2009年7月2日木曜日

塩野七生 「ローマ人の物語 ⅩⅡ 迷走する帝国」(新潮社)

いつもは安価な文庫本で済ますのだが、今回はちょっと奮発して単行本で読むことにした「ローマ人の物語」である。

時代背景としては、セプティミウス・セヴェルスがイングランドで客死した後、後を継いだカラカラから始まり、ローマ帝国の危機ともいわれ、軍人皇帝が乱立した時代、ディオクラティヌスの即位直前までの3世紀のローマ帝国が描かれている。

紀元211年から284年の、百年間にも満たない期間なのだが、あれあれ、という声が出てしまうほどに様々な出来事、国難満載の世紀である。

例えば、カラカラ帝がローマ帝国の市民権を、帝国住民全員に広げ、ローマ軍の弱体化を招き、オリエント出身のあやしげな(失礼!)宗教の祭司も務める皇帝ヘラガバルスが登場したりして、なんか雲行きが怪しくなったぞ、と思ったら、案の定、新興国ササン朝ペルシアが登場して、皇帝が捕囚の身になるという前代未聞の失態はおきるは、ゲルマンの蛮族がやたら暴れ出して、あろうことか、ガリアが独立したり、シリアのあたりがパルミラとして割拠したり、といったいったことが、次々とおこるのである。

そして、また、この当時の皇帝というのも、最初は正統な、というか伝統どおりの選ばれ方をしていたものが、だんだん元老院の擁立や軍隊の擁立が中心になってきたせいか、召使いを折檻したら腹いせに暗殺されたり、擁立した部下たちに殺されたり、落雷にあったり、なにかしら謀殺や不慮の事故による死亡が多い。いくら、ローマ帝国の皇帝が終身制で、皇帝を変えようと思ったら、皇帝が死ぬか殺すかしかなかったとはいえ、「やりすぎでしょ」と呟かざるをえないような事態である。
その証拠に、この12巻で書かれる73年間で、皇帝は22人も登場している始末で、一番在位の長いアレクサンデル・セヴェルスは13年間在位しているが、そのほかは2年から5年と言った在位期間が多いような状況になっている。

まあ、これは、当時即位していた皇帝の質云々というより、時代の趨勢といった事情の方が強いと思われて(事実、暗帝ばかりでなく、賢帝と呼んでもいい人物もでてきている。アウレリアヌスや、クラウディウス・ゴティクスあたりはそうだろう。)、例えば、ペルシア帝国の再興を目指すササン朝ペルシャや、ゴート族、ヴァンダル族といったゲルマンの蛮族の隆盛も、長い期間のローマ帝国の存在というものを踏み台にして、周辺の国が潤ってきた、あるいは、繁栄のおこぼれが芽を出し始めた結果だといえなくもない。

そういえば、この時代、初代のロムルスから数えてローマ建国1000年を迎えたということで式典が開かれたようで、1000年というのはどうかと思うが、それでも、アウグストゥス即位から数えても300年ぐらいにはなり、そろそろ、いろんなところにガタがきて、ガタの補修をしたところが、またほころび始める、といった状態になってもおかしくはない年数である。
この時期の皇帝で、惜しむらくはアウレリアヌスで、皇帝捕囚後、三分していた帝国を、わずか5年のうちに再統一してしまった手腕は並ではない。ただ、そうした手腕と高い能力を持ちながら、秘書を厳しく叱責したがために、その秘書エロスの手によって暗殺されてしまうのが、この時代らしい病んだところではあるのは間違いないところだ。


こんな感じで、こうした時代の歴史がつまらないか、といえば、そうもいえなくて、例えば五賢帝やカエサルの時のような、大俳優が演ずる大スペクタルや立志伝のような感動巨編はないものの、ちょっと癖のある性格俳優が主演を演じる小劇場の演劇か、あるいは異色作家の短編集を読むような感じで、単に太平楽な時代に比べて、小味であはあるけれど、それなりの楽しみが味わえる時代である(当時、暮らしていた人はたまったもんじゃないだろうけどね)。

そうして、こうした時代ほど、なんとか頑張ろうとして途半ばにして倒れる悲劇の人あれば、脳天気に暮らして後で手ひどいしっぺ返しを食う人もあり、詩の一編も口にしたことのない武骨者から、とんでもない軟弱者まで、多士済々で、まあ、人間絵巻としては「スゴイ」時代といっていい。

一気に読み通すのは、いろんな人物が出てきて、その毒に充てられそうになるので、よしといた方がいいが、ポツポツと読むには、適度な毒を薬にできて、長く楽しめること間違いなしの一冊である。

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