2012年6月3日日曜日

岡本綺堂 「三浦老人昔話」(青空文庫版)

江戸期、とりわけ安政から幕府崩壊までの「江戸」の話は、徳川幕府が実現した三百年の太平が瓦解する時だけあって、なにやらセピア色に染まりながら、我々が先祖から受け継い民族の記憶とでもいうべきあたりをひどく刺激して、デジタルの生活やビジネスに疲れてきた時に無性に読みたくなるもの。

しかし、三田村鳶魚あたりの著述は精緻であるものの、私のように手軽に、瓦解寸前の「江戸」の風情を味わいたい向きには少し重過ぎる。その点、岡本綺堂の、「半七捕物帳」や、「綺堂むかし語り」そして本書などは気張らずに「江戸」の昔を楽しむことができていい。ただ、光文社文庫あたりでは結構出版されているようだが、私の住む地方都市ではなかなか現物にあたることが少なく、Amazonあたりに頼るしかないのが残念なところ。

その点、青空文庫は、関係者の方々の力で、絶版状態のまま放置されている名著、良著に光をあて、我々一般人に解放してくれる取り組みで感謝してし尽くせない。
このあたり、出版界は、こうした著作権が切れたものだけでも、有料でいいから電子書籍として出すといった取り組みを加速させてもいいと思うのだが、まあ、ここでは詳しく論述するのはやめよう。

さて青空文庫版の「三浦老人昔話」に収録されているのは

桐畑の太夫
鎧櫃の血
人参
置いてけ堀
落城の譜
権十郎の芝居
春色梅ごよみ
旗本の師匠
刺青の話
雷見舞
下屋敷
矢がすり

の12編。

話は、半七老人のもとへ昔語りを聞きにきた「わたし」が大久保に住む三浦老人を紹介され、彼から幕末の昔話を聞いて紹介する、という、半七捕物帳と同じような設定。ほとんどが、お武家、時に旗本の御大身がかかわる話もあって、町方の捕物話と違い、しきたりや世間体を重視した武士の悲哀といったものが感じられる話も多く、そこがまた江戸好きの心を刺激するのである。

例えば、「桐畑の太夫」は芸事(清元の浄瑠璃)に入れ込んでしまった旗本の主人が、のめりこんだあげくの魔事といったものや、「鎧櫃の血」は、食道楽の小身の旗本が、御用で大阪にゆく際、経費節約のため醤油樽を鎧櫃に詰めて運ぼうとするのだが道中、雲助とトラブルを起こし・・・、ってな話であるし「下屋敷」は芝居に入れ込んだ旗本の奥方が、贔屓の役者を下屋敷に呼び、まあしっぽりとむにゃむにゃといったことを企むのだが、家中の者にばれ、あわれ役者は・・・という武家屋敷の怪談に結びつきそうな話で、読み進むと、自分も頽廃した徳川幕府末期の江戸に暮らしているような感覚になってくる、とは言い過ぎか。

まあ、こうした江戸の風情あるいは江戸風味といったもの、実際にこうした物語やとはずがたりを、だらだらと読むことでしか味わえないと思っている。読めば、かなりの人が病み付きになるのは間違いないと思う。青空文庫は無料で提供されていることでもあるし、試してみても損はなし。


追記>

どうやら中央公論社文庫で、この「三浦老人物語」が出版されるらしい。収録は青空文庫版と同じかどうかはわからないが、電子デバイスを持っていない人や、PCやiPadなんかではどうにも本をよんだ気がしねぇ、と言う人は、そちらで江戸風味を味わってみてはどうだろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿