地上交通の「王」というべき鉄道に対し、「女王」あるいは「不実な妃」ともいうべき「バス」はすでに「バスの窓から世界が見える」で、その悲惨さは記されているから、今回は、「鉄道の旅」のすみずみを伝える、というのが本書
旅の道程は、ロシア極東→中国→旧ソ連の西アジア諸国→トルコ→ヨーロッパ→ポルトガルの西端。
旅の行程を物語る目次を引用すると
第1章 サハリンから間宮海峡を渡る
第2章 シベリアのおばさん車掌
第3章 中国は甘くない
第4章 ダフ屋切符で中国横断
第5章 中央アジアの炎熱列車
第6章 アストラハンの特別ビザ
第7章 憂鬱なコーカサス
第8章 ヨーロッパ特急
となっていて、この旅の長さと、トラブルさ加減がわかるというもの。鉄道による移動の旅」そのもので、内容も、列車の中、乗換駅のエピソードがほとんどなので、通常の街への滞在のあれこれとか、そこでの美女との出会いなんてのを期待してはいけない。たいがい、出会うのは、列車のたくましい車掌さんたちなのである。
とはいうものの、旅本に必須のトラブルは、さすが下川さんの著作らしく、そのあたりは抜かりない
例えば
列車の接続遅れなどのビザ切れの違法滞在を余儀なくされたり、
乗り換え列車の指定搭乗時間より早く来すぎて公安警察に捕まったり、
旅程の都合で、一旦日本に帰国し、改めて出直したら、乗るべき列車が廃止になっていたり。
とか、数々のトラブルはきちんと用意されている。
ただ、総じての印象は、カツカツとした旅の厳しさ、険しさの度合いがちょっと薄いかな、という感じ。
もちろん、阿川弘之さんや宮脇俊三さんの鉄道旅ものに比べると十分品は悪いのだ、今までの下川さんの旅本の中では上品なほうに入ると思う。そこは、道があるようでないところをひた走るバスの旅や点と点とのつなぎ合わせの飛行機の旅にはない、「「列車」「鉄道」の旅のもつ安定感、安心感かもしれない。
一方で「食」、食事の面では、かなり貧弱。
というのも、列車の中の食堂車か駅弁、あるいは、列車に持ち込みのサラミ、チーズ、そしてカップラーメン(この本で知ったが、ヨーロッパ域にはいるとカップラーメンが息を潜めるというのも、眼に見えない東西文化の壁かな)といったあたりがせいぜいで、旅本につきものの、現地で出会う意外な珍味とか安価で旨く満腹になるご当地の食なんていうのは、期待しないほうがいい。
事や現地での出会いといった定住系の旅本の楽しさをとるか、移動系の旅本の楽しさをとるか、このあたりは読者の好み次第というべきか。
といったところで、勝手な締めくくりをすると、鉄道マニアには、かなりお奨めの旅本と思う。最近、飛行機による旅が主流になったせいか、移動そのものを楽しんでしまう「鉄道」の旅の楽しみを描いた旅本は影が薄くなりつつあるように思う。
アームチェア・トラベラーとしては、「鉄ちゃん」の奮起を期待して、旅本の隆盛を願う次第である。
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