2011年7月31日日曜日

宮部みゆき 「孤宿の人」(新潮文庫)

江戸の萬屋という建具商の若旦那が女中に手をつけた娘として生まれた「ほう」は、四国の金比羅さんに萬屋の災厄を払うために代参にやられる。ところが、おつきの女中に金を持ち逃げされ、捨てられるように、四国の丸海藩の城下に放り出されるあたりから、この物語は始まる。

この「ほう」が、井上家という、丸海藩の藩医の家に拾われるが、その家の娘 琴江が、どういう理由か、物頭の娘、美祢に毒殺される。ところが、藩は、琴江の死を病として処理する。
そのうち、この丸海藩に、江戸で幕臣で、妻子を手にかけ、同僚を殺した悪鬼のような「加賀殿」がお預けになることがわかる。琴江の死は、彼が丸海に災厄をもたらす前兆なのか、といった感じで、展開していく。

構成は

文庫の上巻が

海うさぎ/波の下/鬼来る/闇は流れる/孤独の死/涸滝の影/遠い声/死の影

下巻が

闇に棲む者/黒い風/山鳴り/深流/騒乱/丸海の海

となっているのだが、こうした表題をみただけでは何のことやらわからないので、
その後を、粗く流すと、井上の家から、町の御用聞きの親分の厄介になった「ほう」は、井上家と藩の計らいで、流人の加賀殿の女中として仕えることになる。そして、彼女が、加賀殿に仕えると同時に、世話になっていた御用聞きの親分が子供の不始末で一家全員が処刑され、「ほう」が馴染んでいた、加賀殿の世話をしていた若い武士も詰め腹を切らされ、そして、城下全体に落雷や流行り病やらの災厄が降りかかる。
そして、その終結として・・・
ってな感じで進むのだが、詳細は本書でご堪能いただきたい。


かなり、というか筋立て自体は、暗い出来事というか、人が死んだり裏切りがあったりという話なのだが、なんとなく、陽の差すような感じがするのは、「ほう」の人を信じる「明るさ」ゆえなのだろうか。御用聞きの手下の「おあんさん」についていく姿、加賀殿に手習いや字を教わるひたむきな姿に、彼女が時流を素直に受け止めながら、流されるようで流されない、彼女の巣阿多が、この話を支えている。この丸海藩が、加賀殿という媒体を使いながら、自らを浄化していくために、彼女の「素直な目」が重要な要素となっているようにさえ思う。

では、この話の最後を臆面もなく引用して、このレビューを終わりにしよう。スコンとした明るさが感じられたなんとなくいいところだ。

では

 ほうは駆けていく。息をはずませ、白い菊を三本手にして、坂道を登っていくほどに、青空が近くなり、足元に町の眺めが開けていく。風がほうのほっぺたを撫でる。
 登りきると、空を押し上げ、いきなり海がいっぱいに開ける。
 おあんさんの海だ。
 ほうは足を止め、丸海の潮風を吸い込む。そしてくるりと踵を返し、背中を伸ばして、涸滝のお屋敷があったあの森の眺めへと顔を向ける。
「加賀様、おはようございます」
 ぺこりと頭を下げて、ご挨拶する。そしてまた走り出す。おあんさんのお墓は、いちばん海に近いところにあるのだ。うん、ほうもそう思う。おあんさんはきっと、この場所が気に入っているよ。
「おあんさん、おはようございます」
 走りながら呼びかける。ほうは元気で、今日も一日しっかり働きます。

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