜着」「まひごのしるべ」「だるま猫」「小袖の手」「首吊り御本尊」「神無月」「侘助の花」「紙吹雪」の12話

下手なネタ晴らしになるかもしれないが

第一話 「鬼子母火」

伊丹屋で神棚からでた小火にまつわる話。神棚から燃え残った注連縄に入れられたこよりに包んだ髪の毛を見つける女中頭のおとよと番頭の藤兵衛。
おかつという年のいかない女中の仕業なのだが、流行病で死に、ろくな供養もしてもらえなかった母親の形見の髪を注連縄に仕込んで、いつも拝んでもらおうという心根からの仕業だった。その髪を供養して燃やした後、おかつを心配して漂う母親の霊。
おとよがおかつの母親代わりになることを告げると、安心して消えていく気配。

田舎者っぽいおかつが母親を想う様子や、それを端から守ってやるおとよの姿に、ちょっと目頭が・・・。

第二話 「紅の玉」

老中水野様の奢侈取締りの中、病弱な妻をかかえ、生活に困っていく飾り職人の佐吉
に、見ず知らずの年老いた侍から、珊瑚の玉を使った銀のかんざしづくりの依頼が舞い込む。そのかんざしにこっそり自分の名前を掘り込む 佐吉だが、その侍が孫娘とともに、水野老中の腹心、鳥居の部下をかたきとして討ったことから、佐吉の運命も暗転していく。佐吉と女房のお美代の支えあう生活が哀しい。

第三話 「春花秋燈」

古道具屋へきた大店の奉公人らしき男に語る、二つの行灯の因縁話。
一つは、象牙の行灯。大店の主人の腹のぐりぐりを余命いくばくもない病と誤診し、 アヘン中毒にしてしまう医者の話。
もう一つは、若い夫婦が床入りしようとすると油もさしていないのにパッと明るく灯る
番いうちの一つの行灯の話。とある旗本の家で、妾が浮気が元で主人に相手の男に成敗されたことが因縁らしいが、男か女かどちらが無念に思っているのか・・・

第四話 「器量のぞみ」

美しい顔をもちながら、それが醜いと思い込んでしまう家の若主人から見初められて嫁に行く大女で不器量なお信の話。お信がその家にかかった呪いを解くが、のろいがとければ不器量なことがわかって追い出されるのではと悩むところや、娘ができて、その娘が旦那に似て器量が良いところから決心をつけるところが秀逸。

第五話 「庄助の夜着」

夜着とはパジャマでなく今の掛け布団のようなもの。
古道具屋で買った、朝顔の浴衣をほぐして襟あてにしてある夜着を被って寝ると、無念 の死を遂げた浴衣の持ち主の娘が枕元に立つ、と言う庄助。彼はその娘に惚れたという。
魅入られたかのように痩せていく庄助の一方で、庄助の勤める店の主人の娘の婚礼仕度は着々と進んでいく。そして、庄助はいずこともなく失踪してしまうのだが、その原因は、幽霊の娘を探すためか、主人の娘に惚れていて婚礼にいたたまれなくなったためなのか。

最後まで真相はわからないが、庄助のちょっと抜けてはいるが純朴な人柄が随所に出ていて、つい庄助に肩入れしてしまう一品。

第六話 「まひごのしるべ」

江戸でよくあったらしい迷子と火事の話。迷子札をたよりに親の家を訪ねると、父親がすでに亡く、母親とその子どもは行方知れず。しかも迷子は、その子どもとは風貌も年齢も違うらしい・・・。その子どもの身許を調べていくうちに、失踪した子どもの悲しい死と
、子どもの死にいたたまれずかどわかしを働く母親の姿が。

ほとんど子ども(ちょうぼう)を描いてあるところはないのだが、母親の様子や、迷子になった後、しばらく面倒をみる大工の女房の様子から可愛らしさが想像できる。それが想像できるだけに子どもを失った母親や、子どもをもっていない大工の女房の寂しさを感じさせる。

第七話 「だるま猫」

町火消しになりたくて入門したが、火事が怖くてドロップアウトしかけている青年、文次。
彼が火消しに再チャレンジするため、しばらく厄介になっている火消しあがりの居酒屋の親父から、被れば火事が怖くなくなるという頭巾を借りて火事場へ望む。
確かに火事は怖くなくなるが、その頭巾を被り続けると人に嫌われるようになるらしい。
嫌われようになるとは一体どういうことか・・・、という作品だが、ちょっと考え落ちが過ぎるかなーという印象。脈絡はないが、スティーブン・キングやブラックウッドの短編を思い出した。

第八話 「小袖の手」

古着屋で見つけてきた着物に因縁のあるそうなところをみつけ、母親が自分の昔出会った怪しげな事を娘に語る話。
出てくる怪異は、着物の袖から手が延びてくる「小袖の手」なのだが、そうと知っても、その小袖を着て、一緒に楽しそうに月見をする袋物商いの老人の寂しさが哀しい。

第九話 「首吊り御本尊」

奉公がつらくて店を飛び出すが、連れ戻された丁稚(捨松)に、店の大旦那が披露する、自分の奉公していたときに教えてもらった、奉公人の神様「首吊りご本尊」の話。
ご本尊と八兵衛(大旦那の話の主人公)の会話がしみじみとしている。
貧しくて奉公をしくじれば実家も飢えてしまう捨松が、奉公に慣れ、ひとり立ちしていく様子がよい。なんとなく元気づけられる話。

第十話 「神無月」

身体の弱い娘の治療費を稼ぐため、1年ごとに神無月(娘の生まれ月)に盗みに入る男と、それを捕らえようとする岡っ引の話。
病気がちで外で遊べない
娘に、小豆のお手玉をつくってやる男。
いずれ最後には、男の捕縛という場面が、予測されるようで、娘をできるだけ長く生きながらえさせるために悪いことではあるが、精一杯頑張る男に「つかまんなよ」と声をかけたくなる。

第十一話 「詫助の花」

看板屋の要助が、掛け行灯にいつも描く「侘助の花」の謂れを聞かれ、生き別れた娘を探すためだと喋った嘘。ところが、その娘だと、名乗る娘が現れた。どこかの大店の主人の妾らしいが、さして裕福でもない要助のむすめだと偽る理由は何だ、と要助の碁敵の質屋の吾兵衛が調べるが埒があかない。
そのうち、その娘は旦那に追い出されて行方知れずになってしまう。要助のところにもそれっきり。
天涯孤独そうな娘が、ふと家族を欲しくなっての仕業かな・・・・と思ったりして。

第十二話 「紙吹雪」

十数年かけて母親と兄の仇を討つ話。しかも、武家の話ではなく、借金のせいの一家心中から幼かったせいで残された娘が、母親に金を貸していた高利貸しの家に住み込み、仇を討つ。
屋根から、借金の証文を切り裂いて撒き散らすところが、西部劇っぽい。

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