2008年7月31日木曜日

塩野七生「ローマ人の物語 29」(新潮文庫)

古代ローマの賢帝の中でも、極めつけの賢帝と評価のある哲人皇帝 マルクス・アウレリウスの登場である。
 
といっても、この巻の最初は、誕生から前の皇帝であるアントニヌス・ピウスの「長い」次期皇帝(皇太子)時代が続く。
この「次期皇帝」時代の印象は、激情家ではなく非常に穏やかで、騒がしいことの嫌いな、前皇帝のもとで、すくすくと(表現としては適当でないかもしれないが、子供の成長の一つの姿を現す、この言葉がぴったりくるんですよね)皇帝修行をしている、「恵まれた若旦那さん」的な暮らしである。
 
マルクス・アウレリウスといえば、「自省録」など、哲学者の面も有名なのだが、かなりの独裁者で帝国内を飛び歩いているハドリアヌスにかわって統治の責任者を務めているといってもいいヴェルスの孫として、若い頃からかなりの優遇を受け(本書の途中にトラヤヌスからマルクス・アウレリウスまでの執政官などへの就任年齢を比較した表があるのだが、マルクスはやけに若くして就任しているものばかりなのだ)、また、財産もある。そうした若旦那的な生活スタイルが、哲学におぼれさせる一因でもあったのではないか、とも思う次第である。
しかも、ピウスの方針だったのかもしれないが、次期皇帝に指名される前も後も、辺境の地で軍務に就くという経歴もなく、さしずめ、お金持ちで名門のシティボーイといった暮らしを、皇帝就任まで続けることができたということは、それはそれで幸運なことではある。
 

で、なのだが、こうした穏やかな前半生とうってかわって、皇帝となってからの後半生は、帝国のあちこちで反乱ののろしがあがり、その鎮圧に奔走する、といったものだったらしい。そのあたりの原因について、著者は前皇帝アントヌヌス・ピウスの責任もなかったわけではないような件はあるのだが、まあ一番大きな要因は、時代の流れというか、ユーラシア大陸全体の遊牧民族の動きが、古代ローマにも及んで着始めたのと、永らくのパックス・ロマーナの中で、全体的に帝国の気風がトロンとしたものになって、それが帝国の周りの民族につけこめそうな雰囲気を与えだしたということなのだろう。
 
ということで、この巻は、マルクス・アウレリウスの平穏で学究的な前半生を中心に、波乱怒濤の後半生の幕開けといったところで、次の巻に続くのであった。

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